早朝、藤島生益の家を叩くものがあった。
「トンットンッ) 藤島殿、大変な事が起きました。」
生益が戸を開けるとそこには天台宗本庄院の住職がいた。
「今朝、いつものように御神体を清めようと宝殿を開いたところ、
神仏の御首が落ちておりました。
なにか悪い兆しではないかと思い、
お城へも申し上げるべきかとそれを持参いたしました。」
生益は、
「住職殿のお気遣いありがたく思いますが、
御神体のお首というものは殿にお目にかけるものではありません。
しかし、事の次第はわたしが申し上げておきましょう。」
と言って登城し、そのことを申し上げた。
すると直茂さまは、思いのほかお怒りになり、
「酷い生臭坊主がいたものだな。
この鍋島直茂に計略を仕掛け騙そうとは。
すぐに牢屋番の者を召し連れて行き、拷問にかけて本音を吐かせよ。」
と仰せになられた。
生益には直茂さまの怒りがまるでわからないので、
「お言葉ですが、あの住職は不吉な兆しを感じたゆえ、
殿の御ためを思い朝早くから駆けつけ参ったのでございます。
拷問にかけるなどとはいかがなものでございましょうか。」
すると、ますますお怒りになり、生益も叱りつけ、
「出来ないのならもうよい、他の者を使わすから下がってよいぞ。」
と、生益は、
「出来ないと申しているのではありませぬ。
わかりました。わたしが行きます。」
とお答えして、牢屋番の者を召し連れ本庄院へと向かった。
そして住職を呼び、
「殿が非常にお怒りになっておられる。早急に拷問を加えよとのことだ。」
と伝えると、
「なんとも迷惑な話。さっぱり意味がわかりません。」
と住職が答えた。
生益は、
「住職ほどの身が拷問にかけられ白状させられたとあっては、
誠に見苦しいことだとは思わぬか。
そんな姿をさらすまえに、ありのままを話してはくれぬか。」
と言ったので住職は、
「わかりました。それならば本当のことを話しましょう。
御神体を清めておりますとき、ゆれ動かした拍子でお首が落ちてきたのです。
そこで、ふと思いついたのが、早朝のように申し上げたなら、
この寺の御造営費も増やしていただき、繁盛もすると考え致したことでございます。」
と白状した。
事の次第を聞き出した生益は急いでお城に立ち返り報告した。
すると直茂さまは先程とは打って変わってお笑いになられた。
それとは反対に生益は怒りをあらわにして、
「あの住職は朝早くからわたしを叩き起こし騙しました。
その怨みもございますので磔にしてやりたいと思います。
どうかあの住職の処分をわたしに下されますようにお願いします」
と申し上げた。
すると直茂さまはますますお笑いになられ、
「そちは、最初に住職の言葉を信じたので、
いまその嘘が明らかとなり腹を立てているのである。
このわたしは初めから住職の企みを察していたから、
最初に腹を立てたけれども、今はさほど腹の立つこともない。
あの坊主は、普段からわたしが通りかかるたびに、
『鍋島さまを尊敬しています。ぜひ寺へお立ち寄りください』
と言うから、わたしも行かねばならぬと一度立ち寄ったことがあるのだ。
そして住職は吸物を出してきたが、椀の底に土が付いていた。
そんなことをしながら、顔を合わすと、
『鍋島さまの御恩、ありがたいことでございます』
などと言っている。
そのように思う相手に、膳を出すときに注意が欠けるとは思えないから、
このクソ坊主め、腹の中では何を考えているかわかったものではないぞと、
常日頃から思っていたのだが、今日ついにこのような企みまで始めた。
しかし神仏にかかわることでもあるし、磔にかけるほどではない。
あの住職を寺から追い出すだけでよかろう。」
と仰せられた。
生益は直茂さまの洞察力にただただ驚愕したという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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