ある時、大坂にあった大納言前田利家は、大小姓の北村八兵衛を、
京へ急ぎの使いに出した。
彼は藤の森と大仏殿との間で、同じく京に進む、
誰とも知れぬ騎馬7,8騎に護衛された籠を見かけたが、
急ぎの使いでもあり挨拶もせずその一行を追い抜かした。
このとき問題が一つ。籠の中にいたのは、伊達政宗であった。
「あいつ挨拶もせず俺らを乗り越しやがったぞ!?馬引けえ!」
政宗、激怒。
とっさに馬に乗り換えもう一騎とともに北村八兵衛をあとを追い、なんと抜き返した!
「キャッホー!オレを抜かそうなんて100年はええ!」
と、政宗が言ったかどうかは知らぬが、これには北村も驚きしばし呆然とした。
だが、
「い、いやいや、わしも急ぎの御用の途中なのだ。」
と、再び馬を駆けさせた。
と、ここで不幸がもう一つ
「ギャー!」「あ」
北村八兵衛、なんと政宗の後を必死になって走り追いかけていた政宗の挟箱持をうっかり、
馬で踏んづけてしまったのだ。
巻き込み事故である。
これに政宗はさらに激怒!
そのうちに後から追いついてきた伊達家の騎馬の者たち4,5騎も合流し、
北村は彼らに取り巻かれた。
政宗が怒鳴る。
「オラァ!?お前誰だ!?ここにいるのは伊達政宗だ!
俺の一行を乗り過ぎ政宗の挟箱持を乗り倒したお前!
お前の主人は誰だ!?
主人から政宗にそうしろと言われて、こんな事しやがったのか!?」
政宗、北村が主人からの命令で、わざと自分に侮辱を与えたのだと考えたらしい。
おそらくそうされる心当たりが山ほどあったのだろう。
ここで北村八兵衛、政宗の怒声にひるむこと無く、馬上から降りもせずこう言い放った。
「わたくしは前田利家の家来、北村八兵衛と申す者です!
急ぎの使いのため、京へ行く途中でした。
追い越したことを、その様に乗り越しなどと申されご立腹なさるとは、
全く思いもしませんでした。
しかしこの事、わが主君前田利家が聞けば、私に罰を与えることでしょう。
であれば、政宗殿ご自身がここにお出でになっているようですし、
私は今から責任をとって、政宗殿の御前にて切腹つかまつります!」
さて、これを聞いて青くなったのは、伊達政宗である
「ま、前田…殿の…、家来!?」
押しも押されぬ豊臣政権の重鎮の家来ではないか!
前田家と問題を起こせば、伊達家が危なくなるのは眼に見えている。
この時伊達家の重臣と思われる年を取った騎馬のものが政宗の方に近づき囁く、
『殿、あの者ガチで切腹しかねません。そうなると伊達家もただでは…。』
『そんな事は解ってる!』
「き、北村殿と申したかな!?」
政宗、コロリと態度を変え、北村八兵衛に、にこやかに穏やかに話しかけた。
「と、利家卿からの急なる御使とは、ご苦労に存ずる。ささ、どうぞ早くお通りくだされ。
それにしても見事な馬の乗りっぷりですなあ。」
などと北村を持ち上げ丁重に挨拶し、彼が通るのを見送ったそうだ。
後で前田利家はこの事を聞き、大笑いしながら、
「そんなふうに喧嘩腰にするものではないぞ。」と、
北村八兵衛を少し注意した、そうである。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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