柴田修理亮勝家が、越前を領した年の事である。
その城下に、美々しいなりをした60ばかりの老婆が、人を数多召し連れ宿を取った。
この老婆は城下の者達に、
「人の妻女を押し取って都に登らせる、その邪魔をする者あれば処罰いたす!」
と言い、実際に5,6人のものがこの老婆のもとに拉致された。
これは下々の者では解決できないこであると、領主である勝家に訴えが上がり、
勝家は、
「なんという奇妙な事件だ。急ぎこの者たちを連れて寄越せ!」
直ぐに家臣たちが老婆の元に行き、
「殿よりの仰せである!すぐに来るのだ!」
と言ったが、
老婆は、
「修理殿は慮外なことを言うものかな。我に来いなどと言うのはおこがましいが、
行ってこそ知ることもあるだろう。」
そう言って乗り物で城へと向かった。
勝家は老婆と対面すると、
「お前は私の町中に入って、人の妻女を理不尽に取って行くと言うのは、
一体どういう理由からか?」
老婆が申すことに、
「御身は事の様をご存じない。私は信長公に召し置かれたものである!
信長公の御意に入りそうな女房があれば、この国に限らず、
どこの国であっても見立て次第に連れてまいれ、
との仰せによって私はここに来ているのだ。
これを偽りであるとお考えになるなら、人をやって信長公に訴えなされ!」
勝家はこれを聞くと暫く考えた。
『この老婆の言うことはきっと真実なのだ。であるが、
信長公はなんと前代未聞の無道をなされることか。
尋常のことではないが、ここで何とかせねば。』
そして、
「老婆よ!お前は何と恣に振舞っているのか!?
そもそも信長公は世の政法を正しくされ、
無道の輩を罰されるのが常である。
人の妻女を拐かすのは、その咎至極であること、前代よりの定法である!
信長公ほどの賢君を無道の犯罪者の如く語ったこと、その罪軽からず!」
そうして老婆とその配下十余人を召し捕ると縛り付けて船に載せ、
大海に漕ぎ出し、そこで穴を開けて沈めた。
その後、勝家はこの事を包み隠さず信長に報告した。
信長は勝家からの報告を見てたちまち興を覚まし、何も語らず、
『柴田の忠節の仕置、神妙である。今後そういった者があれば、私の方に知らせるように。』
と返事を返した。
これ以後、信長はこのような行為を思いとどまり、
人々は、柴田殿の分別類いなしと喜ぶこと限りなかった。
日頃”鬼柴田”と武勇と呼ばれているが、それだけの事はあると、褒めぬ人は居なかったという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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