幼少の頃からその才を、織田信長に認められた蒲生氏郷。
彼は若くして城持ち大名となった。
だがそのため新たに多くの家臣を雇ったため、
古参の家臣に十分な恩賞を与える事ができずにいた。
そんなある日、氏郷は手柄を立てた古参の家臣に言った。
「手柄を立てたお前に恩賞を与えたいが、あいにく金も所領も無い。
だがせめてその労をねぎらいたい。
明日、我が屋敷にお前を招いて、酒宴を開きたい。
明日ばかりは戦も政も忘れ、主従も忘れて楽しもうではないか。」
恩賞など思いもかけぬ武骨な家臣も、主君の心遣いに感激し、
この誘いを快諾した。
あくる日、屋敷に赴いてきた家臣を氏郷は自ら出迎え、こう言った。
「よく来てくれた。まずは風呂につかり、日頃の疲れを癒してくれ。」
促されるままに風呂につかる家臣。
しばらくして外から氏郷の声がした。
「湯加減はどうだ?ぬるくはないか?」
家臣は、
「そういえば、少々ぬるい様でございます。」
と答えた。
「そうか、しばし待て。薪を足すからな。」
再び氏郷の声。
家臣は思った。
(妙だな、下人にわしが直に申し付ければ良いものを…?)
いぶかしんで外を見た家臣は驚いた。
薪を足していたのは、他ならぬ、氏郷であった。
「どうだ、湯は温まったか? まだぬるいか?」
脇目も振らず、一心に火を焚く氏郷。
顔も手も、すすで真っ黒である。
家臣は涙で声も出ない。
(氏郷さまが自分のために風呂を沸かしてくれている。何と言う果報だろう!)
次第に適温を超え、熱くなる湯。
だが家臣は涙が止まるまで、風呂からあがる事は出来なかった。
以降、蒲生家では氏郷自ら沸かした風呂につかる事が、
金や所領に変えられぬ最高の恩賞となった。
家臣達はこれを、「蒲生風呂」と呼び、
これに入れた者は蒲生家家中で羨望の眼差しと、尊敬を集めたのであった。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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