信玄の隠し湯☆ | げむおた街道をゆく

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武田信玄が、北条領の秩父に攻め込んだ時のことである。
武田軍はあちこちで放火・略奪をしたので、
後に「信玄焼き」という言葉が残るほどであり、長引く戦いに田畑は荒れ、
秩父の人々はすっかり心身共に疲れ果ててしまった。
そんな中、ただ一人黙々と田畑を耕す老人の姿があった。
武田軍はこれを不思議に思い、件の老人を捕えてその元気の秘密を聞くと、

「御霊権現から授かった鶴の湯という鉱泉があって、これに入っているから元気なのじゃ。」
という返事が返ってきた。

話を聞いて喜んだ武田軍は、戦いで疲れた体を鶴の湯で癒すことにした。
ところがあまりに良い湯だったので、武田軍の兵士たちは故郷の事を思い出し、

すっかり士気が低下してしまった。
この味方の腑抜けた有様を見た、武田軍の山県三郎兵衛は、

苦々しく思って鶴の湯を閉鎖してしまった。
そして、その地に武田系の東泉寺という寺を建立して去って行った。

その後、鶴の湯は再び開かれたが、

誰言うともなく「信玄の隠し湯」と呼ばれるようになった。
鶴の湯は、甲州への裏街道にある湯宿として、

多くの旅人や湯治客に利用されて栄え続けたという。

 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。

 

 

 

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