武田勝頼が、家督を相続した頃の話である。
甲斐の郡内地方に安左衛門という者がいた。
この男は信玄の訃報を聞き大変不安に思って、
跡目の勝頼の武運長久を祈るため、諏訪大社に詣でて籠り、
六月から八月末まで、丸々90日間祈りを捧げたのだが、
その籠る間に見た夢に、諏訪の神が現れて歌を詠んだのである。
諏訪明神 たゆる武田の子とうまれ
代をつきてこそ家をうしなへ
大変なものを見てしまったと、慌てた安左衛門は、
急ぎ大祝の元へ訪れ語ったが、
さすがに大祝も、
「神さんにしちゃ歌下手じゃね?」
と、最初は相手にしなかった。
ところが夢想状態の安左衛門が書いた歌の紙には、
やけに立派な朱印が押されていたのである。
これが勝頼が家督を継いだ始めの仕事として、
諏訪神社をはじめ、信濃・甲斐の国中の寺社仏閣に発給した、
続目の朱印と同じ印だったのだ。
これは本当に諏訪の神が武田を滅ぼそうとしていらっしゃるのだ。
かつて武田が諏訪を討ったことを神はお許しになっていないのだなあと、
人々は恐ろしく語ったということだ。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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