土佐一国検地と、籠宗全☆ | げむおた街道をゆく

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長宗我部元親が、土佐一国の検地を行った頃の事である。

弘岡の郷に籠宗全という、算用に通じ、検地の実務に詳しい者がいた。
彼が浦戸まで出てきて、元親に申し上げるに

「先に土佐一国の検地が行われました。

が、その内容は甚だ粗雑で、不十分な検地によって、
税収にかなりの損失が出来ているように見えます。

そこで、どうか私に再度の検地を申し付けください。

国中ことごとく調べなおし、1万石の地から、
新たに千石を打ち出して見せましょう。」

家老達の中には、『これは民を虐げる所業ではないか?』

と言うものもいたが、
増収のためであると言われれば、これをむげに退ける事もできず、

とにかく一度、この宗全にやらせてみよう、と言うことになった。

宗全は先ず、自分の住居のある周辺の地域、

弘岡、伊野、畑などを検地した。
この検地で宗全はなんと、千石の地から新たに、八百石余りを打ち出した。
なんと80%の増益である。当然、年貢も倍近くに増える。
この地域の民、これを聞いて大変に嘆き悲しんだ。


慶長四年(1599)、十二月三十日の事。
深夜、宗全の家に何者かが、四方より火をかけた。
宗全は寝入っていたため逃げることが出来ず、そのまま焼け死んだ。
これは後で、近隣に住む一領具足の仕業だと言われたが、
宗全の死に関しては、『因果応報である』と、

同情するものは誰もいなかったそうである。

 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。

 

 

 

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