わたしは平成26年(2014年)以来夏も冬もエアコンを使わないノーエアコン生活を12年続けています。
きっかけは赤道直下のアフリカに行って、この暑さなのにエアコンもないなんて無理と思ったのですが、1か月いるとなんとか耐えられたので、日本でもできるかと思って興味本位に始めました。
おりしもその3年前に福島原発が爆発して、日本中の原発が停止し、電力不足が叫ばれる中、節電が無意識下に刷り込まれた影響もあるでしょう。
※ただし東日本と西日本は静岡県を境に周波数が違い西日本で節電しても東日本に持っていけないし、原発が全部止まっても電力が十分足りるのはこの15年が証明されている、なので原発を止めたいための家庭の節電は本質ではない
名古屋の家にはエアコンはあったのですがプラグを抜きました。
幸い一つの部屋に2方向の窓があり、5階だったため風の通りがよく夜中も網戸で窓を開け放しにできたことも実現可能だったと思います。
扇風機は使います。
寝ている時は、微風にしてずっと身体に当てます。
最初はただでさえ不眠症なのに寝苦しいし、朝も暑さとともに始まるのでしんどかったのですが、ある強烈なメリットに気がつきました。
その頃、インドアの仕事をクビになり真夏の炎天下、外で肉体労働をしていたのですが、まわりの作業員はバテてへとへとなのに自分だけは平気だったのです。
断っておきますが、わたしは小学生の頃、虚弱児かというくらい身体が弱く冬は凍傷で体育を見学、夏は夏バテでご飯も食べずただ寝転がっているような子で、外で遊ぶのが嫌いな子でした。
大人になってからも、肉体労働や外仕事を回避して生きてきました
力仕事になると隠れて見えなくなる存在だったのです。
それが、ノーエアコンが契機となって、夏の外の暑さが平気になり、それが自信となって力仕事を続けると、重い物を持つということは、筋力をつけないと無理だと思っていたのが、重心を捉えて腰を入れたりして自分の重心と合わせれば楽に重い物を持てるという真実に気がつき、何故誰も教えてくれなかったのだろう、体育の授業も馬鹿の一つ覚えでスポーツばかりやっていないで、こういうことを教えるべきだと思いました。
そして、この時点で睡眠薬を含む20年間飲んできた向精神薬を全てやめることができました。
身体を動かし汗をかくことによるデトックス効果と、注意を危険に集中することがよかったのだと思います。
実は精神薬の本当の危険や精神医学のおかしさに気がつくのはその後なんです。
さらに、食生活を菜食に切り替えたことで、集中力と持久力がつき、ノーエアコンによる暑さやダルさを感じない身体とあいまって、肉体労働がへっちゃらになりました
※肉を食えば体力がつくというのは嘘、明治時代、飛脚に肉を食べさせたら半分の力も出なくなった実験や、アイヌの猟師は猟の時は菜食など、多くの事例から実証されている
わたしは肉体労働にトラウマがあって、引越しの仕事やディズニーオンアイスの氷の搬出であまりの体力の無さに怒られて、そういう仕事を忌避していたのですが、便利屋の仕事を経てある程度自信がついたので、その仕事に入りなおしてみたら、あら不思議、余裕でこなせて、「君の動きは素晴らしい」とお褒めの言葉までいただいたので、トラウマ解消、屋外作業、肉体労働、体力勝負の仕事に全く抵抗が無くなりました。
わたしが、何を言いたいかというと、多くの人間を観察していると、食事は美味しいもの、生活は楽で快適なものを追求していて、それが原因で病気になったり、生きる力が弱くなっているので、全く違う価値観があってもいいのかなと。
つまり、食や快楽に価値を置くのではなく、身体の軽さ、楽さ、丈夫さに価値が置かれ、そっちを大切にする価値観がもっとあってもいいのかなと思います。
わたしが食事制限やノーエアコン生活などを話すと「やせ我慢」とか「もっと人生を楽しみなさい」と言われますが、わたしはそれよりも自身の身体的に劣った部分をカバーし人並みに追いつくために、楽に仕事ができたり、動きのパフォーマンスに無限の喜びを感じるので、そっちを優先したいという気持ちが強いです。
むしろ、ヴィーガンやノーエアコンは本心を言うと快楽でしかなく、一度型を覚えるともうやめられないくらい生活が楽なんです。
もちろん、こういう生き方や価値観を押し付けるわけではありませんが、実践する人が増えれば、多様性も生まれるし、本質に気がついて、多くの人が自信を持って生きられるのではないかと思っています。
ノーエアコン友の会、入会しませんか?
このような記事が欲しい方
永野哲嗣公式メルマガ(購読無料)
https://www.reservestock.jp/subscribe/258652