先日、用事で塚本駅の近くまで出かけたついでに撮った散歩写真です。
『いま開かれる 男の世界!』
♪All the world loves a lover
塚本駅(西口)の近くで見つけた、チャールズ・ブロンソン時代の「う~ん、マンダム!」の看板です。
塚本駅(東口)の近くです。昔は、旅館街(商人宿)のような感じだったところです。「セイカ(清華)ホテル」さんは、まだ営業しているのでしょうね。その神戸寄り(手前)にあった福助旅館さん(最後はビジネスホテル福助でした)は、もうなくなっているようです。
路上教習車がやってきました。これは、塚本ドライビングスクール(追記:今はありません)の教習車で、2代目のマツダ・アクセラのようです。
実は、恥ずかしながら、私もここの卒業生(笑)でした。私の頃は「日産塚本自動車教習所」という名前で、教習車も日産セドリックだったのです。オートマ免許がない時代ですので、そのセドリックは、当時のタクシー車のようなベンチシートで前進3段のコラムシフト(注:今のインパネシフトとは違うもの)でパワステなしでした。その時代でも、営業用のクルマに乗らない普通のドライバーは、卒業後にコラムシフトのクルマに乗る機会はなかったはずです。
(読者情報)2種免許の場合は、「最近でもタクシー用のコラムシフト車が使われていた」という情報を頂戴しました。
また、自分で思い出したことですが、会社に入社した当時、ピックアップトラックのような社用車に添乗したことがあります。そのクルマは、前進4速のコラムシフトで、しかもトラックなので1速がノンシンクロでした。
教習所のコースレイアウトは、ほぼ昔のままだと思います。(と書いていましたが、この地には今はマンションが建っています)
田川踏切にたどり着く前に目撃したキハ189系の回送列車です。
この辺りは、私が幼少の頃は工場がまだ建っておらず沼地でした。その沼地でザリガニを捕りながら貨物列車を眺めた記憶があります。
北方貨物線の田川踏切で貨物列車を撮影しました。やみくもに撮っているのではなくて、事前にダイヤを確認しています。
同じ場所で1969年に撮ったD51牽引の貨物列車です。
吹田方面から神戸方面に向かう貨物列車です。
同じ場所の画像です。左の貨物列車が吹田方面行のD51牽引の貨物列車です。右はEF65(貨物用機)です。(1969年)
当時は、まだEF15やEH10が走っていました。私の記憶では、D51、DD13、EF15,EF58,EH10.EF60、EF65などをよく見ました。私が撮影していた頃は、この場所でEF61やEF66を見た記憶はありません。(1969年)
EF58の79号機(米原)です。
田川踏切の撮影の帰りに、三津屋から十三まで市バスに乗り、前回は臨時休業だった新北野の今里屋久兵衛さんを再訪しました。
今回は、十三焼を買うことができました。(追記:このときは仮店舗で営業されていました)