第6日 他人を意識する

 

初めて自分を意識する時、自分に対する他人がいます。ここでいう他人とは、自分以外の母親を含む全ての人です。意識の中に他人が現れるのです。

他人を意識(無意識を含めて)するのは、目で見たり、耳で聞いたり、等々、五感による実体の直接感知と、本や新聞、放送、噂や伝聞による仮想体を脳内につくる想像感知があります。

感知した意識は即座に、相手が味方か敵か判断します。判断できない場合は、不明とします。

この意識は遺伝情報による本能行動が始まりで、本人は無意識です。

この他人に対する識別行動は、日常的に行われます。

敵味方の判別の付かなかった「不明」は、現実の対応上、自分として一応、敵か味方かに仮定します。この仮定には、当然、遺伝情報が関わっていると考えられます。そして、それは、その人の性格としてあらわれます。信じやすい人、疑り深い人、人見知り等です。

人生の必然として、ある時、この相手について、無意識の判断が出来ない重大な事が起こります(例えば、仲良しの友とケンカをしたとか)。今までと同じ本能的処理するのか、それとも、思考して対処するか。

思考を選択した場合、他人を思考することは、他人を理解することにつながっています。他人を自分に置き換えてみます。自分と他人の相違性に気付くとともに、具体的な自分(性格、行動の自己分析)を知るのです。そうした、思考の繰り返しが、具体的裏付けを持った開放的認識(自己の世界観を広げる)となります。つまり、自分を意識的に認識できるようになるのです。(自我の発見)

何も考えない選択をした場合、思考の判断回路はつくられません。(思考の停止)