第12日 純粋論理

 

最初の人類(猿人)がこの地球に誕生したのは、およそ700万年前と考えられています。その後、多様な人類種が誕生し滅びて、20万年前、現生人類(ホモ・サピエンス)が誕生しました。他の人類種では、50~100万年以上の生存期間が多く確認されています。しかし、全て絶滅し私たち現生人類のみが地球上に残っているのです。ですが、私たち現生人類の歴史は、僅か20万年です。想像すれば、他の人類は少ない人口、短命と厳しい環境に、何10万年の時を得ながら、新たな文明の創造に至らなかったのかもしれません。彼らのDNA遺伝情報は、自らの人類種の生存が最優先であったでしょう。

西暦1600年頃は現生人類の人口が初めの数千人から何億人と増えて、平均寿命も10才前後から30才位になりました。

現生人類のDNA遺伝情報は、旧来の人類種の生存最優先が引き継がれたままで、人の本能としています。この本能を論理化したのが原始純粋論理です。

人口の増加は、群から集団に集約され、国家が形成されました。人も組織化され、支配階級が確立します。

原始純粋論理は、人類の生存を優先するため、個々の人間関係については、不確定なままであったと思われます。必要なのは、継続した人類の生存の確保です。結果、自ら生存するために、他の人を犠牲にすることを否定できなくなったのです。(強者生存の論理)

これに対して、近年の科学の進歩と人類の繁栄は、精神面の多様化が進み、一方的な弱者の存在に疑問が発生しました。圧倒的多数の弱者に、合理性のない犠牲を強制することは、強者優先の原始純粋論理では、未来においても、人間相互の不信と争いを抑止できないという考えです。

現代社会は、個々の人々の自由や権利、民主主義の確保を国際的に認めています。所が、実際は、戦争や暴力が蔓延しています。それを、放置しているのが、原始純粋論理なのです。強者生存の論理がまかり通っています。

原始純粋論理のDNA遺伝情報の強者生存を可とする要因を排し、人類共存に改めて、それを、(新たな)純粋論理とするのです。

本能として、純粋論理が人々に引き継がれれば、世界から戦争も暴力も無くなることも、夢ではありません。

 

純粋論理とは、全ての人の生存権を守ることです。つまり、他人の生存権を侵犯する一切の行為を否定することです。例外や特例もありません。当然、力による暴力(戦争、死刑制度等)、言論の暴力、経済的暴力等も否定します。