第18日 国の人格(個人所有される国)

 

国は個人(特権階級)によって私物化されています。

人類は発展と共に、王国をつくりました。その王制は、多くは滅びましたが、一部は残存しています。

かつて、王国は王のものであり、王の人格が国の命運を握っていました。王制はほとんど世襲制であり、王を取り巻く貴族達も世襲制で、各々の人格は関係ありませんでした。結果、統治能力に欠けた王は、退けられ王国は交代を繰り返しました。

近代になり、資本家が台頭して民衆を扇動して、支配者の座を王から奪い取りました。国の主権を人民が握ったのです。

しかし、政権を維持するには資金が必要でした。こうして、資本家の資金は国の基盤になりました。そして、必然的に国の経営に参加し政権の要を占めるに至りました。

理論的には資本主義を第一として、大衆には自由主義的競争社会を標榜し、国に特権的(資本家)優遇政策を推進させ(大衆にはこの実態を隠し)資産(私財)の温存拡大を図りました。これらにより、資本の集中が進み、大資本家が誕生しました。

ソ連の崩壊(1991年)は、資本主義の勝利であり、個人の私有財産の無制限拡大に反対する共産主義や社会主義を打倒し、大資本家による国家の独占的経営(私物化)への道が開けたのです。(徹底した大衆洗脳の実施)

世襲化した資本家一族(実質的な特権階級)は、その潤沢な財力によって企業を国を社会を支配出来るのです。また、権力を握ることで、異分子を暴力的(合法的には警察、非合法的にはテロ等)に排除出来ます。

特権階級の中から国の指導者が選ばれ、形式的に大衆の信託(選挙)を得るのです。

国の在り方は選ばれた指導者個人の人格が大きく影響しますが、特権階級の枠から外れることはありません。

資本家(特権階級)は競争社会の勝利者である戦争人(平和人に対する)で、その脳は遺伝的に閉鎖的世界観、排他型人格者です。当然ながら、経営者的でもあります。

彼等にとって、国は企業であり、利潤(国益に読み替えた私益)の追求を第一とします。国民は従業員であり、消費者でもありますが、経営の主体ではありません。利潤追求に寄与しない国民(従業員や消費者でもない)は不要です。

 

 人類社会は圧倒的に(筆者も含めて)戦争人の社会です。自由主義のルールによれば、資本家(特権階級)による国や世界の支配は必然かもしれません。しかし、平和人の芽(原始本能、原始純粋論理)は、戦争人の脳(DNA遺伝子情報)に残っています。