第21日 神話と伝説と奇跡
神話は神の話で、全て作り話です。伝説は言い伝えです。奇跡話は偶然と、非科学的な作り話です。
神話や伝説、奇跡話は何故、作られたのか考えてみます。民衆の中から、自然発生的に作られたものと、意図的に創作されたものがあります。
自然発生的なものは、地域的で民俗的です。そして、土地の守り神や日々の生活する為の知恵ともいえます。
意図的なものとは、特別な権威づけや正統性を裏付けるために、作られたのです。また、強制的に伝播させ、信じ込ませることがあります。そうした信じ込みが、支配者層の権力基盤の固定と安定化をつなげるのです。(洗脳)
意図的に作られた神話・伝説・奇跡を信じる民衆は多数で、それらの人々のつくる国さえ存在します。しかし、それはある意味、虚構の文化による国家といえます。(宗教国)(王制国)
その国の支配者層は、民衆操作の手段のひとつとして、そうした話を神聖視して都合のいい解釈を民衆に与え利用します。正義と愛に満ちた英雄と、不正と邪悪な敵を演出します。そして、それらを現実の世界に投影させ世論を誘導するのです。
冷静に考えれば、多くの人々が有り得ない事柄を信じているのは、何故でしょうか。理由は、科学的脳をもっていないのです。現実と非現実の区別ができないのです。
別の言い方をすれば、脳が未成熟な子供のまま、成人したのです。未成熟とは、俗に云う頭が悪いとかではなく、論理的な思考の不十分なことです。未成熟な成人の例では、非科学的な神を崇拝する大学教授。民衆の生活を見ない、国益(実は私益)と軍事優先の指導者。
未成熟な原因として、学習と経験にあります。広い視野に立った人間教育と、公正無私社会が、健全(論理的)な脳を育てるのです。
未成熟な人々がつくる社会は論理的矛盾が発生し、そのひずみが争いを生むのです。