ここ数年で組織の人材育成の話題に「自律」というキーワードが頻繁に使われるようになった。ひょっとするとこれを読んでいる方の職場でも「これからは自立ではなく自律だ」「もっと自律的に行動しよう」などといった標語が掲げられたり、それらの言葉を耳にしたことがあるかもしれない。
しかし自律的になれ、と言われても、結局何が出来ていればいいのかははっきりしていなかったりする。応用力がない、とか受身になるな、とかそういった「すべからず」はいくつかあれど、そもそも、自律的な人材とは何をさすのか?についての明確な答えはあまり提示されていないように思う。
辞書をひいてみると、自律とは、「他からの支配・制約などを受けずに、自分自身で立てた規範に従って行動すること」とある。
辞書通りの意味で自律という言葉が用いられているわけではないことは理解しやすい。例えば会社で本当に個々人が他の人のことなどお構いなしで(=他からの支配・制約をうけず)、思い思いのことをやりはじめたらそれこそ会社として存続しないだろう(聊か極端な例ではあるが)。
社会とは人と人との関係性の上に成り立つものであり、むしろお互いに価値を提供しあうこと(時に制約・支配しあうこと)で成り立つものだ。
しかしその一方で社会も従来のように個々人を支配的な関係で繋ぎとめることはできなくなっている。それはいくつもの要因が複雑に絡みあった結果ではあるけれど、最も大きな理由のひとつに個人の働く環境の大きな変化があげられる。ここ数十年で組織のフラット化は進み、業務の複雑化は急速に進行した。終身雇用も崩壊し個々人のキャリア観の個別化が進んだ。
特にこの不況化によりモビリティアビリティの獲得こそが働く個々人の課題となってきた。それにより個々人のモチベーションの源泉も多様化した。
このような複雑化により、業務においても、組織と人との関係においても、組織は「こういうときはこうすればいい」という明確な唯一絶対の答えや基準を示すことは難しくなった。結果、現実問題として多くの組織が様々な局面で個人の裁量によらざるを得なくなっていっている。
つまり、もはや組織が一方的にルールを設け、それに基づき個々人が行動するというモデルは通用しなくなっている。だからこそ今社会では、「(自分、そして社会にとって)何が最適であるか」を自分で判断して行動できる個人を求めている。
そしてこのような自律を求める流れは個々人の人生にとっても深く関係している。
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