クレジット決済が通る。
請求されたものを払える。
クレジット決済が通る。
請求されたものを払える。
やってみた。
日本のために、
世界のために、
何か自分にできることはないのか。
そんなことばかり考えていた時期があった。
テレビを見た。
新聞を読んだ。
政治家が話していることも、
今よりずっと信じていた。
このままでは日本はダメになる。
世界中がおかしなことになっている。
日本がもっと世界で通用するようになればいい。
世直しをしないといけない。
本気で、そう思っていた。
仕事をしていても、
もっと、こうした方がいいのに。
なんで、こんなやり方なんだろう。
そんなことをよく考えていた。
世の中には、
変えた方がいいと思うことがたくさんあった。
でも、
自分の生活そのものを変えようなんて、
考えたこともなかった。
考える余裕がなかったのか。
そもそも、
考える対象に入っていなかったのか。
それは分からない。
その頃、
ノストラダムスの大予言という話を
耳にするようになった。
まだ、一部の人たちの間で
噂されているような話だった。
信じている人は少なかった。
自分がそんな話をすると、
笑われることもあった。
でも、
自分は信じていた。
どうせ世の中はダメになる。
だったら、
将来のことなんて、どうでもいい。
貯金したってしょうがない。
世の中がなくなるのなら、
借金したって大丈夫なんじゃないか。
何でも壊してしまっても
いいんじゃないか。
そんなことまで考えた。
我慢するのも辞めた。
やりたいようにやった。
何を言われても、
好きなようにしていた。
そんな時期もあった。
テレビでは、
株や金融機関のことが
騒がれるようになっていた。
倒産。
年金問題。
そんな話も、
よく聞くようになった。
でも、
自分にはそれほど大きな変化には見えなかった。
まだ、この程度か。
転換期というほどでもないな。
そんなふうに見ていた。
一方で、
自分の生活は、
少しずつ上手くいかなくなっていた。
同じ会社の中でも、
部署が変わった。
住む場所も変わった。
周りの環境も変わった。
自分でも、
色々なことを変え始めた。
でも、
何かが変わらなかった。
何が変わっていないのか。
その違和感が何なのか。
それさえ分からなかった。
ただ、
このまま続けるのは違うんだろうな。
そんな予感だけはしていた。
何を変えるのか。
どうやって変えるのか。
分からないままだった。
そのうち、
仕事や家庭など、
もっと身近なところにも目が向くようになった。
でも、
子供が成人して、
独り立ちするまでは耐え抜かなければならない。
子育てを放棄してはいけない。
そう思っていた。
家の借金の問題もあった。
仕事では、
ストレスが増えていった。
家に帰れば、
家庭でのストレスも増えていった。
仕事でも。
家庭でも。
心も体も休まる場所がなかった。
逃げ道が欲しくなっていた。
先ずは、
癒やしが欲しかった。
家では、
仕事のことを話さなくなった。
休みのことも話さなかった。
家族とも、
ほとんど顔を合わせなくなった。
家にいても、
部屋に籠っていた。
部屋から出て、仕事へ行く。
出掛ける。
帰ってくれば、
また部屋に籠る。
そんな毎日になっていた。
休みの日には、
一人で過ごすこともあった。
他の人と過ごすこともあった。
仕事が終わっても、
家に帰りたくなかった。
他の人と過ごす時間が、
だんだん増えていった。
本気で離婚を考えていた。
本気で家を出ることも考えていた。
でも、
子供のことがあった。
家のこともあった。
簡単には動けなかった。
そんな頃、
インターネットが普及し始めていた。
Web上で、
いろんな人と話すようになった。
それが楽しかった。
そのうち、
実際に会うようにもなった。
一人ではなかった。
何人もの人と会った。
浮気だったのか。
遊びだったのか。
不倫だったのか。
その瞬間、その瞬間は、
そんな感覚ではなかった。
本気だった。
人生を変えられるのなら、
何でもよかった。
何をどうすれば変わるのか分からない。
ただ、模索していた。
新婚だった頃、
「親様」と呼んでいた人と
出会ったことがあった。
神様とは何なのか。
神話や歴史、精神世界などから、
それを探究していた人だった。
自分も、
神様という見えない存在を
知りたいと思っていた。
過去世や歴史、精神世界と、
今生きている現実の世界との関係について、
色々な話を聞いた。
不思議な経験もした。
そんな時期があった。
何かを探していたこの頃も、
見える世界だけを
見ていたわけではなかった。
何をしても、
心も、
頭の中も、
意識も、
どこかに空いている孔が塞がらなかった。
何かを変えても、塞がらない。
また何かを変えても、塞がらない。
何かを変えたかった。
でも、
何を変えればいいのか分からない。
どうやって変えるのかも分からない。
壊すことを求めていたのか。
壊すものを探していたのか。
それも定かではなかった。
ただ、
変えるためには、
今ある何かを壊さなければならない。
そんな気はしていた。
何を壊すのか。
それも分からなかった。
それまでにも、
何人かの人と会った。
でも、
何かが合わなかった。
話をしていても、
普通はこうだ。
みんなそうしている。
それが常識だ。
そんな話に戻っていく。
深い話ができなかった。
その先へ進んでいくような可能性を、
少しも感じなかった。
もっと知りたかった。
もっと深いところまで話したかった。
見えない世界のことも含めて、
もっと先の話がしたかった。
そんな中で、
初めて深い話ができる人と出会った。
話がシンクロした。
今まで話せなかったところまで、
話すことができた。
この人がパートナーなんだな。
そう確信し始めた。
一緒にいる時は、
自分らしくいられた。
自分らしくいられる場所。
自分らしくいられる刻。
それ以外では、
本当の自分ではないような気がして、
しんどかった。
破壊したい衝動もあった。
その一方で、
冷静でいられる自分もいた。
目の前にある現実世界が、
画面のように感じることもあった。
制限を外せそうな、
新しい人生が始まるような予感があった。
離婚する。
仕事を辞める。
住む場所を変える。
パートナーも変わる。
全部変えて、
完全にリスタートする。
そうしなければならない。
そう思い始めていた。
ただ、
タイミングを測っていた。
いざ決断しようとすると、
躊躇した。
決めようとする。
躊躇する。
また決めようとする。
また躊躇する。
この先どうなるのか分からない。
何の保証もない。
誰かに話しても、
「考え直した方がいい。」
そんなことしか言われなかった。
そんな中で、
妊娠した。
ああ。
そろそろ決断する時なんだな。
決行する時なんだな。
そう思った。
そこからは、
一つずつ進めていった。
話は簡単にはまとまらなかった。
いくつもの壁もあった。
しんどかった。
でも、
決意は変わらなかった。
乗り越えられない壁ではない。
そう思っていた。
自分では、
何か大したことをしている感覚もなかった。
ただ、
一つずつ進めていた。
やりたいことを、
やってみた。
やりたくないことを、
辞めてみた。
そんな時期だった。
苦手だと思っていた。
自分には向いていないと思っていた。
自分には無理だと思っていた。
子供の頃から大人なっても嫌だと思っていたことが
たくさんありました。
人と話しをすること。
人に笑顔で対すること。
電話すること。
人の世話をすること。
何かを組み立てること。
料理をすること。
家事手伝いをすること。
色んな事で色んな人とお付き合いすること。
文章を書くこと。
人に表現すること。
運動すること。
規則正しい生活をすること。
人に何かを教えること。
そして、自分自身に素直になって想いを伝えること。
ツライ時にも、大丈夫!と言い
嫌なことでも、自分さえ我慢すればいいと思い
空氣を乱すことが何より嫌だと思っていた。
そして、そうすれば、そうするほど
辛くなって、何がなんだか感情も分からない
どうしたらいいのか分からなくなっていた。
あー、まだ我慢が足りないのかな?
まだまだ頑張りが足りないのかな?
みんなが普通に出来てる事が出来ないだなんて
ダメな人間なのかな?
笑ってる余裕なんて無いや。
みんなは楽しそうに笑えてる。
能力の差なのかな?
でも、本当に、そうなのか?
出来ないと思ってるだけで
最初から上手く出来る人なんて居ないよね?
でも、
やってみた。
出来る様になっていた。
初めの頃こそ、目も当てられないほど、恥ずかしくて
顔から火が出そうな想いもした。
でも、やってみたら
出来る様になっていた。
短時間で上手く出来ない自分をに対して
苦手だと思い、自分には向いていないと思い
自分には無理だと思っていた。
そう。
自分の事なのに
自分が分かっていなかった。