普通って、なんだろう。
幼稚園の頃から、中学生くらいまで。
私は「変わった子」だった。
いや。
そう言われていた。
少し違うことをすれば笑われる。
何かを言えば、
「またアイツが変なことを言ってる」
そんな空気になる。
そのうち、
何をしたかではなく、
「アイツがすることだから、おかしい」
そんなふうに見られていた気がする。
同級生だけではなかった。
先生まで一緒になって攻めてくるように感じることもあった。
変わり者。
おかしなヤツ。
笑い者。
いつの間にか、そんな役が出来上がっていた。
孤独だった。
でも、
誰かを責めたいとは思わなかった。
今思えば、不思議なんだけど。
それよりも、
ずっと違和感があった。
普通ってなに?
当たり前ってなに?
何故、人を笑い者にして楽しみたがる?
人を貶めて、何が楽しい?
そういう、あなた達はどうなの?
聞いてみたかった。
でも、
そんな余裕など有りはしない。
何を言っても笑われる。
何をしても、おかしいと言われる。
だったら、
何を言っても無駄。
何をしても無駄。
そう思うようになった。
家に帰っても、
親に話せるわけではなかった。
言えたのは、
「嫌。」
それくらい。
うまく説明なんてできない。
言えば怒られる。
だから、
また黙る。
学校でも黙る。
家でも黙る。
つまらない子供時代だった。
早く大人になりたかった。
そして、
少しずつ心を閉じていった。
今思えば、
シャッター街みたいだった。
一軒、また一軒。
期待しない。
信用しない。
自分を見せない。
自分自身のことさえ、
信じられなくなっていた。
自分は、おかしいのか?
自分は、ダメ人間なのか?
周りから否定され続けていると思っていた。
でも今なら分かる。
いつの間にか、
自分自身まで、自分を否定する側にいた。
そんなこと、
あの頃には分からなかった。
ただ苦しかった。
ただ嫌だった。
ただ、
違和感だけは消えなかった。
そして大人になり、
いろいろな経験をして、
ある時ふと思った。
本当に、おかしいのは自分だったのだろうか。
もし、
自分自身ではなく、
外の世界の方がおかしいとしたら?
普通。
当たり前。
常識。
正しい。
みんながそう言っているから。
それって、
本当にそうなのか?
誰かを否定したかったわけじゃない。
世の中に反抗したかったわけでもない。
ただ、
本当の事を知りたかった。
思えば、
早く大人になりたかったのも、
自由になりたかっただけではなかったのかもしれない。
この世界は、
いったいどうなっているんだろう。
本当の事を知りたかったのだ。
……と思う。
それからも、
随分いろんなことがあった。
進んでは、
振り返った。
すると時々、
「あー、そういうことだったのか。」
と思うことがある。
また進む。
また振り返る。
「あれも、そういうことだったのか。」
昔、
自分を閉じ込めているだけだと思っていた心のシャッターも、
今は少し違って見える。
あのシャッターがあったから、
守れたものもあった。
自分らしさ。
閉じることさえ、
あの時の私にとっては、
自分らしさだったのかもしれない。
キツかったけどね。
耐えていた時間の中で、
忍耐力のようなものまで養っていたのかもしれない。
だからといって、
虐められて良かったとは思わない。
苦しいものは苦しい。
傷つくものは傷つく。
ただ、
今の自分から振り返ると、
あの頃の自分を
「ダメだった」
と否定する必要もなかった。
シャッターを閉じた自分も。
人を信じられなかった自分も。
自分を嫌っていた自分も。
何を言っても無駄だと思った自分も。
その時、その時を、
その時の自分で生きていた。
悪い事など、ひとつもなかった。
起きた出来事を、
全部「良かったこと」にするという意味ではない。
ただ、
自分の歩いてきた時間にまで、
自分で×をつけなくてもよかった。
そんなことも、
今だから分かる。
そして、
今分かっていることが、
最後の答えなのかも分からない。
もっと先へ進んだら、
また、
「あー、そういうことだったのか。」
となるのかもしれない。
真実を知りたい。
あの頃から残っていた違和感は、
形を変えながら、
今の自分をつくってきた。
そしてこれから、
望んだ自分をつくっていくことにも、
繋がっていくのだと思う。
あの頃は、
何にも分からなかった。
今だから分かることがある。
そして、
今はまだ分からないこともある。
それでいい。
人生を進んで、
いつか振り返った時に、
見えるものもあるから。
答えは、後から分かります。
