140615
父の日であり、県民の日であり、某剛田さんの誕生日なわけです。
わたしにとってはただの日曜日でしか、ないけれど。
なにか書き記しておきたいことがあってこれを開いたのに、完全に起動する前にはもうどうでもよくなるわけです。
不特定多数の人がこれを読み、また不特定多数の人がこれを読まずに日々を過ごしていくことを考えたら、なにかを書き記すことに意味などないと思う。ただ思ったことを記録して、どうするのだろうか。一体なにになるというのだ。そんなことを考えているあたり、健康な証拠だ。
常に何か考え、悩み、愁嘆くフリをしていないと生きていけない。正確には、そうせざるを得ない。別にしなくてもよいのだけれども、気付くとそうなっている。まんまとまわりの世界に踊らされているわけです。自分ひとりがしあわせだと認識することさえ許されない世界。まわりに合わせ、自分も他者と同じようにそれなりの暮らしとそれなりの安定だけを持ち併せていますよと、それ以上は何も手にしちゃいませんよと。更に言えば、他よりも不幸なのだと。そんなもの競ってもなにも生まれないのはみんな頭のどこかでわかっているはずなのに。なにが言いたいかというと、今日は一日休みで、いい天気で、布団を干し、掃除機をかけ、冷たい麦茶を飲み、幸せかどうかは別として、わたしは今日もそれなりに一日を終えようとしています。悪くは、ないです。