150704
人間とは実に愚かである。
どうしてすぐに、感情に振り回され、それらに縋るのだろう。幸福、安心、不安、欲望、快楽、期待、名誉、責任、感謝、優越感、劣等感、好奇心、勇気、驚愕、困惑、不満、軽蔑、嫉妬、憎悪、空虚、罪悪感、情憬、シャーデンフロイデ、殺意、等この他にも多くの感情が存在する中で、自分の感情を理解し、コントロール出来ている人間などいるのだろうか。
恐らく(これはあくまでいままで接してきた人すべてに共通するということを踏まえた上での自分の見解だが)、あらゆる感情に自分でも整理がつけられず、負の感情に於いては総て、「死にたい」で済ませてやいないだろうか。そのたった四文字の字間に、隙間に、奥底に、どんな感情が含まれているのだろうか。少なくとも、妬み、嫉み、恨み、辛み、僻み、どれかは含まれているのではなかろうか。あるいは、罪悪感、自己嫌悪。これらが一番多くの感情を支配しているように思う。上記しなかったが、郷愁、感傷、それらもまた、大部分を占めている。懐かしさに駆られて、現象を正常に把握できなくなることが、あるのではないだろうか。あの頃は良かった、楽しかった、そんなものが幻想に過ぎないのは、自身が一番良く分かっているはずではないのか。その瞬間に押し寄せる波に、感情を支配できないが故、使い古された言葉で、安っぽい言葉で、死にたいとしか表現できなくなるのではないか。人は、他人よりも幸福になりたいと、充足感を得たいと、自分勝手なことばかり望むくせに、不幸をひけらかしたがる。己が一番苦悩しているのだと、自分は何ひとつ満たされてはいないのだと、そのようなことばかり並べ立て、他人と差をつけようとする。実に愚行である。哀しいかな、自分もそんな一人なのだ。暴走した感情を抑えきれずに壁をつくり、周囲の声を遮断する。森羅万象を拒絶し生きていけるはずなどないのに。自分は独りなのだと勝手に妄想し、勝手に閉じ籠り、勝手に悲観し、自分を守った気になっていようものなら、そのうち本当に独りになる。そのことに気付いてはいても、どうしようもならず、最終的に他人に縋るしか能が無いのだ。
すべての人間が救われるべきだとは、自分は思わない。少なくとも、わたしの周りの人たちが心から笑える世界で、それぞれ生き抜けますように。そして、少しでもいいから、いつかどこかでみんなが集まって、それぞれの世界の一欠片を、共有し合えますように。