先日退職していった女の子が、最終日に僕のところに挨拶に来て
「すいません。 走りながら考えることができなかったんです。」
と言っていた。
前職も、今の会社も
「走りながら考える」というのが大事な
思想として根付いている。
スピードがベンチャーの肝。
もっともだ。
だけど、それはあくまで一ビジネスパーソンとして考える
べきことであって、もっと一個人として感じたり、考えたりするべきことに
おいては、しっかり立ち止まって考える、感じることも必要だと思うのだ。
日々の業務に追われて、
自分のキャリアや価値感
他人の価値感や世の中の空気感、
家族のこと、
恋人のこと、
お金のこと、
健康のこと、、、
と、しっかり考える時間や感じる時間が
物理的に必要だと思う。
ということで、明日からゴールデンウィーク。
しっかりと自分自身、自分にまつわる周囲のこと、
将来のことなどを考える時間をとりたいと思う。
久しぶりに美術館や博物館にでも行こうかな・・。
TVで、最近の少年犯罪の増加について議論されていた。
「ネット社会がもたらした・・・」
と、したり顔で評論家が話しているのを聞いていると
多少腹が立つが、、、。
でも、ネットの影響は少なからず無いとは言い切れないかもしれない。
と思った。
殺人とネットの因果関係は知らないが、
共通点を感じるのは、情動から行動までの「速さ」「短さ」だ。
最近自分もすぐに「結果」が欲しくなるなぁと思う。
人と話をしていても
「で? 結論は?」とすぐに聞いてしまいたくなる。
仕事ならいいが、プライベートだと、角が立ってしまいそうだ。
ネットは自分の欲求を最短で満たしてくれるツールだ。
本が欲しいと思ったら、3クリックするだけで次の日には本が家に届く。
金が無いと思ったら、2分の作業で300万円も融資してくれるローン会社もある。
「ネット」で語ると広義なので、
職業上、購買行動に置き換えて考えてみると、、、
例えば、
神田の古本屋に行って、ドアを開けた時にフワっと感じる
古書独特の紙の匂いを嗅ぎながら「この匂い好きなんだよな
~」って心の中で再認識してみて、なじみの店主に「どうも、こんにちは
暖かかくなりましたね。」なんて挨拶して、
書店や図書館に漂う独特の静寂に心地よさを覚えながら
棚の並びを見て、探している本がどの辺にあるんだろうかと目で題名を
追いながら、そしたら本来買おうと思っていたものとは違うけど、興味深い
古書があって、でも値段がものすごく高いから、店主にもっと安くならないか
交渉してみて、三冊買ってくれたら安くするよ。なんて言われてみて、
ちょっと悩んで、でも3冊買うと持って帰るの重いなぁ~って思ってしまったりして・・。
という、購買行動においての一連の感情の変化などのプロセスが
極端に短くなった。。。というか、ほぼ無くなった。
ネットユーザーは、
「今、この欲求」を満たしたい。と思っている。
企業は「その瞬間」を逃すまいとあの手この手で、ネット上に
誘惑の網を張り巡らせる。
でも、その瞬間の欲求は、正しい(?)のかどうか、
五感を使ってゆっくり判断するプロセスはとても大事だと思う。
すぐに結果がでるから、自分の欲求に素直に反応しすぎて
しまい、「本当に必要だろうか・・」とか「これって本質?」
みたいな感情のリミッターが麻痺してしまいがちだ。
ウザイから殺す。優しくないから毒を盛る。
ありきたりな論調になってしまうが、
昨今の犯罪はあまりに感情と行動の間のプロセスを感じさせない。
だからネットは悪だ。というのはPTAのおばちゃんに言わせておけば
良いし、ナンセンスな話なので善悪を説くつもりは全くないが、
自分自身もその「波」に飲み込まれていっていることは
自覚しておかなければならない。
と思う。
実際↓の記事でも、DVDを1分で衝動買いしているし・・(笑)
そういえば、最近バス停でバスがこないとすぐイライラするしなぁ~
それは、生まれつきの性格か。。
ウクライナで日本兵の生存が確認されたと(帰国した)いうニュース があった。
父親がウクライナの首都のキエフに単身赴任していたこともあり、
僕自身も何度か高校生の時と大学生の時にウクライナに行っては
一ヶ月ほどすごしたりしていた。
極端に日本人の少ない国なので、日本人にまつわる情報は
すぐにでも入ってきてきそうなものだが、父親に聞くと、そんな老人が居た
ことは知らなかったらしい。。
でも、なんでウクライナなのだろうか・・・。
ウクライナだったら、ジャングルにこもってて終戦を知らなかったってわけでは
ないだろうし、なぜ日本大使館などに帰国の申請をしなかったのだろうか。。
などと、色々想ってみる。
管理 職は責任職という話は良くある話。
部下のミスのケツフキ。自分の組織の成果が上がってナンボ。下がればブー!
要はケツを持つことが管理職の仕事。。
だと思われる。責任を取るとはそういうこと。
でも管理職の一番大きな責任とは、「説明責任」だと思うのです。経営課題に対しての解決策を咀嚼して部下に腹に落とせるように伝えられるか。
何故そうしなければならないのか。
それをすることでメンバーに何のメリットがあるのか。
クライアントに何のメリットがあるのか。
ひいては、この一連の経済活動が社会的にどういう価値を生むのか。
それを説明する責任があるのだ。
「上が決めたことだからさぁ」
は説明にならない。
責任を果たしてない。
自分の中で咀嚼できてないなら、堂々と部下に説明できるまで上と戦うのだ。自分の責任を果たすため。
そして部下も咀嚼できるまで上司にとことん問い詰めるのだ。
それは当然の権利だからだ。
本日は夕食を食いながらメンバーと会話。
キャリアについて話した。
普段は聞けない本音がこういう場で聞けるのはやはり良い。
色んな人と話をするがいつも注目すべきは会話の語尾の
微妙な違いだ。
他社依存的なのか、
自律的なのか
そういう意味では彼は半年前より
とても成長しているように思う。
自分がこうしたい、だけど現状はこうなっていると思っている。
だから、今僕はこうすべき。それによってこういう結果になったら
自分はこういう選択をするだろう。
と非常に分かりやすいロジックで本音を語ってくれた。
僕自身も、もっともっとしなければならないことが沢山ある。
僕らの会社は若い。
肩書きや社歴なんて世の中的にみたら鼻で笑われてしまうレベル。
業界の注目度や勢いを自分の能力と同化させて考えてはいけない。
勘違いをしてはいけないのだ。
なにが言いたいか分からなくなってしまった。
こういう日は早く帰ろう。
出勤途中に職場の後輩何人かとすれ違う。
挨拶。
1人目
「うぃ~す。」 (おはよう)
2人目
「うぃ~す」
3人目
「うぃ~す」
4人目
「うぃ~っす」
通りすぎて3歩くらい歩いて気づいたが
4人目はいつも行くコンビニのレジのバイト君だった。
彼とは会話したことも無い。勢いあまって
相当上からの挨拶をしてしまった。
今後はレジに行くだびに「うぃ~っす」と言い続けるか、
ちょっと気まずそうにするか、現在悩み中。
「うぃ~っす」と言い続けるには中長期の勇気が必要。
気まずそうにするには「あの時はまちがっちゃったんだよね。」的な空気感をだす演技力が
いる。
熟考して、自分の強みを生かした戦略をとりたいものだ。

