先日は久しぶりに大学ゼミの友人と夕食。
以前にもブログに登場いただいた
外資系戦略コンサルに勤務の彼だが、
最近4ヶ月ほどNYでのプロジェクトに行っていて
帰ってきたとのことで土産話でも聞かせてくれってことで・・
会社を抜けて夜食に。
「どうだった? NYは?」
との僕の質問に対して、
ビジネス的なグローバルでエキサイティングで
エモーショナルな体験談を期待していた自分だったが、
「いいんだよ。ポールダンスが」
と始まった。
ポールダンスとは、あの鉄棒みたいなものに
掴まって美女が裸でおどる、あの映画でよく見る例のやつだ。
え?いまどき?
彼は4ヶ月で14回行ったらしい。
「チップを払うと目の前でプライベートダンスを踊ってくれるんだ」
から始まり、
やれ、ロシア人が一番きれいだの
10ドル以上払うとすごいダンスが付いてくるだの
あの鉄棒は固定されているのもあれば、くるくる回るのもあるだの
5回以上通うとダンスのうまい下手が分かるようになってくるだの
タクシーの運転手と仲良くなって一緒に言ったら、その相棒が
すごくふとっちょだったから、自分が相対比較でモテただの・・・
そんな建設的ではない話を熱く(いや暑く)
30分以上語っていらっしゃった。
で、仕事はどうだったのよ?
と痺れを切らしてきいてみたら
「ああ、仕事? まあ、すごいねインド人のITスキルは。
あ、そうそう、インド人といえばさぁ、街にゲイの住居区画があってさ、
そこに住んでるインド人かパキスタン人かの友達がいてさ・・」
と今度はNYのゲイがどうだとか、上司がゲイに
襲われそうになってどうとか、そういう話になって
結局その夜は終了したのだった。
そんな彼は現在外資証券のGS社の選考が
順調に進んでいるとのこと。
世の中の基準が良く分からなくなってきた。
最近オシム監督の「言葉」が話題になっているが
確かに情報の受け手からすると、
シンプルで非常に分かりやすいなぁと
思う。
改めて、組織運営するに当たっての
メッセージ戦略の重要性を認識する。
ジーコの場合、結局どんなサッカーを目指しているのかを
分からないまま終わってしまった感がある。
(あくまで一視聴者として・・)
オシムサッカーのテーマは「賢く走る」だそうだ。
このメッセージがとてもシンプルで分かりやすくて
良いと思った。
組織で仕事をしていると、
①嫌でも必ずやらなければいけない仕事
②個人が自主的に考えて取り組む仕事
があると思う。
でも、仕事はどうしても追われてしまうことが多く、
どうしても決まった形式やセオリーの中で
①をこなしていくという習慣に陥ってしまうことが多い。
自分の経験でも、
仕事がつまらないと感じるときは、自分で考えて何かを
していくという能動的な創意工夫の発想が生まれていないときだ。
得てして、組織的にそういう状況に陥ったとき②を
誰かににアウトソースして、出てきたアウトプットを
こなすことで乗り切ろうとするパターンが多いと思う。
一部の人間が新しいことや組織の方向性を考えて
その他大勢がそれを決められたフローにしたがってこなしていく
という構造・・。
上司が会議で
「じゃあ、来月から新しい試みで○○をすることにしたから」
といわれたら、組織としてはせっかく新しい施策を実施するというのに、
個人レベルにしてみたら、この仕事は①に分類されてしまうの
だろう。
これを続けると、
個人個人は一向に②の仕事を進める機会を失ってしまい
その習慣すら失ってしまう。そして、自分の仕事はすべて
①になってしまうので、仕事はつらいけど生きていくために
仕方が無くやっていくものでしかなくなってしまうのだろう。
「賢く、走る」
このメッセージは、
「走る」というサッカーでいうと、絶対にやらなければ
ならない仕事を必ずやれよ。
という一方で
「賢く」君たち一人一人が自主的に考えて
クリエイティブなことをしていきなさいよ。
という意味をうまく分かりやすい形で表現しているように思う。
俺って、なんだか画一的な、セオリーどおりの
プレーしかできてないんじゃ?と
練習中にふと我に返りそうな感じがする。
その習慣が付くだけでも大変良さそうだ。。
全然詳しくないのだが、、
TVで深夜にF1を見てみた。
ホンダが再参戦後初の優勝。
ドライバーのバトン
表彰台には白人の男性が白い歯を見せて本当に
嬉しそうな表情を浮かべて並んでいるのに
その下では日本国旗が振られ、表彰式では君が代が
流れる。
君が代を聞きながらホンダのテクニカルディレクターが
号泣し、ホンダの社長が喜びのコメントを述べたかと思うと
イギリス人のバトンの父親は「息子はよくやった」と涙を流して喜んでいる。
なんだかこのバラバラ感が面白い。
「チームの勝利」というのはチームメンバー共通の喜びなのだろうが、
個々人には、その喜びの捉え方が違っているのだろうなぁと思う。
そんな統一感があるようで無い風景なのだ。
ドライバーのバトンが君が代を聞いて、
「日本の自動車メーカーの王座復権がついに・・」と感極まるとは
到底考えにくく、でも、きっと多くのホンダ日本人スタッフは
そんな感傷にふけっただろうと思われるわけで。
考えてみればF1(に限らずモータースポーツはと言った方がいいのかも)
って特殊なスポーツだと思うんです。
まず、各クルーの役割がバラバラ。
タイムキーパーもいれば、pitクルーはタイヤ交換だけ
とか、ドライバーの前に持ち看板のようなものだけを
(あれなんていうんですかね・・・。)出している人間もいれば、
インカムをつけてひたすらデータ分析している
人間もいれば、当然ドライバーもればメカニックもいる。
そんなバラバラな役割・特技をもった人間が集まって「勝利」をめざすF1。
スポーツでいうと、野球やアメフトなどで、「僕投げる人」
「僕蹴るだけの人」というような、ポジションによって
多少役割が違うことはあるが、F1ほど競技者一人一人が全く違うミッションをもって
参加する「スポーツ」競技は無いのではないだろうか。
他のスポーツなら、「蹴る」とか「打つ」「捕る」といった
すべての基本となるモーションは全員ある程度マスターしているという
「下地」をがあることが前提になっているので、
「じゃあお前は長打を打つほうが得意だけど、そんなに
足速くないからファーストな・・。」
というように、そこから得意分野によってポジションが分かれていくけれども、
F1は、全く相容れない下地をもった人達で構成されるチームスポーツとなる。
なんだか、会社組織と似ていると思う。
マーケ、営業、技術、経営企画、人事、、、
全く違う畑の人達で構成されながらも、「シェア○%UP」とか
「目指せ業界NO.1」と「勝利」目指してがんばる。
畑の違う人間同士で集団を構成すると、他の畑の人間が
何を考えて、どんなモチベーションで具体的にどんな業務をしているのか
を理解することは難しい。そういう状況下では何かとネガティブな
ことを他人のせいにする傾向がよく起こる。
「営業がうれねーから、給料あがんねーよ」
「人事の配置に問題あるから俺の能力がいきない」
「結局、製品が劣ってるからうれねーよ」
といった具合だ。
そうなると、F1も
「マシーンの性能が悪いから俺は勝てない」
「タイヤのグリップが悪いからいくら速い車作っても無理」
「ピットクルーがどんくさいんだよ。タイヤ交換ひとつまともにできねーのかよ」
と、ならないのだろうか。。と心配してみたりしたのである。
野球だったら、「ピッチャーがノーコンだからさぁ~」っていう擦り付け合いは
あるかもしれないけど、「お前もセンターのくせに肩弱いじゃん」って
ある程度「投げる」という同じ土俵の上で議論できるので、そこまで
辛らつな批判合戦には発展しなさそうな気がするのである。
なんだか、書いているうちにやっぱり
落としどころがわかんなくなってきたのだが・・。
とにかく、
国籍も、言語も、文化も、キャリアの考え方も
何もかも違う人達で構成したチームで、ひとつの「結果」を
求めて戦い、結果を出す。
ということは半端じゃなく難しいことなのではないかと思う。
そんなことを、君が代が流れる中でゆれる日の丸とユニオンジャックと
白人と東洋人が入り乱れている光景をぼんやりみながら思ったことでした。。
いろんな個性的な人が多いけど、斜に構えた人はいないよね。という結論に。
確かに素直な人間は多いと思う。
以上。



