術前検査はおそらく一般的なものだけ受けたと思う。いわゆる普通の健康診断みたいな感じ。

まずは血液検査。
もう慣れたもんです。お好きなだけどうぞとばかりに腕を差し出す。この日は4本分サヨナラ。

次に心電図。
この日はワンピースを着ていた為、下に履く短パンだけ貸してもらい、ワンピースを捲り上げて検査することになった。もう心電図の検査をすることはないだろうけど、上だけ脱げる服装のほうがいいかもしれない。

続きまして呼吸器検査。
透明のホースを持たされて、息を吸ったり吐いたりを繰り返す。
「いい数字ですよ〜あとちょっと頑張ってもう一回やりましょう!」と元気いっぱいに励ましてくれた。もう一回どころか何回も何回もやり直す羽目になったけど、それでも技師さんは励まし続けてくれて、なんとかクリア。ありがたい。

お次は胸部レントゲン。
これまたワンピースが弊害に。だってワンピース脱いだらパンツ一丁( ̄◇ ̄;) また検査着を借りて臨む。機械がピッと鳴ってえっ?と思った瞬間に終了。何を撮ったんだろう、あんな一瞬で…と思うくらい、あっという間の出来事だった。


産婦人科に戻り、先生のところへ。
そこでリュープリンの説明があった。事前に「生理を止める注射・高額」とは聞いていたものの、ちゃんとした説明があるのは初めて。
おそらく「リュープリン」で検索してこのブログにたどり着いた方は、内容をよくご存知だと思うからリュープリンの詳細は省くけど
リュープリンを半年続けて12月に手術をするよりも、注射をせずに7月か8月に手術をしてはどうか?との提案だった。
入院は子供の夏休みか冬休みを希望していた私にとって、休みの間ならどちらでもいい。

先生いわく最初のリュープリンをしたあとにダラダラと出血が続いたり、いきなり大出血することもあるそうで、それを半年続けるのは危険と判断します、とのことだった。私は貧血もあるし、あと1回か2回の生理を乗り切れば、手術。

いまヘモグロビン値は上がっているけど、また生理になれば下がるのは明確。もし次の生理も厳しいものだったら、またすぐに病院にきてくださいと言われ、夏の手術を決意。
わー、すぐじゃん!心の準備はこれからだと思った。

リュープリン6ヶ月分で10万円近くの出費を覚悟していたけど、意外な結果になった。

6月の3週目。

貧血も少し改善したところで通院の日がきた。この日は具体的な手術の話や、入院についての説明のあと術前検査の予定。家族の同席はまだ必要はないとのことだった。

先生とは手術のお話だけ。

「術法は腹腔鏡です」

「帝王切開で出産したので、開腹手術で同じところを切って摘出してもらうことは可能ですか?」

「もちろん可能ですが、体の回復に圧倒的な差が出ます。腹腔鏡なら傷も小さくて済みますし、早く退院できます」

「産道から子宮を取り出すときに膣に傷がついて痛むことはありますか?」

「ないとは言えませんが、痛みが出たとしてもすぐ治りますよ」

「…うーむ」

なんと!
この期に及んで腹腔鏡が怖くなってしまった。開腹手術なら怖くないのかというと、やっぱり一度切っているし、大きくガバッと切ってもらってスィーっと取り出してもらいたい。
脇腹から入れた機材で子宮をチョキチョキ切り刻み、膣から子宮を取り出す…このことにものすごい抵抗感が生まれた。

開腹だけに回復が遅くてもいいから、腹腔鏡はやめたいな…と思いながら術前検査の準備。
産婦人科の看護師さんが丁寧に書いてくれた院内の地図とメモ。この看護師さんは救急車で運ばれたときにケアしてくれた人。きちんとご挨拶してなかったと思い、この機会に「あの時はお世話になりました」とお礼を言ったら、私のことを覚えててくれた。
「手術することに決まったんですね!よかったです。これから楽になりますね〜!外来とはまた雰囲気違うけど病棟にもいますので、またね!」と言ってくれた。入院中もお会いできるのかと思うとちょっと安心。
だって本当に優しくて親切だから。

「まずは◯棟のP番で受付をして、終わったらこの順番で次の検査で…」

と、地図にペンで書いてくれる。ここが終わったらここ!と☆のマークが宝探しみたいだな…なんてぼんやり思った。

「最後の☆が終わったらまた産婦人科に戻ってきてね!いってらっしゃい〜」と送り出される。

術前検査についてはまた。




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私はもともと牛肉があんまり好きではなく、ほとんど食べない生活だった。牛肉といえばたまに食べるマックのハンバーガーに入ってるパテくらいの量。家族のためにステーキを買って焼いたりはするけど、積極的には食べない。食べられないというよりも、なんとなく苦手…という理由で食べなかった。

鉄剤を飲んでいてもヘモグロビン値にあまり変化がなかったので、食事で効果の出る方法をネットで検索。貧血を治すにはまずタンパク質の多い赤身の牛肉、かつお(血合い部分)、レバー、乳製品、卵など、とある。
これらの食品を積極的に食べまくった。ほぼ連日ステーキ、かつおのお刺身、レバー、ゆで卵、食後にプルーンドリンク。赤身のお肉は噛みにくいし、口の中でもっちゃりしてあんまり好きじゃないけど「お薬だと思って食べる」を合言葉に家族にも付き合ってもらった。

かつおのお刺身を食べてる時に、私が嫌なのはお肉でもお魚でも”赤い血の部分”なんだと気づく。自分に足りてない部分が嫌い…でも次の血液検査でよい数字が出て欲しいから、がんばって食べた。

結果は…ヘモグロビン10.8の大台💪2桁なんて10年以上出てない、出産したときも10〜11だったはず。
この日は嬉しくてテンション高かったな〜!お肉食べまくってよかったーと思った。


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検査から2週間後、結果を聞きにまた病院へ。
この日は朝から大雨で気分もどんより。雨の日に外に出るのが大嫌いなので憂鬱だった。

私が通っているのは都内の大病院。とにかくいつも混んでいる。でもお天気の悪い朝は普段より空いてることがわかった。
こんなお天気だと皆さん出足が鈍るのかな。早く終わりそうだから、ラッキーと思うことにした。

わりとすぐに呼ばれて診察室へ。
「こんにちは。まだ生理前で元気な時ですね」って、すごいご挨拶(⌒-⌒; )
先生がパソコンのモニターをぐいっとこちらに向けて画像を見せてくれる。
白黒画像だけど、じゅうぶんに気持ち悪い画像…
いろんな角度から自分の子宮を見た。画像が早送りになってるのか動画みたいに見られる。
ひとつ、体の横から撮った画像のところで止まった。

先生は鉛筆でモニターをさしながら

👤「この画像で説明します。これは子宮を真横から撮ったものです。上の方に黒い塊が写っているのがわかりますか?これが筋腫です」

😮「…あ、はい。(…思ったより小さいな?)」

👤「そしてここが子宮の壁です。いまスレスレの位置にありますが筋腫が成長していくと壁に向かって子宮を圧迫します」


この時の筋腫の大きさは4cmということだった。画面上の子宮がバナナくらいの大きさだとすると、黒く写った筋腫はビー玉くらい。
壁に向かって生えていて、密着度が強いので
子宮から掻き取るスタイルの核出よりも全摘のほうがリスクが少ないとのこと。(貧血もあるため)
もちろん核出を選んで子宮を残すことも可能、決めるのはあなた。

もう子供を産む予定もないし、筋腫が再発しても困るし、毎月出血に怯えて暮らすのはもう懲り懲りだなと思っていたので、迷わず「全摘にします」と返事。
体が楽になるほうがQOL向上のためにも絶対いいはず。



そしてこの頃、食生活改善の結果も出始めます。


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6月の1週目
横入りさせてもらったMRI検査の日。

閉所恐怖症じゃないし検査自体は怖くないんだけど、なんだか眠れないまま朝に。
子宮筋腫とは関係ない、全然違う病気が見つかったらどうしようとか、考えすぎちゃって…
でもこの日は朝から夫が付き添ってくれたので少し心強かった。

まず、先生のところへ。
ちょうど検査の数日前、立ちくらみがひどかったことを先生に話すと
「今日も血液検査してみましょう」
とのこので、まず血を抜いてからMRI検査の場所へ行くことに。

MRIとCTのコーナーはけっこうな混み具合。
「私、横入りさせてもらったはずでは…😔」
なんて思いながら座って待つ。
1.待合室→2.中待合室→3.検査室と進む順序があり、かなり待ちそうだったので、夫には「もう会社行っていいよ、午前中には終わらなさそう」と告げて、中待合室に入る。
大きな鍵と一緒に検査着を渡されて、個室のロッカーで着替える。
ほんとに鍵が大きくて「ギャグ漫画か」と思ったほど(iPad miniくらいの大きさ)

身長と体重を聞かれて、金属類を身につけていないかのチェックを済ませると検査室へ。
ネットで検索したとおりの筒状の機械がデーン!とあった。まぁ、例えるなら「巨大なちくわ」みたいな?
体を固定するテープや腹巻みたいなので、私自身もちくわの穴に入る準備。
検査技師さんたちが丁寧で優しい方たちで
「きつくないですか?大丈夫ですか?」
「苦しかったら言ってくださいね」
と、何度も優しく声をかけてくださり、
「ほんとこの病院は物腰低い方たちばかりだなぁ」なんて思う。

いざ検査が始まると、これまたネットで読んだとおり。
足元で「スッチャ♬スッチャ♬スッチャ♬」みたいな軽快なリズムが流れ続けていて「なんかレゲエっぽい!」と思った。
頭の付近では数十種類の音。
ビービービーとか、ふぁんふぁんふぁーんとか、一体何種類あるんだろう?数えてみよっかーなんて思ったのもつかの間、数え切れないくらいのバリエーションに早々とギブアップ。
空間も音もとくに嫌な感じはしなかったし、普通に受けられたと思う。つらかったのは息を止めるところ。マイク越しに技師さんから指示される。

👤「息を止めて〜〜〜〜」
☹️「………んぐっ」
👤「もう一度やります。息を止めて〜〜〜〜」
☹️「…………………………………」
👤「はい、いいですよ〜〜楽にしてくださ〜い」
😤「ぶっふぁぁぁぁぁあふぁぁぁあー」

これを何度も繰り返して本当につらかった。
検査は全体で40分くらいかかったのかな?途中で時間の感覚がなくなって、終了。

この頃には血液検査の結果も出ているので、再度先生のところへ。
血液検査の結果が出ていて、前回8.6あったヘモグロビン値が8.0になってるとのこと。
ちゃんと鉄剤を飲んでるのになぁ…とガックリ。先生の
「健康な人の6〜7割の酸素で暮らしている状態」という言葉に、なんだかガーーン!ときた私。
いつも疲れやすいし、手足がピリピリするけども、そんな状態だったとは…富士山の頂上で生活しているようなもの!

この日から食生活を改めることに。



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いつも生理がドバーーっと出るので、生理が始まったとき&ひどいときは夫に対し「ドバ子さんになった」と言っています。

話を戻して、通院初日は生理3日目なので普通にドバ子さん。
病院までは夫が車で送ってくれた。付き添いもするって言ってくれたけど、平日だし月曜日の病院なんてどのくらい待つかわからないから、大丈夫と断る。病院前で降ろしてもらって、受付を済ませ、いざ産婦人科外来へ。

この病院は先生も看護士さんも、外来受付、産婦人科受付、それに病院のカードを作るところの職員さん、みんな朗らかで優しい人たちばかりだなぁと思う。
ヨロヨロ歩く私に声をかけてくれて、みんな親切にしてくれた。

産婦人科外来で待つこと1時間。座ってるのもつらい。でも昨日より全然いい。
待合室には10人以上の人がいて
「ここにいる人たち、みんな病気なのかな…」と暗い気持ちになった。
しばらくすると妊婦さんたちがやってきた。みんなたまごクラブのキーホルダーをつけてる。セルフで体重や血圧を測って母子手帳を見たりしている様子に、ちょっと泣けてしまった。
若い人もいたけど、見た目が私と同世代の人もたくさんいた。同じ子宮なのに彼女たちは新しい命を宿しているのに対し、私の子宮は”悪さするデキモノ”があって、それを切り刻んで捨てようとしている…
さっきよりもさらに暗い気持ちになり、落ち込んだ。

ついに呼ばれて中に入ると産婦人科の部長、K先生という方だった。まさにベテラン先生といった風貌だけど、優しそうで話し方も穏やか。
先日のO先生と同じく、
「体の負担をなくすために手術をしたほうがいいけど、それを決めるのはあなた」というスタンスで話してくれた。
この病院で治療を続けるのも、他の病院やかかりつけに行くのもよし、まぁ良性腫瘍はこんな感じなのかな?という印象。
ただいきなり
「今日は点滴で増血剤をいれます」にはビビった。鉄剤はもらっていたけどヘモグロビン値が7.8だった。

看護士さんに案内されて別室に行き、点滴するためのベッドに寝るように言われる。
真っ白いシーツにビビり
「ナプキンを変えてきてもいいですか?」と聞いて取り替えに行く。
このときの看護士さんも優しい方で
「漏れても大丈夫なようにしてありますので気にしないで!お洋服の替えはありますか?」
と心配してくれた。
点滴を始めるときもいろいろ話しかけてくれて気が紛れた。

40分くらい点滴をしている間、天井を見ながら本当にいろんなことを考えた。
貧血なのは知ってた。昔からだし、献血もできないほど「よくない血」なのは知ってた。
それは祖母も母も一緒で、遺伝的なのかなぁと思ったり。
手術をするとしたら夏休みがいいな、無理なら冬休みかなーとか。
出産したA病院はどうしよう。夫は「好きな方の病院に決めたらいい」って言ってくれたけど、どっちがいいんだろう?
このQ病院はみんな親切でびっくりするなー。そう思うとA病院はみんな殺伐とした感じがするな、どちらも混み具合は変わらない大病院なのになーー

…と、点滴が終わってまたK先生のところへ。
「まずは貧血を改善しましょう。少し楽になると思います。点滴に通ってほしいところですが体もしんどいと思うので、鉄剤を飲んでください。それから、ここで手術をするお気持ちがありましたらMRI検査の予約を入れます」

私は
「お願いします!」と即答していました。

MRI検査は2週間後。本来ならば予約は当分埋まっているけど、K先生で手術対象の患者さんは無理やりねじ込むとのこと。
「これは僕の裏ワザですので」と、人差し指を口元で「しー」とやっていて、お茶目な先生だと思った。

そんなわけで次はMRI検査。


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救急隊の方が来てくれたときのことはよく覚えています。
体を丸めて痛みでうんうん唸りながらも
「洗濯物畳んでないの見られて恥ずかしいな」とか「ボルタレンなんて強い薬飲んだから熱が出たんだ」とか、ぼんやり思っていました。
私は匂いに敏感というか、かなり神経質なところがあるので
家族ではない全く知らない人が3人も寝室にいる、よその人の匂いがするということに少し混乱していました。
そのせいか、吐き気とも違うしゃっくりのようなゲップのような、呼吸が難しいようなうまく説明できない症状が出ていました。

血圧を測ったり質問に答えたりして、抱っこされて玄関の外へ。用意されていたストレッチャーに乗せられたときの激痛はすごかった…ギャーーーーっという声が響いたと思う。
救急車の中では、上記のうまく説明できない症状でオエッオエッとなっていて、空咳ならぬ空ゲップ?
病院につくと昨日とは違うO先生ともう1人の先生でした。
この時の内診が今までで一番痛かった!本当に文字通り「いたあああああい!」と泣きました。
超音波で筋腫の大きさを調べてくれて、それは2月に判明したときとほぼ同じ。
粘膜下筋腫のほかにも、いくつか筋腫があるとのことだった。

O先生:
「粘膜下筋腫で手術したほうが生理も軽くなり、体が楽になるでしょう。また外来でお越しください。その時に今後の治療法や摘出手術について説明があると思います」

と、翌日の外来予約を入れてくれました。

痛み止めはどうするかと聞かれ、昨日のボルタレンのせいで高熱が出たと思い込んでる私に対し

O先生:
「では普段から飲んでいるお薬で様子をみてください。ボルタレンはやめましょう。貧血が出ているので鉄剤を処方します。それだけは必ず飲んでください」

このO先生は、今現在お目にかかれていませんが、とてもよい先生でした。
「毎月大変な思いをするよりも早く手術して早く元気になったほうがいい」
「もし今後妊娠を望んでいないなら子宮全摘という方法もある」
「全摘することで筋腫の再発はなくなり、子宮がんの可能性もなくなる」

と、淡々と説明してくれ、人によっては事務的な印象を持つかもしれないけど
私にはその淡々とした感じがかえって冷静になれてよかった。
「もう妊娠は希望しません」
と伝えると
「まだ38歳でこれから産む人もいるけど人それぞれだから」と言っていて、そのとおりだと思った。
ここで「まだ産める年齢なのにもったいない」とか言われなくてよかったと、つくづく思います。


そんなわけで翌日から通院が始まります。


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ボルタレン
強い薬だということは知っていました。
出産したあとにボルタレンの座薬を使った記憶があります。
普段の生理痛にはナロンエースやロキソニンで過ごしてきたので、錠剤のボルタレンは初めてです。

Q病院から帰宅した夕方。さっそくボルタレンを飲み、早々と寝室で休むことにしました。
横になっていても落ち着かないけど、薬が効いてくれるといいなーと思っているとウトウトしてきました。
目が覚めたのは7時か8時ごろ、ものすごい汗と震えで起きました。
喉が焼けるように熱くて「お水が飲みたい!」と、夫を呼んで飲ませてもらいました。
寒いのに暑い、さっきの症状の何倍もひどいやつがきました。
熱を測ると38.8度!普段めったに36度にならない私には高熱です。

そして早朝、ナプキンを取り替えに起きた時に今までにない痛みで動けなくなりました。
手の痺れに加えて足の痺れ、首から上は冷たくて氷でもかぶってるかのような感覚。
下腹部から胸元まで上がってくる痛み。刺されたことはないけど、例えるなら何本もの包丁で下から上にザクザク切り込まれてるような感じ(これが尋常じゃなかった)
壁によりかかかったまま、寝ている夫を起こし「救急車、もうダメだ、救急車だよ。救急車呼んで」

そして2度目のQ病院へ行くことに。


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5月。
子供の学校行事が多く、動けるうちにどんどんやっちゃうコースで予定を立てていました。今思い返すと本当に忙しかったです。

そして5月の生理がきたのは28日の土曜日。
初日「あれ???」っていうくらい少ない。
なんだなんだ?どーしちゃった?こんなに少ないの?
生理痛もない。薬もいらないじゃん!
でもいきなりドバーーの可能性もあるので、いつものように夜用ナプキンはつけていました。
いつもだったら、36cmや40cmのナプキンの白いところがなくなるくらい”吸収”するのに、この日は小さい梅干しくらい。
なんて楽なんだー!と、夫とランチに出かけました。

買い物の前に軽く食べていたら、どんどんお腹が痛くなってきて
「あー、やっぱり痛くなるんだね、まったくもう」
と、せっかく美味しく食べてるのにガッカリ。
出血している様子はなかったけど、痛みだけはいつものやつでした。
お店のエアコンが効いてたせいもあるのか、すごく寒くて気分も悪くなり始め…寒いのに汗が出てきて吐き気もするし、本格的に具合が悪い状態に。
手足がチクチクして、たぶん顔は真っ白だったと思います。
ランチの後はスーパーで買い物する予定でしたが途中でやめて帰宅しました。その頃にはドバーーっときてました。

下着も服も汚してしまったのでお風呂に入り、信じられないくらい大きな塊を前にもうやだ…と泣きました。
ベッドで少し横になったけど、またいつ漏れるか心配だし、激痛は治らない。
しばらくホカロンでお腹をあたためていたけど、寒気と汗と吐き気がいつもと違うので、病院へ行く決心がつきました。

出産をしたA病院に電話をすると土曜日で婦人科の先生がいないため診察不可とのこと。
そこで消防庁の救急外来ガイドに電話して、近隣の病院で婦人科の先生がいるところを案内してもらいました。
そこで案内されたのは3つ、どこも大病院です。
一番近いQ病院に電話すると、婦人科の看護師さん、次に婦人科の先生が電話に出てくれて生理中でも診察できるとのこと、そして症状を詳しく聞いてくれました。
「いま病院にいらしても緊急性があるかどうかの判断と、痛み止めのお薬をお出しするくらいしかできませんが、それでもよかったらいらしてください」
とのことで、少し迷いましたが市販の薬よりも効くものを出してもらえるかも?と思い、Q病院へ行くことにしました。

病院につく頃には出血量がピーク、貧血もピークでまともに歩けない状態で
看護師さんが車椅子に乗せてくれて移動。車椅子から降りて内診する台に乗るときがものすごくつらかった。

わかってはいたけど「粘膜下筋腫」「緊急性はナシ」
薬はボルタレンが処方されました。このボルタレンが決定打になるのです。


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入院設備のある病院で再検査と言われて、すぐに思いついたのは子供を出産したA病院でした。
帝王切開だったので当時の記録も残っているだろうし、実際に入院したところなので「なんとなく安心」という気持ちでした。

しかし時は年度末。
なにかとせわしくバタバタする時期です。
3月も4月も出血量が多く、目はチカチカするし歩いていても足の裏がグミになったような感覚。
血の塊もだんだん大きくなってきて、シャワーを浴びていると
「ボチャッ!ボチャッ!」とすごい音を立てて床に落ちました。
もちろん排水溝には流れません。こんなの普通じゃない、早く病院に行かなくちゃいけないなと思うものの、なかなか行動に移せずにいました。
生理になると、あまりのつらさに
「あぁもうダメだ、生理終わったらスグ病院行こう」
と思うのですが、いざ生理が終わると
「動けるのはいまのうちだ」
とばかりに、あれこれ用事を詰めたり忙しくなってしまう、そんな日々の繰り返しでした。


さらに私は一つ間違いをしていました。
なぜだか「生理中は受診できない」と思い込んでいたのです。
まだ10代のころに診断された最初の子宮筋腫。
その時のお医者さんに
「生理が終わったらまた来てください。出血してるなら診れないので」
と言われたことが、ずっと頭の中にあったのだと思います。

それが覆されたのは5月でした。


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