一膳飯のタブー

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■丼モノ
鰻丼、親子丼、海鮮丼、天丼、牛丼、豚丼、カツ丼等々ごはんの上にあらゆる「おかず」をのせてごはんと一緒に食べる丼モノ!大好物でございまする。
 
■どんぶり鉢はもっと小さかった?
「どんぶり鉢」
昔はもっと小さかったようです
 
うなぎ丼も
小さい丼でおかわりして食べていたとか…江戸時代には現在の「どんぶり」にあたる食器が普及していなかった様です
 
「どんぶり」という器および鰻丼のようなどんぶりものは、明治時代になって生まれた新しい食文化であったと観察しています。
 
■それは何故?
江戸時代にはどんぶりという器およびどんぶりものが普及しなかったのでしょうか?柳田國男はその理由を次のように説明します
 
日本にはかつて、「一膳飯」という非常に強力なタブーが存在しました。どんぶり一杯で満腹にさせる、おかわりなしの「どんぶりもの」は、一膳飯というタブーに触れる不吉な食べ物として忌み嫌われていたのです。
 
■一膳飯のタブー
文明開化の明治時代になり、一膳飯のタブーという迷信から人々が解き放たれたために、どんぶりという器およびどんぶりものが普及した様です

かつての日本では、葬式の時に一杯だけご飯を食べて死者と別れるという儀式が広範囲に行われていました。そのために、普段の食事においておかわりをせずに一杯だけのご飯で済ますことは、葬式を連想させる行為として非常に忌み嫌われていたのです。

居候(いそうろう)三杯目にはそっと出し、という川柳があります。

タダ飯を食べさせてもらっている居候は肩身が狭いので、ご飯のおかわりをするにも遠慮がちになるという川柳ですが、なぜ2杯目ではなく3杯目なのかというと、2杯目は一膳飯のタブーを回避するための義務なので堂々とおかわりすることができたからなのです。

 

3杯目のおかわり

なるほど面白いですな。

 

しかしこんな記事も・・

■一膳めし屋

一膳飯がタブー視されていた江戸時代

 

江戸時代には、道中の立場(たてば)茶屋などで「一膳飯をあがれ」と呼び込んだ粗末な飲食店があり、一方では都会の下層労働者を相手とした下級飲食店があり、いずれも一膳飯屋とよばれた。下級な食事法と考えられていた、1杯限りの盛り切り飯を食べさせたのが語源である。米飯だけでなく、簡単な総菜はもちろん、酒や菓子類も提供された。明治以後、前者は鉄道の駅前などの食堂、休憩所となり、後者は都市労働者の増大に伴ってその数が増加し、やがて簡易食堂、大衆食堂などに名称を変えていった。



なるほど・・子供の頃に一膳めし屋というのは聞いたことがある。昔ながらの定食屋さんで、好きなおかずを選んでごはんと味噌汁が食べさせるような店。まさに大衆食堂

こんなイメージ。今では少なくなったが懐かしくてあったら行ってみたいお店。

話を戻して・・

「一膳飯」がタブー視されていたら「一膳めし屋」などとは呼ばなかったと思うのだが真相はいかに?

 

■好きな丼ランキング
【2位】海鮮丼 18.9%
【3位】うな丼 15.0%
【4位】天丼  9.1%
【5位】牛丼  7.5%
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1位のカツ丼!
まあまあそうでしょうねぇ
 
2位の海鮮丼、いくら、ねぎとろと海鮮物が人気
私は、牛丼、天丼を食べるのが多いかもです。
 
そんなこんなで久々に
丼KINGのカツ丼を頂いてみました。
 
■松のや カツ丼
ポテサラ
無料ありがたや~
久しぶりにカツ丼
美味しゅうございました
ごちそうさまでした。
お願いグッグッグッ