
・日本で飛行機を研究開発してライト兄弟より早いペースで進めていた四国の二宮忠八は軍の支援を得られずにライト兄弟にわずかに先を越され、これを機に飛行機の開発を断念する。
しかし二宮の革新的な発想は、カラスが羽ばたくことなしに昼食中の彼に近づいたことにヒントを得て固定翼で浮力を得ることができると発想したことだという。

素晴らしい発想力です。
以前にもセレンディピティという言葉について紹介しましたが、そのことがもっと詳しく書いてある本です。
偶然からモノを見つけだす能力―「セレンディピティ」の活かし方 (角川oneテーマ21)/角川書店

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Wikipediaによると、セレンディピティとは、
素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである。
と、書いてあります。では、そのセレンディピティの語源となった物語について、本から引用してみます。

・昔々、あるところにセレンディップ王国がありました。王を悩ませていたのは、この島国をとりまく海に棲む凶暴なドラゴンでした。王は三人の王子にドラゴンを退治する巻物を探して持ち帰るように命じました。仲の良い三人は力を合わせて、旅の預言者が持っていた巻物を追って旅に出ます。
旅をしている間に、第一王子から順に結婚相手を見つけます、喉が渇いて立ち寄ったセレンディップの農場で、飲み水を差し出した美女を見初めます。
次に、海を渡り、迷子のラクダを探しているキャラバンの隊長に出会います。会ったこともないラクダの特徴を三人はズバリズバリと言い当てたため、ラクダ泥棒と勘違いされ牢屋に入れられます。しかし、この国の王の裁きで無罪となります。第二王子は、この国の王が高官に毒殺を謀られているのを察知して救い、王の妹と結婚します。
また巻物探しの旅を続けますが、今度はある国で、ある女王の国を襲う巨大な恐怖を退治します。この女王の父王の問いに答えられるかを確認した後で、女王は三男に、この国で王になることを求めます。
長い旅を通じて、三人の王子は旅で会う人々の話に注意深く耳を傾け、小さな事柄にも気をつけ、多くの困った人々を救います。
結局、当初の目的であったドラゴン退治の巻物は手に入りません。三人は旅の目的が果たせなかったことを王に詫びますが、王は三人の王子が貧しい人々や悩める々への慈悲深さを身に付けたことを喜び、三人の王子の立派な成人ぶりを認めます。
この旅の間にそれぞれの妃と統治国を見つけた三人の王子は、それぞれの妃とそれぞれの統治する国を得て幸せに暮らすことになりましたとさ。
というお話です。では、このセレンディプの王子のような、偶然ともいえる幸運を掴むにはどうしたらよいか。この本にはセレンディピティという才能を磨くために、このようなことが書いてあります。
・「セレンディピティ」という才能を向上させるには、それぞれの人に適した独自の展開方法があると思われる。しかし、一例を示しておく方が取り組みやすいと考えるので、“気づき”から“発見”や“創造”にいたる過程を想定して、向上や有用な対応を紹介する。
まず、オヤッ!と気づく感動から始めてみると、そのような事象、現象に出会ったときは、それを観察して記録を残し、ネーミングしておくことである。
さらには、課題の認識を行い、これに関する連想が働きやすい状態にする、情報交換は積極的に行い、関連記事を見つけたときには、手軽にファイリングできるシステムを作っておく。
行動範囲を拡大して、思いがけぬ連想の生じる機会を促進する。因果関係が解明できれば仮説をたてて、これを検証する。
これらの過程において、課題の認識が充分であれば、思いがけぬ連想の生まれる可能性が高まるし、連想は思いがけぬほど革新的なものとなる。これは、トーマス・クーンがパラダイム・シフトとして、繰り返し述べていることである。
このままではバカな私には難しいので、整理してみたいと思います。
①おや!?(まず、オヤッ!と気づく感動から始めてみると、そのような事象、現象に出会ったときは、それを観察して記録を残し、ネーミングしておくことである。)
↓
②整理しよう!(さらには、課題の認識を行い、これに関する連想が働きやすい状態にする、情報交換は積極的に行い、関連記事を見つけたときには、手軽にファイリングできるシステムを作っておく。)
↓
③別のことしよう!(行動範囲を拡大して、思いがけぬ連想の生じる機会を促進する。因果関係が解明できれば仮説をたてて、これを検証する。)
↓
④おやおや!!(これらの過程において、課題の認識が充分であれば、思いがけぬ連想の生まれる可能性が高まるし、連想は思いがけぬほど革新的なものとなる。)
といった感じでしょうか。
おや!?と思ったことを、いかに忘れずにとっておけるかが、私みたいな人間には必要なことかな・・・と思います。なんせ、いろんなこと考えてはすぐ忘れてしまう、の繰り返しなので。
まずは、おや!?と思ったセレンディピティの種を、しっかりこのブログの下書きにでもとっておくことから始めようと思います。
また、ある歌を思い出させてくれる文章もありました。
・「セレンディピティ」を活かす、思いがけぬものを発見しようとするなら、難しく考えるより無駄を楽しむ気持ちで行動してみることである。これらの経験自体が次の行動規準につながるものであり決して単なる無駄ではない。行動するときに必要な発想は「敢えて高いハードルの困難な目的を立てて行動する」ことである。「そんなことをやっても結果が見えている」とか「それをやるのは無駄が多い」などと言って行動を中断するより、「何かをやってみる」ことから修正していく方がよほど有益である。
この文章を読んで、高校生ぐらいの時に好きだった、この歌の歌詞を思い出しました。

余計なことは しすぎるほどいいよ(スピッツ・運命の人)
高いハードルを立てておきながら、無駄を楽しむなんて、どんだけ余裕がある考え方なんだ!・・・とも思ってしまいますが、高いハードルも跳ばずに跳び方を一生懸命考えるのでなく、跳びながら跳び方を修正していくと考えると、納得できます。何もしないで完璧な方法を探すのではなく、余計なことかもしれないけれどやりながら軌道修正した方が、ある意味気が楽になれるのかな・・・とも思います。
教訓:余計なことは しすぎるほどいいよ
























