さて、大学生の頃は、昼寝というか退屈な授業の時はほぼ眠っていた私ですが、仕事を始めると、昼寝なんてとてもできたものではありません。

時々ある、大規模な講演会などで、前にも聞いたことがある話の時や雑談など、チャンスを見計らっては積極的に眠っている私が、こんな本を読みました。

仕事も勉強もはかどる 15分間昼寝術/草思社

¥1,512
Amazon.co.jp

まず、この本を読み始めて、いきなり驚きました。前書きが、ジャック・シラク(当時のフランス大領領)なのです。

今、日本で、安倍晋三首相が前書きを書いているような本ってあるのでしょうか。経済アナリストが書いた「アベノミクス」なんて本にはもしかしたら、安倍首相の前書きがあるのかもしれませんが、大統領が前書き!?と、とにかく驚きました。

さて、この本が私たちに何を教えてくれるかというと、このように書いてありました。

・この本の目的は、昼寝の喜びやたくさんの効用を伝えることだけではない。われわれが自分自身をよく知り、病気を予防し、身体機能と精神的機能を自覚して高めていくことが狙いである。

そして、まずはこちらの文章から。

・仕事で厳しい状況に置かれている人たちには、元気に保つための「コツ」がある。非常に単純な方法で、われわれにも簡単に身につけることができる。その人たちは昼寝をしているのだ。昼寝のプロなのである。働くために昼寝をしなけくてはならない。トラックの運転手は高速のパーキングエリアで十五分眠ることで元気を取り戻す。われわれも同じテクニックを使ってすばやく元気を回復することができる。単独航海している人は、細切れにしか眠ることができない。一時間か、長くても二時間だ。仕事が重なったときや、試験勉強をするときなど、同じようにして眠る時間を減らすことができる。この細切れに眠るテクニックは、そうせざるをえない人たちが経験を重ねて練りあげてきたものだ。




仕事中、集中力が落ち、生産性が低くなったら、一旦寝ましょう!

と、この本では言っています。いや、なかなか日本の社会人にそんな機会はないと思うのですが、15分寝ることができたら、生産性が大きくアップするよ!

と言っています。私は疲れたら、更衣室のソファーでよく寝ていました。春夏秋は良いのですが、冬は寒くて昼寝したせいで風邪をひくなんてことも多々ありました。

でも、15分寝るだけで効率が上がるなら、積極的に隠れて昼寝を取り入れたいな、と思います。

そして、眠りについてのポイントは、以下の8つだそうです。

・健康的で回復力のある眠りを取り戻すための方法
①一日十分の昼寝。
②煙草、コーヒー、お茶など、すべての刺激物をやめる。
③毎日少し運動する。
④呼吸法を身につける。
⑤自己暗示
⑥きちんとしたものを食べる
⑦眠らなくても横になっているのは非常に有益だ。
⑧睡眠薬と神経系に作用する薬(鎮痛剤、抗鬱剤、精神安定剤など)をすべて、できるだけ早くやめる。

私は鬱になり、最初は煙草ばかり吸っていたのですが、子どもが生まれ、とにかく口寂しい時にはコーヒーを飲むようになりました。

この本を読んでからは、いつも飲んでいるコーヒーを、妊婦さんが飲むようなカフェインレスのコーヒーに変えました。



一時的な眠気覚ましの効果はありませんが、夜の眠りの質が高まるのならと、このコーヒーを1日何杯も飲んでいます。

あとは、仕事が疲れた時に飲む、ライジン・モンスターエナジーを辞められたら、常に質の高い睡眠が維持できるはず。





教訓:昼寝をしている人を影で尊敬する。

以下、この本で学んだ眠りに関する豆知識。

・ギリシャ神話では、眠りの神ヒプノスと死の神タナトスとは兄弟で、二人は夜の女神ニュクスから生まれた。

・古代ギリシャ人たちも、眠りを神聖なものと考えていた。眠りの神ヒプノスを生み出し、その息子は夢の神モルペウスだ。

・ネズミイルカはすごく変わった眠り方をする。脳波を記録すると、脳の右半球が眠っているのに、左半球は起きたままになっている。しばらくたつと役割が入れ代わり、左半球が眠って右側が起きている。こんなふうにして、脳の右と左が代わるがわる休息を取る。外から見ると、ネズミイルカはけっして眠らないように見える。



今日はこんな本です。

なぜ、それを考えつかなかったのか?―最高の結果を生む聡明な思考法/ダイヤモンド社

¥1,944
Amazon.co.jp

文章が難しく、読むのに苦労した記憶があります。

・賢い人は、友人や味方とだけではなく、自分に対する人や敵に共感する努力をします。敵に共感することは非常に難しく不愉快なことではありますが、他人と効果的にコミュニケーションするためにはそうしなければいけません。こういった場合、共感と同情との決定的な違いがいつも以上に重要になります、私たちは、同情なく共感することができます。私たちは、そうしなくてはいけないときには、たとえ相手の行動が気にくわないものでバカげたものだと思っても、敵となる可能性のある人に共感して自分自身を彼の立場に置けば、自分の言動を彼がどう解釈するかを見極めることができます。

この文章に当てはめると、私はまったく賢くない人間です。

私は大学生の頃、仲の良かった友達に

「〇〇(私)は人を見切るよね」

と、言われたことがあります。喧嘩も今までほとんどしてこなかった私。どうして、喧嘩をしてこないで生きてきたかというと、私が「この人苦手だな」と思った人に対しては、なるべく距離をおき、関わりを持たないようにしていたからです。

それをズバリと、私の友達は「見切る」と表現したのでしょう。

だから、

賢い人は、友人や味方とだけではなく、自分に対する人や敵に共感する努力をします。

というこの文章を実践するには、本当に意識改革が必要です。

この意識改革が必要であることは重々承知しています。

見切ったわけではありませんが、私は教員として今年度、苦手だなと思った児童との関わりがうまく持てずに、鬱になったからです。

その児童は私に対して、どんな感情を抱いていたのだろう…

そんなことは、ほとんど考えようとしませんでした。きっと私のことを嫌っているだろ・・・初めからその一点張り。

まさに本のタイトル、

なぜ、それを考えつかなかったのか

状態です。


もう一つこの本から。

・聡明な思考家は、自分たちの考えに融通性を取り入れ、代替の予備計画を作っておき、万が一のために貴重な資源を蓄え、あとで不必要となるかもしれない用心を敢えてすることによって、将来の不確実性と取り組むのです。予期せぬことを予期することによって、彼らは前もって「もし、ことが期待に反して悪い方向に向かったら自分はどうするか、そして、もし、ことが自分に期待した以上に良い方向に向かったら、自分はその状況をどう利用したらよいか?あとになって『なぜ、それを予期できなかったのか?』と後悔しないためにはどうしたらよいか?」を自問するのです。

こういう文章が、本に載っていると、ビビりの私は安心します。

代案を持つことの大切さは、以前もここに書きましたが、

もし、ことが自分に期待した以上に良い方向に向かったら、自分はその状況をどう利用したらよいか?

この発想はありませんでした。

私は臆病者なので、失敗したらどうしよう・・・

この失敗は、どうやって予防しよう・・・

などといった、ネガティブな部分に対する考えが頭の中を占めていました。

しかしこの、上手くいった時、勢いに乗った時にどうすべきか、ということを用意しておくことは、私にはありませんでした。



きっとスポーツの監督は、チームが負けている時、同点の時だけでなく、勝っている時にどんな采配をするか、ということも用意していると思います。

勢いに乗った時に、さらに同じことを続け勢いを維持するのか、新たな取り組みで勢いをさらに加速させるのか、勢いを失速させないために予防線を張るのか。

大事な仕事が、もし予想以上に上手くいったら、さらに上手くいく手立てというものも、事前にできたら、私も聡明な思考家になれるのかもしれません。

教訓:勢いに乗ったとき時の采配も準備する。
この本は、1969年の本です。

知的生産の技術 (岩波新書)/岩波書店

¥864
Amazon.co.jp

・カードについてよくある誤解は、カードは記憶のための道具だ、というかんがえである。英語学習の単語カードなどからの連想だろうが、これはじつは、完全に逆なのである。頭のなかに記憶するのなら、カードにかく必要はない。カードにかくのは、そのことをわすれるためである。わすれてもかまわないように、カードにかくのである。標語ふうにいえば「記憶するかわりに記録する」のである。あるいは、「頭にいれずにカード・ボックスにいれる」のである。その点、カードはコンピューターに似ている。コンピューターも、人間のかわりに機会が記憶するのである。たしかに、このふたつの「装置」には、どこか共通点がある。どちらも、知的生産のための道具としては、いわば「忘却の装置」である。

パソコンもケータイもなかった時代に、とにかく覚えておきたいことはカードに書いて、安心して忘れましょう、という感じでしょうか。


覚えるためにメモするのではなく、忘れるためにメモする。

この発想が、50年経っても色褪せない、方法論として現代に残っているのでしょう。

私が尊敬するA先生が、

「私はバカだからすぐ忘れちゃうのよ。だから書いておくの。」

と、この方法論を実践し、てきぱきと予定を前倒し前倒しで進めていたことも、この方法論の素晴らしさを物語っているように感じます。

また、A先生がバカかというと、まったくそんなことはなく、とても賢く、行動力もあり、凛としていました。

きっとA先生は、この本に書いてあるこの事柄について、自然と気付いていたのでしょう。

・ものごとは、記憶せずに記録する。はじめから、記憶しようという努力はあきらめて、なるだけこまめに記録をとることに努力する。これは、科学者とはかぎらず、知的生産にたずさわるものの、基本的な心得であろう。

私が今、このようにブログを書いているのも、読んだ本の内容をいつでも思い出せるように、自分専用の自己啓発本が完成するように(記事が100個たまったら本にする予定)という目的があります。せっかく本を読んだのに、その本の内容を忘れてしまっては、忘れた頃にはその本を読むのに費やしたエネルギーや時間がすべて無駄になってしまうからです。記憶にとどめておきたいけれども、そんなことは不可能なので、だから安心して忘れ、いつでも思い出せるように、このブログを書いている。そんな感じでしょうか。

・規格化をつよくおしすすめることは、身辺から雑多な要素を追放し、知的作業をやりやすくするために、たいへん有効な方法である。

これに関しては、後日こんな本を読みました。

リストのチカラ [仕事と人生のレベルを劇的に上げる技術]/ゴマブックス

¥1,620
Amazon.co.jp

アナタはなぜチェックリストを使わないのか?【ミスを最大限に減らしベストの決断力を持つ!】/晋遊舎

¥1,728
Amazon.co.jp

自分のやるべきことを明確にするために、リストを作り、自分はそのレールに沿って走る。それが、日々の仕事においても大変有効だということです。

ということで、この2冊の本を紹介する頃には、私も仕事に復帰していると思うので、その時のブログに自作のリストを紹介できたら良いなと思います。

そして、この本からもう1つ。

・整理というのは、ちらばっているものを目ざわりにならないように、きれいにかたづけることではない。それはむしろ整頓というべきであろう。ものごとがよく整理されているというのは、みた目にはともかく、必要なものが必要なときにすぐとりだせるようになっている、ということだとおもう。 

教師において、この問題が当てはまるのは、例えば体育倉庫。ボールやコーン、ハードルなど、体育で使う物がたくさん入っている倉庫です。ここを綺麗にするときに、テトリスのように色々な物を綺麗に並べ、その時は達成感がありますが、後で奥にある物を取る時に、

「やべぇ手前の物、全部どかさないと、奥の物が取れない…」

なんてことがよくあります。見映えを綺麗にすることを目的とするのではなく、使う時のことをイメージして片付けを行うと、筆者の言う整頓ではなく整理ができるのだろうと思います。

教訓:忘れるためにメモをする!
私は今年度、学級での人間関係が上手くいかず、また一人で責任を勝手に背負い込み、鬱になりました。

鬱になってから、お医者さんに言われたことは、

まずはとにかく回復。あなたの身体はエネルギー切れなので、家でたくさん寝ること。

でした。

ただ、一日中家で寝ていることも、さすがに飽きてしまうので、何でもいいから一つ「自信回復プロジェクト」に取り組もう、と考えました。

そこで、ターゲットにしたのがTOEICです。

別に日常で英会話を使う機会もなければ、留学願望もない。ただ単に自信を回復させるためだけに、TOEICを受けようと思いました。

学生時代も含め、過去に2回TOEICを受けたことがありました。その時のスコアは2回とも640点。TOEICの定めるランクで言えばCランクです。

730点から、ランクがBランクになるということなので、私は目標を730点に定めました。

まずは、以前に購入し、ずっと家にとっておいたテキスト3冊に取り組みました。

個人的に、受験の時にもZ会にお世話になったので、Z会のテキストです。

ココを攻めよ!TOEIC Test英文法―Part5、6の必須ポイントを図解 新テスト対応版/Z会

¥1,620
Amazon.co.jp

ココを見よ!TOEIC Testリーディング―新テスト対応版/Z会

¥1,620
Amazon.co.jp

ココを聴け!TOEIC Testリスニング―新テスト対応版/Z会

¥2,052
Amazon.co.jp

単語帳で勉強するのはめんどくさかったので、問題に出てきた分からなかった単語を、その都度ノートに書きました。1回書いただけで、すべての単語が頭に入るわけではありませんが、例えば

merge:合併する

という単語は何回も出てきたので、この単語が出てくると、会社の方針的な文章だな、と判断をすることができるようになりました。

また、TOEICのリスニングのしゃべる人の英語はめちゃめちゃ速いので、長文問題もリスニング問題も、勉強した文章は、

自分でめちゃめちゃ速く読んでみる

という練習にも取り組みました。リスニングの文章は、CDと同時に読み始めているのに、私のめちゃめちゃ速くは、ネイティブからしたらめちゃめちゃ遅いようで、ネイティブのスピードに私は全然ついていけませんでした。

そして、TOEICの会社が出している公式の問題集を2冊。

TOEICテスト公式プラクティス リーディング編/国際ビジネスコミュニケーション協会

¥1,944
Amazon.co.jp

TOEICテスト公式プラクティス リスニング編/国際ビジネスコミュニケーション協会

¥1,944
Amazon.co.jp

最後に本番に則した問題集を、時間を測って解きました。本番は萎縮するだろうと思い、必ず2時間以内、できれば5分は余るように、という意識で問題を解きました。

TOEICテスト新公式問題集/国際ビジネスコミュニケーション協会

¥3,024
Amazon.co.jp

そして本番。渋谷の、上の階にはCYBER AGENTが入ってる大きな建物の大広間で、
何百人、何千人と集まり、テストを受けました。

2時間ぶっ続けのテストに、途中何度もくじけそうになりましたが、どうにか3分前くらいに全問を終えることができました。

もちろん、解放感に浸り、見直しなどはせず、最後の問題が料理のメニューの問題だったので、どんな料理かを想像しながら、テストが終わるのを待ちました。

一ヶ月後

結果が届きました。



目標を大きく上回る結果。非常に嬉しかったです。

鬱だったからこそ、勉強時間が確保でき、この結果が出せたのだと思います。

だからと言って、もちろん2度と鬱になんかなりたくないけど、それと同じくらい、

2度とTOEIC受けたくない

2時間ぶっ続けの英語のテスト。長文問題なんか難しいくせに読むスピードも必要とされる。

もう、テスト中は、何度もくじけそうでたまりませんでした。

ということで、このスコア(自分の中では高得点)を、墓場まで持っていこうと思います。

嫌な仕事は先送りにしまくりの私です。

なぜあなたはその仕事を先送りしてしまうのか?/秀和システム

¥1,296
Amazon.co.jp

さて、この本では、嫌な仕事を先送りしてしまう際の心理を、5つのパターンに分けて紹介しています。

・先送りの心理パターン
①完璧を目指しすぎてしまう
②効率を求めすぎてしまう
③結果を怖がりすぎてしまう
④もともとのニーズがないことをやろうとしている
⑤自分の可能性を狭くすることを恐れている


私は断然、
①完璧を目指しすぎてしまう
③結果を怖がりすぎてしまう
の2つにバッチリ当てはまるので、この2つのパターンの傾向と対策について、記事にしていきたいと思います。

・①完璧を目指しすぎてしまう


 
人については以下のように書かれています(引用が長くなってしまいました)。

 当初は、「自分の納得できるものを作りたい」という思いでした。「自分の納得できるもの」とは「自分がベストを尽くしたもの」だったはずです。それがいつの間にか、「みんなに認められるもの」や「誰からも否定されないもの」となり、「完璧に近いものでなければならない」という定義が追加されてしまったのです。正確には、自分でその定義を追加してしまったのですから、その定義を見直す取り組みが、このパターンに陥っている人の心理的な課題ということになります。
 このように、「自分の納得できるもの」を「完璧に近いもの」と定義してしまうとさまざまな不都合が生じます。
 まず、完璧なものに仕上げるために、十分な準備を心がけようとします。しかし、完璧なものを作るための準備とは、いったいどのようなものでしょう?もし本当に完璧なものを作りたいと思ったら、永遠に準備をし続けることになってしまい、いつまでたっても行動を開始することができません。
 また、完璧なものを作る作業も、きっと想像がつかないような苦労を伴うものでしょう。何度も何度もやり直しをすることになるかもしれませんし、「完璧にするためにはアレもコレも」と知恵と体力を駆使して、精神的にも肉体的にも消耗してしまうかもしれません。
 その大変さを想像すると、「完璧なものをつくろうと思っている作業」に対して恐怖感がわき上がってきます。すると、その恐怖感から逃れようとして、知らず知らずのうちに行動を回避しようとする心理が働くのです。


いつの間にか、仕事をこなすという目的が、仕事を完ぺきにするという目的にすり替わってしまっています。

よくやるよくやる・・・

完璧を目指すことによって、時間ばかりが過ぎ、結局多くの仕事や時間を犠牲にしてしまっている。そんなことが私にはよくあります。

完璧とは何なのか・・・自分の完璧と職場の完璧が違うことだってあるだろうし、7割の出来でとにかく早く完成させることが、求められる完璧である場合だって存在します。

この本では、こんな完璧主義の人にこのような対策をお勧めしています。

・信条体系を拡大して適切な考え方を得る
・このプロセスのポイントは、「・・・でなければならない」「・・・すべきである」という信条体系を、「・・・であるに越したことはない」という考え方に変えるということです。(中略)例えば、「完璧であるに越したことはない」と考えたうえで、「そもそも、本来の目的はなんだただろうか?完璧をめざすことではなかったはずだ。完璧は現実的にムリだから、今より少しでもよくするために、まず、できることは何だろうか?」と考えるようにして、考え方を拡大していくのです。(中略)大事なのはあなた自身で答えを考えることです。それによって、自分のもっている信条体系が必ずしも正しいわけではなく、それが行動に移す際には不都合になる場合があることを、自分自身で理解できたのではないでしょうか?


完璧でなければならない→完璧であるに越したことはない

この考え方のシフトチェンジで、仕事も大分はかどるような気がします。

仕事じゃなければ完璧主義とはほど遠い私は、このブログは「完璧であるに越したことはない」どころか「てきとーで良い」と思っているので、すらすらと書いています。むしろ本の引用を打ち込むのに費やす時間の方が、長いかもしれません。

この記事自体が長くなってしまったので、

③結果を怖がりすぎてしまう

に関する記事は、また次回に。

このブログも、完璧であるに越したことはないけど、書けなくなるくらいなら、完璧である必要はない!そんな気持ちです。こんな気持ちを、仕事にも持ち込めたら・・・と思います。 
リーダーシップ入門 (日経文庫)/日本経済新聞社

¥1,080
Amazon.co.jp

以前に、この本で学んだリーダーシップ論について記事を書きましたが、リーダーシップとは別の、もう1つ興味深い理論があったので、それについて記事にしたいと思います。

その名も、

信頼蓄積理論!


なんだか投資信託みたいな財テクみたいな字面ですが、本の引用は以下の通りです。

・信頼蓄積理論は、言葉は硬いが、信頼はいわば積立貯金のようなものという考え方はわかりやすい。このひとについていってもまちがいないという信頼の(いわば)貯金が十分に貯まっていったら、今度は、さらに貯金を続けるのではなく、それを引き出して、大胆な買物をすること、つまりアクション、イノベーションに出ることが期待されるようになる。

これは、定期的に新しい環境に馴染まなければいけない教師にとっては、非常に価値のある理論です。

新しい学校。新しい学年。新しいクラス。新しい保護者。新しい同僚。

毎年、新しいことづくめのお仕事。そんな中で、これは、教師にとってものすごく当てはまる理論です。

簡単に言えば、信用蓄積理論はイメージ論だと思います。

例えば、新しい環境で働き始めて間もなく、定時が過ぎて居眠りをしてると、きって定時を過ぎていても、

「こいつ寝てるよー。」

って思われてしまうような気がします。しかし、自分は頑張り屋だ!仕事に誠実だ!責任を果たす人間だ!と、信用を蓄積してから同じことをすると、

「居眠りしちゃうぐらいこの人、頑張ってるもんね。エネルギー出しきってるもんね!」

と、それまでの信用の蓄積から、居眠りに対するイメージがまったく変わってしまうように思います。

個人的には、新しい場所、新しい保護者に信用を持ってもらうために大切なことは

頑張ってる感

だと思っています。

実力がなくても、頑張ってる姿勢を見せ続けていれば、信用がたまっていき、良いイメージを持ってもらえるようになるのではないか、と思っています。

また教師は、同じ地域の学校と親睦の名で、未経験のスポーツをやらなければいけないことがあります。

今まで私が経験したのは、バレーボール、バスケットボール、テニス、卓球、ボーリングです。

全部、学生時代の体育や、友達と遊び程度にやったことしかないスポーツばかり。

ここでも、頑張ってる感がすごく大事。

そのスポーツの経験者は、やはり勝ちたいでしょうから、未経験のスポーツでも、手抜きプレーに見られたら、やはり信用を失ってしまいます。

つまり、三振するにせよ、見逃し三振じゃなくて、フルスイングの空振り三振のほうが、頑張ってる感があり、周りからの信用は溜まっていく。



そのように思います。

もちろん、信用が貯まっていく間に、そんな未経験のスポーツにおいても成長していき、少しずつ、本の言葉を借りればイノベーションを起こしていかなければなりません!

教訓:信用は貯めるもの。すぐには貯まらない。 
リーダーシップ入門 (日経文庫)/日本経済新聞社

¥1,080
Amazon.co.jp

教師はいわば、教室・学級のリーダーです。なので、上記の本を読んでみました。

★リーダーシップの定義
絵を描いてめざす方向を示し、その方向に潜在的なフォロワーが喜んでついてきて絵を実現し始める」ときには、そこにリーダーシップという社会現象が生まれつつある、とごく簡潔に捉えることにしよう。

漠然と「あの人はリーダーシップがある」などと、私は今まで言ってきましたが、リーダーシップというのは、つまり自分の描くイメージに進んでついてきてくれて、かつ、そのイメージを具現化していこうとしている状態、ということになるでしょうか。教師にとっても、ましにこのリーダーシップは必要不可欠。子どもに絵を描かせようと、教師が描く理想の絵があろうと、その絵を一緒に描くことができなければ、良いクラスにはならないように思います。

では、そんなリーダーシップをへたれな私が手にするには、どうすればいいか。筆者はこの点を強調します。


・アージリスの主張を真に受け止めるなら、リーダーシップを身に付けたいと思うひとは、なによりもまず対話のなかから、自分なりのリーダーシップの持論(自分が実際に信じて使っている理論)を探し出す必要がある。それが現状のままでは、まだほんとうにしっくりくる持論になっていなかったとしても、まずそれを探る必要がある。



クリス・アージリスさん


・もしも、ほんとうにリーダーシップを身に付けたいのなら、また、すでに身に付けているけどそれをさらに改善したいのなら(さらに、これまでうまくいっていたやり方ではうまくいかない状況に面しているなら)、まず、自分のリーダーシップの持論(「自論の持論」「自説の持論」ということもある)を探ってほしい、自覚してみてほしい、言語化したらそのとおり実践を深めてほしい、ということだ。「リーダーシップとは曰く言い難いものだ」などといって暗黙の世界のなかに放置してしまってはいけない。なんとか自分の言葉で、自分なりのリーダーシップのコツを言語化することだ。

・持論を語ることには、学習促進効果と本人へのコミットメント効果があるというわけだ。

とにかく持論を持つこと。これが大事だと何度も述べています。自分にとって、リーダーシップがある人というのは、どんな人なのか、何ができる人がリーダーシップがある人なのか。過去に出会った人や、自分の理想を鑑みて、どんなリーダーになりたいかをとにかく自分で考える。本を読んだりセミナーに出てリーダーシップについて学んだりして終わり、ではなくとにかく自分で考える。それが大切だと、この本では繰り返し述べています。

そして、

・強調したい点は、持論の聞き手、学び手側の心構えだ。つまり、どんなにすぐれた経営者のリーダーシップ持論でも、内容をまるごと鵜呑みにする必要はないということだ。自分自身の持論を探すうえで貴重ではあるが、素材のひとつのすぎないと思うほうがいい。

例えば、これはジャック・ウェルチの語る、リーダーシップです。


ジャック・ウェルチさん

wikipediaより
ジョン・フランシス・“ジャック”・ウェルチ・ジュニア(John Francis "Jack" Welch Jr., 1935年11月19日 - )は、アメリカ合衆国の実業家。1981年から2001年にかけて、ゼネラル・エレクトリック社の最高経営責任者を務め、そこでの経営手腕から「伝説の経営者」と呼ばれた。

>・J・ウェルチのリーダーシップ持論
①自らが活力に満ちあふれていること
②目標に向かう周りの人びとを元気づけること
③タフな問題に対しても決断ができること
④言ったことをとことんまで実行していくこと


この理論がめちゃめちゃ素晴らしい!と思っても、仮にたいしたことねーなー!と思っても、この理論をそのまま鵜呑みにする必要はないということだそうです。自分が描いてる持論とまったく一緒だ!と思えば、そのまま自分の持論とすればいいし、そうでなければ、参考となる一部だけ抜粋しても、あるいはまったく参考としなくてもいい。リーダーシップに関しては、コピー&ペーストは、あまり有効ではないよ、ということです。

同じようなことが、以下の文章にも書かれています。

・理論から学んだことでさえ、自分で考えて、自分の言葉で(できるだけ日常語で)置き換えて、それに相当する具体的行動とつなげていけば、実践におおいに役立てることだできる。また、具体的な行動を見聞きすることは単なる模倣にはならない。「配慮」ないしは「べたでいけ」という原理・原則をもっている。それをどのように表出するかという面では、リーダーごとの工夫があり、けっして観察から学ぶことが模倣に終わらない。

偉人の素晴らしいリーダーシップ論も、自分の言葉に置き換えて、噛み砕いて自分のものにすることが大事だということです。

また、コピー&ペーストが有効でないことは、以下の文章からも当てはまります。

・学ぶことを目的に学ぶよりも、実践を目的に、実践をしながら(実務家の皆さんなら、実際に仕事をしながら、そして場合によってはリーダーシップを取りながら)学ぶのがいちばんいい。 

私はへたれな教師です。ジャック・ウェルチのリーダーシップにいくら感銘を受けたとしても、私はGEの最高経営責任者ではありません。つまり、ジャック・ウェルチのリーダーシップ論が、そのまま教師にとっても当てはまるかというと、それは実践してみなければ分からない。実践を積み、自分でカスタマイズした持論は、自分自身にとっては、ジャック・ウェルチのリーダーシップ論以上に価値があるものになりうるわけです。(言い過ぎた…)

ということで、上記のことを学んだので、いつか自分のリーダーシップ持論を、考え、このブログに上げることを宿題にしようと思います。

宿題:自分のリーダーシップ持論を考える
今年は初めて、Jリーグの選手名鑑を買ってみました。

Jリーグ選手名鑑2016 J1・J2・J3 (エルゴラッソ特別編集)/三栄書房

¥972
Amazon.co.jp

そして、新戦力や移籍の状況などを見ながら、順位予想をしてみました。

ファーストステージ、セカンドステージ、年間順位などありますが、いちおー年間順位の予想ということでいきたいと思います。

ちなみに、夏に宇佐美選手(G大阪)と、柴崎選手(鹿島)が、ヨーロッパに旅立つというテイで予想してみました。


1.浦和


2.川崎F


3.広島


4.G大阪
5.名古屋
6.鹿島
7.FC東京
8.横浜FM
9.柏
10.新潟
11.仙台
12.大宮
13.湘南
14.鳥栖
15.磐田
16.神戸
17.甲府
18.福岡

磐田も落ちる気がするのですが、私が名波選手の大ファンだったので、ちょっとだけ応援。




当たるかな~。
「脳」整理法 (ちくま新書)/筑摩書房

¥756
Amazon.co.jp


みなさんは、「セレンディピティ」という言葉を知っていますか?




私は最初は意味なんか知らず、「セレブリティ」みたいでカッコいい響きだなぁと思いました。

Wikipediaによると、セレンディピティとは、

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである。


偶然に幸運を掴み取れたら、なんと素敵なことでしょう。

しかしこの、偶然に幸運を掴み取るには、すべき準備があるというのです。


・「セレンディピティ」という造語の元になったのは、『セレンディプの三人の王子』という童話でした。「セレンディプ」は、今のスリランカを指す古語です。この童話で、三人の王子たちは、旅をする中で、自分たちが求めていたものではないものに出会います。そのような偶然の出会いが、結果として王子たちに幸運をもたらしました。そのような偶然の幸運に出会う能力を、ウォルポールは「セレンディピティ」と名づけたのです。
王子たちは、いうなれば、「A」というものを探し求めている旅の途中で、全く異なる「B」に出会い。その結果幸福をつかんでしまったわけです。


セレンディプの三人の王子の話は、いつか紹介するとして、偶然に幸運を掴み取るには、以下の3つのポイントが大事だと、紹介されています。

・まず「果報は寝て待て」ではなく、とにかく何か具体的な行動を起こすことが肝心です(行動)。

宝くじは買わなきゃ当たらない、などとよく言われますがおんなじ理屈ですね。ということで、Aさんは、宝くじ売り場の長蛇の列に並んだとします。

・第二に、王子たちは、偶然の出会いがあったときに、まずその出会い自体に気づくことができました(気づき)

宝くじ売り場の長蛇の列に並んでいたら、Aさんの視界にあるものが飛び込んできました。「あれ、近くで嵐のサイン会やってる!」。ケータイでのネットサーフィンに夢中になるのではなく、周りを見渡していたお陰で、大好きな嵐のサイン会が行われていることに気づくことができました。

・第三に、王子たちは、意外なものとの出会いに際して、自分がそれまで抱いていた「このようなものが欲しい」という仮説にこだわらずに、素直にその意外なものを受け入れることができました(受容)。

宝くじ売り場は長蛇の列です。1度列を抜けたら、また何時間も並ばないと宝くじは買えません。しかし、宝くじにこだわらずAさんは列を抜け、嵐のサインを手に入れることが出来ました。

※すべてフィクション

つまり、要約すると、

・「セレンディプの三人の王子」に即した以上の分析は、より一般に、私たちの日常生活におけるさまざまな局面にも適用することができます。これらの三つの要素、すなわち、「行動」、「気づき」、「受容」が「偶然を必然にする」セレンディピティを高めるために必要なのです。

そして、もう1つ、偶然に幸運を掴み取るために必要なことは以下の通りです。

・もし、生きるうえで避けられない不確実性を恐れるばかりに、行動を起こそうとしない「フリージング」のような感情の反応が起こってしまうと、せっかくの学習機会が失われます。たとえ、セレンディピティがどこかで待っていたとしても、それに出会うことができなくなってしまうのです。

簡単に言うと、ビビって行動を起こさないと何も得られないということです。

国語の研究授業が間近に迫っていてめっちゃ不安で、でも準備を頑張らなきゃと、いろいろな文献や資料に当たっていたら、あれ!?これ、体育の授業で使える!なんてことも起こりうるわけです。

そして、ビビらずに、いや、ビビったとしても行動に移せばこんなご褒美が待っているようです。

・成功するかどうかわからない、不確実な状況に直面したときに、不安な気持ちを乗り越えてチャレンジし、それが成功するといった体験が一度でもあると、「不確実な状況下でチャレンジする」という脳のルートが強化され、そのような行動が苦労しなくても無意識のうちにとれるようになります。

ビビっても、行動に移せば、いつかその体験が成功に繋がり、チャレンジするといる脳のルートが強化されるのだそうです。そうすると、無意識に、困難にも立ち向かっていける脳になっていくということです。




教訓:脳も筋肉と同じで、トレーニングしていけば鍛えられる!


茂木健一郎さんが、まだメディアへの露出が少ないころの本です。茂木さんの、わりと新しい本は読んだことがあった(すごく簡単な分かりやすい文章で書いてあった)ので、専門家向けに書かれたような文調にすごく苦労しながら読み進めました。


「脳」整理法 (ちくま新書)/筑摩書房

¥756
Amazon.co.jp

コントロール可能なことと、コントロール不可能なことのカテゴリーを間違えることは、本人にとっても他人にとっても不幸な結果をもたらします。恋愛が成就しないのは自分の「努力」が足りないからだと思いこむのは、典型的なカテゴリーの間違いです。もう少し努力すれば、相手が振り向いてくれるのではないか、と考えることは、他者の心を、自分が影響を与えてどうにかできるものであるとみなす、カテゴリーの間違いです。そのように思いこんでしまった人は、たいてい不幸になります。それどころか、相手も不幸に陥れること、場合によってはストーカーなどの深刻な事態に至ることもあります。コントロール不可能なものを何とかコントロールしようと妄信して、深みにはまっていくダイナミクスは、人間の脳が陥る悲劇の中で最も際だったものだということができるでしょう。 

私も、他人の気持ちを動かすという、コントロール不可能なことに挑んでいたのでしょうか。この文を読むと、そのように感じます。

私がうつになったのは、ある子どもとの関係でした。その子対私。そして、その子グループ対他のグループ。2つの対立の鍵を握っているその子を、私はまったくコントロールすることが出来ませんでした。

人の気持ちは、コントロールできるのでしょうか。教師というのは、規律や言葉で、子どもたちを動かしていかなければならない場面が多々あります。

もし、子どもたちが私の言葉についてきてくれているなら、それは、私が彼らをコントロールできているということになるのでしょうか?

だとしたら、私は子どもたちをコントロールできる人になりたいです。少なくとも今年度は、まったくコントロール出来なかったから。

でも、人間の心は、コントロール出来ないものかもしれません。

いきなり「コノヒトヲスキニナレ」と誰かに言われたとしたら、私はその人を好きになれるか。

それはその人次第。長い時間をかけて、相性や居心地の良さなどから、好きになるかどうかを判断していくことになるでしょう。

ということは、私の仮説では、人の心はコントロール出来ないものになります。

では、クラスにどうしても私をディスる子どもたちがいたとしたら………

その時は、コントロール技術ではなく、誠意と、技術が伴わなければいけないのかなと思います。

200ページ以上ある、難しい本の中の単なる一節ですが、非常に考えさせられる文でした。

でも、コントロールはできなくても、変えることは出来るんじゃないかな………

何だか、答えが出ません。こうやって悩みながらまた、仕事に復帰していくのだろうな、と思います。