○嫌いなもの・こと

・偉そうな人

・顔面セーフ

・画数や占い、風水に振り回される

・長い会議


さて、お久しぶりです。嫌いなもの・ことを書きましたが、相変わらず好きなものは、杏仁豆腐と大江麻里子アナウンサーの、ここのオーナーです。


夏休みは、睡眠薬代わりに寝っ転がって本を読むんです。いや、そんな物を必要としなくとも寝られるんですが、ちょっと秀才ぶろうと、読書家気分だけでも味わおうと試みるわけです。


あ、会議の時なんかは、もうその雰囲気が睡眠薬だから。(不真面目でごめんなさい。眠気には勝てません)


せっかく読んだんだから、お~!と思ったところはメモしようと。で、どうせならブログにメモしてみようかと。


まず、1冊目。

いつも先送りするあなたがすぐやる人になる50の方法/佐々木 正悟

・優先度を比較する前にやってしまう。(ダイエットとか…。ついに体重が減らなくなってきました。ぎょぎょ!)


・「快楽を捨てること」と「苦痛を選択する」という2つのことを一度にやろうとしてはダメ。まず、「快楽を捨てる」ことだけに、全神経を集中させる。(ゲームをやめて、勉強しよう!ではなく、ゲームをやめることに専念する…みたいな)


・すぐに実行できるところまで分解する。(部屋を整理するではなく、洋服をしまう。ペンをペントレイに置く…みたいな。)


・誘導タスクを設定する。(おうちに帰ったら嫌でも片付けをするように、荷物の山を部屋の入口に置いちゃう…みたいな。)


・作業の順番や段取りをハッキリさせる。(これをしないから、とりあえずアレ…とりあえずコレ…って効率が悪くて、いかにも仕事した風になってしまうんだって…。とりあえずピアノ練習とかしょっちゅうあるぞ、ここのオーナー。)


・「すぐやろう!」じゃなくて「まず準備しよう!」。(すぐ走ろう!じゃなくて、まずはリディア・シモンモデルのニューバランスのランニングシューズを買おう…的な。)


・見えない仕事はやっていないことと同じ。(ブログを今まで書いてないのは、ずっとブログのネタを推敲していたんだよ~なんて言っても、そんなのは誰にも見せてないんだから、誰も信じるわけがない!)



だってさ。なんだか、こういうビジネス本を読んだだけで、毎度毎度賢くなった気分になる、おバカなここのオーナーです。


最近はビジネス本とかばっかり読んでいたけど、ちょっと手広くかじってみようって気分になりました。高校の歴史の教科書の、文学史のページに載ってそうな古典文学も、ちびちび読んでいこうと、ちょろっと借りてみましたよ。


しばらくは、読書感想文的なブログになりそうね。

トラブルが起きた時、「大人の事情で…」と言われた記憶。

一度や二度ではないでしょう。

それ以上の原因追求は聞き入れないよ!というニュアンスを含むこの「大人の事情」という言葉。耳障りというか、聞くだけで何か腑に落ちない。なんだか「大人」の汚さを感じ、どこか「大人」という言葉に悪意を抱いてしまいます。


しかし、この「大人=悪」という方程式を覆す事例を見付けました。

例えば、ブラックコーヒーやカカオ80%のチョコレートを食べて、苦い!食えねえ!…と思った時、横から井川遥的な大人の色気を醸し出す女性から、

あなたにはまだ早いかも………


大人味ね!


こんな風に言われたら、これまでの「大人」という言葉へのイメージは一変。「大人」という境地に憧れ、その境地はユートピア、サンクチュアリなのでは…という幻想すら抱くことになるのです。

大人買いという言葉にも、子供にはできない、大人だけの誇りやステータスが含まれているような気がします。

つまり、何でもないような言葉に「大人」という接頭語を付けることで、含蓄ある言葉へと変容するのではないかと思うのです。



思うのですが…具体例は思いつかないので、それぞれみなさんでお考えください。あ~、甘いオチ。ほろ苦大人味のブログは書けそうにありません。

不毛な日々を送っているここのオーナーです。こんにちは。


この前読んだ、この本。


スイッチ!/チップ・ハース

こんなことが書いてありました。


「ブライト・スポットを見つける」


明るい場所を見つけよう!といった感じでしょうか。


つまり、ある人が大きな問題を抱えていたとする。その時に、その問題についてぐずぐず文句を言ったり、なんでできないのかを改善しようとするのではなく、その人ができていることは、どうしてできているのだろう。と、できていることに目を向ける。


あることをできている人とできていない人がいて、できていない方の原因を追究するのではなく、できている方の原因を追及する。


拙い説明でごめんなさい、読者&この本の著者。そしてここのオーナーの文章力にドロップキック!


要は、暗いところに電気を付けようとするのではなく、明るいところに行こうよ!と、ラフに言うとそんな感じです。


じゃあ、不毛じゃなかった頃のここのオーナーの日々は、どんなだったか?と振り返ってみました。


そうすると、あることに気付いたんです。そう、不毛じゃない時は常に


「目標があった」


ということに。


いや、今だって目標はあるんだよ。ゴルフで100を切りたいとか。ロビーニョのドリブルを真似したいとか。大江アナともやもやしたいとか。もてたいとか。億万長者になりたいとか…


所詮こんなのは、目標でも何でもなく、願望とか妄想とか夢物語といった類のものです。じゃあ本気で取り組んでいるかといったらまったく…



去年はね、「こいつをどうにかしてやりたい」っていう目標(日替わりのものもあれば、1年まるまるのものもある)が毎日あった。


まぁできたこともあれば、できなかったものもある。できなかったものも多い。そして疲れるものも多い。でも、疲れるけど疲れるけど疲れるけど疲れるけど疲れるけど疲れるけど疲れるけど上手くいった時は嬉しいもんだった。


そんな重荷にもなるし生きがいにもなりうる重たい十字架をすっと下ろしたら、楽なのって初めの3日ぐらいでした。


あとはもう、なんていうスカスカ感。


だから、不毛な毎日を卒業するために、仕事が見つかるまで、新たな目標として、TOEICの勉強を始めました。


ここのオーナーの普段はおバカやってるお友達が、850点とった、とか忘年会で言っちゃってだから、ここのオーナーもいい点とる。(具体的には内緒だよ。興味ないね。)


さて、やる気になるのかな。やる気は出るのかな。

裏切り

あなたは誰か大切な人に裏切られたことはありますか?

共犯者だと思っていた人が、突然寝返ったり…

自分の手柄を、突然先輩にぶんどられたり…


与謝野馨のように、自民党を離党しておきながら、気付いたら菅内閣で大臣になっていったり…

ここのオーナーは裏切られたことがあるかというと、正直よく分かりません。お人好しな性格なだけに、裏切りにまったく気づいていないのかもしれないし、単純に裏切られていないのかもしれないし。

今日のお話は、そのようなどろどろとした裏切りのお話ではありません。

ここのオーナーの好きな笑いのパターンは、裏切りです。

体を張った一発ギャグやあるあるネタなど、いろいろと捨てがたいものはありますが、ここのオーナーは、この流れでこう来るか!といった、人を欺くパターンが一番面白いと思うし、感心すらしてしまうのです。

かく言うここのオーナーは、これまでにできた流れを上手に裏切ることなどできません。

しかし唯一、自分の物にしている裏切りパターンがあります。

それは、居酒屋などでの注文の時に実行します。

あ、この店員さん気さくだな…と思った時、自分の心のサイドブレーキが下ろされるのです。


店員:お待たせしました。ご注文は?

ここのオーナー(以下・こ):おすすめの飲み物はありますか?

店員:何系がお好みですか?

こ:そうですね~生中ばっかで飽きちゃったので、何か甘めのカクテルで。

店員:じゃあカシスネーブルなんかどうですか?

こ:店員さんはカシスネーブルお好きなんですか?

店員:ええ。

こ:じゃあ…(ここで少し間をおく)………生中で。

店員:どよーん…


これがここのオーナー唯一の裏切りパターンです。

たいてい同じ席のお友だちは笑ってくれます。(そろそろ、またそれかよ!って雰囲気になりそうですが)

店員さんの反応は様々です。

もう!と怒ってくれる店員さんにはそれだけでキュンとなっちゃう。

しかし、相手を間違えると、二度とその店員さんは自分たちのテーブルには来てくれない…


相手を間違えるとって…完全に悪いのはこっちなんですが。



もっと毒っけのない、クリーンでイノセントな裏切り。誰かあれば教えてください。

うちの近所には「やおちょう」という名前の八百屋があります。

八百屋界の長になるんだ!という由来なのかもしれませんが、なんて思いきったネーミングなんだ、と感じずにはいられません。

白ネギの売買だけではなく、白星の売買も行っているのかもしれません。

さて、八百長と言えば大相撲。ここのオーナーは前からずっと疑問に思っていたことがあります。

何故、土俵は一段高い所につくってあるのだろう…


だって、相撲する会場って、座席はスタジアムのようにお椀の形をしている。だから、わざわざ、土俵自体をあんなに高くしなくたって、客からは土俵が見えると思うのです。


会場にはもともとは土はないのかな?相撲が行われる時期に土俵を作るのかな?仮に土がないところに土俵を作るとしても、あんなに高くする必要性を感じません。


例えば土俵がまわりと同じ高さなら、思いっきり投げられても、


ゴロン…プヨッ!


って転がって終わりになるはずなんです。


それが、土俵が高い位置にあるせいで、思いっきり投げられると、


ゴロゴロ…ドッス~ン!ゴロン。プヨッ!


って、土俵から転落という、怪我のリスクが増すのではないか、と思うのです。


ここのオーナーが三日三晩、飲んで食べて考えた結果、


「力士はマゾ」


という考えに辿り着きました。


力士は痛いのが好きなんだ。力士は豪快に投げられた後、擦り傷ができ、傷口から流れ出る血や土がこびりついた裸体に、ある種のエクスタシーを感じているのだ。そんな風に思います。


そんなマゾ体質の相撲会だから、やれ暴力事件だ、やれ覚醒剤だ、やれ八百長だ、とトラブルが続出しても、迅速な判断はとらず、処分は先送り。


つまり、じわじわと放置プレイといったところでしょうか。


そして、自分たちの立場が危機的な状況になったところで、ようやくあたふたと動き出す。もちろん世間から激しく叩かれる。


つまり、ビシバシとSMプレイといったところでしょうか。


相撲は日本の国技です。日本の伝統です。日本の文化として、相撲が代々受け継がれています。


最終的に辿り着いた結論は、


「日本人はマゾなんだ」


といったところです。



ちなみに、ここのオーナーは、いたずら大好きでSなのかと思いきや、例えば女の子にちょっかいを出した後、かわいく「バカ」と言われるともうキュンと来てしまうので、やっぱり力士の伝統、マゾの血を引いているのかもな、とも思います。

ねえ、仕事が忙しくて辛いのと、仕事がなくて辛いの、どっちが辛いと思う?(ここでは、仕事が嫌で辛いというのは除く)


ここのオーナーは、後者のが辛い。ということに気付きました。


今、そんな状況です。書類をいろいろと提出しながら、声がかかるのを待つ…という状況です。この状況はなかなか辛いです。自分が頑張れば頑張るほど、リターンがある。という実感が持てません。書類を揃えるだけ揃えたら、あとは結局神頼み?といった風に捉えてしまいます。


だから、怠け者のここのオーナーは、結局声がかかるかどうかなんて運なんだよ…と、だらだらと夜中にブログを書いているんです。


だってさ、サッカーで考えてみようよ。シュートもパスもディフェンスもいろいろやらなければやらない選手と、「ヘイヘイ」言っているのにパスが回ってこない選手と、どっちが辛いか…ってことです。


あ、苦手なスポーツだったらパスが来ない方が幸せかもしれない。バスケとか…カバディとか…。


だから、時間が有り余っているから、


スイッチ!/チップ・ハース

とか、


世界一やさしい「思考法」の本―「考える2人」の物語/長沢 朋哉

とか

「結果を出す人」はノートに何を書いているのか (Nanaブックス)/美崎 栄一郎


とか、


新TOEIC Testレベル判定模試/小山 克明


とか、




72で回るためのスイング作り (72ヴィジョンGOLFシリーズ)/72ヴィジョンGOLF編集部

…っておっとっと!!!


まぁ1冊ぐらい娯楽の本も読ませてよ。


というわけで、自己啓発的な本をたくさん読んで、せめて、頭を良くしようというベクトルで、悶々とした日々を過ごしているわけです。


だから、仕事で忙しい~!って言っている人。羨ましいよ。頑張ってください。


でも、1番嫌なのは、毎日楽しくもない嫌な仕事を忙しくこなさなければいけないことです。特に初めに「な」がつく、海老フライで有名な地で…身体じゅうにボツボツが出来るんだこれが。


さて、2年以上かけて、merkmalっていうタイトルが終わったぞ。次はどうしようか…。(記事のタイトルを付けるのがメンドいので、1枚アルバムを選び、その曲順にタイトルをつけているのです)

この前、TSUTAYAへ行く途中、少年2人が遊びを終えたのか、別々の方向へ帰ろうとしていました。


「じゃあな~」

「じゃあな~」


と別れ、2人の距離が1ブロックぐらい、つまり50m程離れたところで、1人の少年がこう叫びました。


「マジすか学園見ろよ~!」


ぎりぎり何のコトだか分かりますよ。AKB48が出てるヤツでしょ?


テレビはすっかり見なくなってしまいましたが、去年1年子どもと接して、なんていうか、AKB48の影響力はすごいな…と感じました。


そんな、子どもたちの「おれあいつが好き」「私は○○が1番かわいい」という主張を、聞き流しながら、時には「篠田麻里子が1番に決まっているだろ!」と主張し返しながら、この熱狂ぶりを、どこか冷めた目で見ていました。


でも、じゃあ自分が中高生の時はどうだったか、というと、今のAKB48に変わる存在がやっぱりいました。


そう、モーニング娘です。


あの頃は、毎週月曜日になると、ASAYANの話で盛り上がりました。もちろん、モーニング娘だけでなく、ネスミスも…太陽とシスコムーンも…ごあきうえも。


それでもやっぱり、超常現象とでもいうくらい、僕ら世代はどこか、モーニング娘の一挙手一投足に注目していたような気がします。


時代は繰り返す。


そう考えると、今ブレイクしているたのしんご。歌い踊りながら笑いを取ろうとする彼のスタイル。そんな彼に変わる、僕ら世代の存在と言えばやはりこの人しかいないのではないのでしょうか。



テロワール6-幹てつや

そう、幹てつやです。


さらに、一昔前に流行った「そんなの関係ねえ」でお馴染み小島よしお。彼のような、裸一つで笑いを取りにいくという彼のスタイル。そんな彼に変わる、僕ら世代の存在と言えば、やはりこの人しかいないでしょう。



テロワール6

そう、なすびです。


大人になると、今の若い子たちのブームをすこし冷めた目で、斜に構えて見てしまうようなところがあるかもしれない。でも、こうして考えると、つくづく、


時代は繰り返す


そんなことに気付かされるのでした。

最近、

「やって出来ないはいい。やらないは駄目」

「悪いことの真似っこは駄目。良いことはどんどん真似っこしましょう」

などと、さも自分が出来ているかのように子供たちに語っています。

そして、毎日のように、子供を叱っています。

そんなに自分は偉いのか!?なんて思いながらも…



さて、最近気づいたことがあります。

休日になると、いつも暇をもて余すのです。

何故か?それは、平日がお仕事でいっぱいいっぱいで、誰かを誘うことが頭にないのです。

で、いざ休日になって慌てて誰かに声をかけ、「ゴメン今日予定ある」と言われ、しょぼーんとおうちで缶ビールを飲む。

そんな干物男な生活です。

あの、ブログばっかやってたここのオーナーですが、ブログ更新が超久しぶり。


何が言いたいかというと、

遊ぼうよ!


ということです。


久々に書いて気付いたのは、ブログを書くって難しいね!ってことです。


また今年の分も本にしたいから、ちょくちょく書いていきます。ゴルフの苦悩とか。


そんだけー。るりるりるー♪
先日、新しい職場での歓送迎会がありました。

その1週間前、隣の机の先輩に

「何やるの?」

と聞かれました。

ワケが分からず、『へ?』と口にしたここのオーナーでしたが、どうやら新しく来た人間は、歓送迎会で余興…つまり芸を披露しなければいけないという伝統があるようなのです。

日々のお仕事にも悪戦苦闘する中、重荷が1つ増えました。

つまらない人間に思われたらいけない…
すべっちゃいけない…
盛り上げなければいけない…

ネタを考えて、練習して…なんて時間はなかったので、瞬間芸、一瞬で終わるネタを探しました。

あ、ほっしゃん。の鼻からうどんだ!!!

そう思ったここのオーナーは、おうちにあった細いタイプのうどんを茹で、鼻からすすってみました。

しかし、細いタイプのうどんは、鼻でからまってしまい、うまく口まで出てくれません。

そこで、YOUTUBEでほっしゃん。の芸を研究すると、彼は太いタイプのうどんであの芸を実践していました。

歓送迎会当日の朝、ここのオーナーは早起きして100円ショップでうどんを買い、慌てて茹で、すすってみました。

1回うどんと一緒に口からゲロがちょびっと出ましたが、ここのオーナーは成功する手ごたえを得ました。

タンブラーに茹でたうどんを入れ、仕事を終え、いよいよ歓送迎会が始まりました。

他の人たちが楽しそうにお酒をたしなんでいるにもかかわらず、ここのオーナーは緊張と不安でお酒が全然美味しくない…。

そうこうしているうちに、余興の時間になりました。

司会の方から、ここのオーナーの名前が紹介され、ここのオーナーはいざ、気合いを入れて、うどんを入れたタンブラーを抱え、前に出ました。

精一杯の力で、うどんを鼻からすすりました。

気合いが実を結んだのか、今まで練習してきた中で一番の勢いで、うどんは口から出てきました。

結果ははなまる。大成功!!!

鼻からうどんは、「はなまるうどん」へと変わりました。

はぁ終わった~、と、すっかりホッとして自分の席に戻ると、隣の席の先輩にこう言われました。

「食事の席でああいう下品な事をするのってどうなんでしょう。気持ち悪くなりました。教育の現場にデビューした人間が、大学のサークルのようなチャラチャラした軽いノリであーいうことをするのって、良くないと思います」

えっ…

確かに、下品な芸で、食事の場にはふさわしくないかもしれない。でも、こっちとしては、そんな軽いノリでやったんじゃなくて、いろいろ何をすれば盛り上がるのかなどなど、考えて悩んで一生懸命練習をして、今日に至ったんですけど…それは分かって欲しいのに。

と、ここのオーナーは正直イライラしてきましたが、「1か月でいきなり職場で敵を作るなんて馬鹿げてる」とギリギリのところで理性が働き、しょんぼりした顔でひたすら『はい。』と頷いていました。

席が2つ隣の先輩が、「ほらほら、若者だって頑張ってるんだから」とこっちの気持ちを代弁してくれて、お説教は終結しました。

その優しいフォローに、私は涙が出そうになりました。

とりあえず、席を立ち、誰もいないところに行って、壁を思いっきり殴りました。

腑に落ちない感じと悔しさで、私は涙と鼻水でぐずぐずになりそうな気持でした。

とはいっても、楽しいお酒の場。そんな顔は見せられるはずもありません。

ここのオーナーは、涙と鼻水をすする代わりに…

うどんをすすりましたとさ。めでたしめでたし。


P.S.
余興の後は、酒を浴びるように飲み、2・3次会で爆睡してしまったのは当然の成り行きといったところでしょうか…
中世において、キリスト教は『救われたければ金払え』などと権力や教会の金集めに利用されるなど、腐敗しきっていました。

そのような状況を打ち破ろうと起こったのが、宗教改革。

その改革家の一人がカルヴァン。彼の思想の一つに、『予定説』というものがあります。

人間一人一人が救われるかどうか、幸福になれるかどうかはあらかじめ神に決められている(予定されている)。人々は、自分が幸福になれるかどうかを確認するために、一生懸命に働く。

一生懸命に働いた上で、自分が幸せになれれば、神は自分を選んでくれたんだ、と確認することが出来る。そんな考え方です。

この考え方を深く知ったのは大学生の時、ある授業で400ページ以上もある、マックス・ウェーバーという人の『プロテスタンティズムと…なんちゃらかんちゃら』という本を読まなければいけなかったことが契機だったのですが、この本を読んだ時に、日本人が口にする

「困った時の神頼み」

という言葉が、良く言えばシンプル、悪く言えばなんてご都合主義なんだ、と感じたものでした。



さて、ここのオーナーは仕事柄、教育について考えるのですが(あ、高尚な感じで言ってるけど、普段はサッカーのこととか、遊びのこととか、エッチなこととか、バカなこととか、くだらないことばっか考えてるので、賢いんだと誤解しないでください…誰もしないか)、何回同じことを勉強しても上手く身にならない子供を見ると、教育においても『予定説』が存在するのではないか…と悲しいかな考えてしまうことがあります。

つまり、もう一人一人の能力は決まっていて(予定されていて)、いくら頑張ってもその予定された能力を突き抜けることは出来ない、と。

簡単に言えば、ここのオーナーの指導力不足なんです。

でも、毎日のように勉強し、決して手を抜いているようには見えない子供が、なんで伸びていかないのだろう…と感じる瞬間は少なくありません。

この考えを広げていけば、その対象は子供だけだということはありません。

ここのオーナーを含む、すべての人間が、生まれた瞬間から、お前はどんなに頑張ってもここが限界だ、と予定されているかもしれません。


先日、必要な書類を申請しに、卒業した高校に行きました。

帰りに、サッカー部の練習をチラ見した時、ここのオーナーは自分の高校時代のことを思い出しました。

その当時は、ここのオーナーは守備が大嫌いだし苦手だし、たいして重要だと思ってもいませんでした。

しかしある日、『自分のチームのマイナス1点を防ぐことは、プラス1点をもたらすことと同じくらい価値がある』と考えるようになりました。まぁつい最近の話だけど…。

今では、個人参加のフットサルに行くと、攻撃よりも守備に自信を持つようになりました。

きっと考え方が変わり、守備に集中するようになり、こうしたら巧くなる、これが良くなかったなど、いろいろと考えながら成長していったのでしょう。


神によって予定された能力も、きっかけ一つでぶち破れる。というのが自分の経験に基づく結論です。

教育に携わる人間としては、この予定された限界を突き抜けるきっかけを、根気よく与え続けなければいけないのでしょう。(ここのオーナーは、三井寿と同じで、けっこう投げ出しがち、ドドーン!)


ちなみにここのオーナーは、神はまったく信じません。


というわけで、このブログにコメントが付くことを、神に祈ろうと思います。アーメン!なむー!むはんまどー!


そんだけー。るりるりるー♪