終わり方くらい自分で決めたいと思うのはそんなにダメなこと? | 透析という世界。ときどきカブ

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糖尿病から腎臓を悪くし、ついに人工透析を始める事になりました。
透析の事、日々の生活の事、趣味のバイクの事など綴っていきたいと思います。2023年12月25日心不全から心筋梗塞になり呼吸困難、意識不明でICUで3日間の戦いを経てこの世に帰ってきました。

どうも、BELLです。

 

 

ブログも随分とご無沙汰でした。

 

シャント手術をしてから1ヶ月以上が経ちましたが、まだ透析ははじまっていません。

というのも急に透析をしたくなくなったからです。

 

正確には何もせずに自分の終わりを自然に任せたくなったというのが正しいのかな。

 

 

 

4月くらいに主治医から3つの選択肢があります。と言われた。

 

①血液透析

②腎臓移植

③何もせず自然に死ぬのを待つ

 

 

腹膜透析はもう臓器自体がかなり弱っていて腹膜透析を選んでも、次のステップ血液透析

に移行するのに1年も持たないからオススメはしないと言われた。

 

何もしなければ2023年を迎えるのは難しいだろうと言われ、何となく血液透析の話しに

なり その流れでシャント手術までした。

 

 

しかし、後々色々と考える内に2022年ギリギリまで生きれたとしても、あと半年なんだなぁと思うと 半年なんてすぐ過ぎちゃうよね。だったらもうそこで終わりでもいいのではないだろうか?と思うようになった。

何もしなかった場合、どうゆう死に方をするのか?とかどこがどう苦しくなるのかとかを質問してたら、何だか行ったことのない部屋に連れていかれて何だかんだと説得が始まってしまった。

 

この選択肢は80代90代の人が治療してもしなくても最期がそんなに変わらないであろうと想定される人が選択するもので50代のアナタが選択するのは現実的ではない!と。

 

 

 

決して自暴自棄になっている訳ではない。

冷静に色んなことを考えて出した結果である。

 

 

そりゃお医者様は身体を看ることが仕事だから身体1番で話しをしてくるのは当たり前で言っていることも充分理解できるんだけど、当人は今まで生きてきた人生全てを振り返り、これからの人生を想像し総合的に判断している。

 

 

 

もうこの先の人生は必要ない。

 

 

 

物心ついた頃からずっとツラい人生で青春なんて1ミリもなかった、社会人になっても何もない。そりゃ所々で瞬間楽しいことだってあったけど、今まで生きてきた人生全てを見たときに出てくる言葉は「ずっと地獄だった」ということだけ。

 

 

もういいよ。

 

 

これ以上、長生きしたいなんて思いもしない。

流石に自分で命を絶つほどバカではない。

 

 

でも、今の時代 安楽死はダメでも苦しみながらだったら死を選択しても良いんだなぁと思うとなんだか笑ってしまう。

楽には死なせないけど、苦しみながらだったらいいよ!って法律で認められてるんだもん。

もう、安楽死認めろよー!って思う。

 

 

 

てなことを言ってもお医者様は冷静になって来月また来い!と言うばかり。

 

結局、治療方針もブレブレのまま6月の通院は終わりました。

 

来月まで冷静になってよく考えてきてください。だって。

 

 

つーことで、また来月。

 

 

あーしんどい。