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Ternod Official blog

哲学思想研究、文人画。 反緊縮行動(Anti-Austerity Action)〔生ー政治(Bio-politique)に抵抗する自律労働者(Autonomia Operaia)〕。 ブラック・ミュージックをこよなく愛す。レコード/CD店、古本屋、美術館などで出没することが多いです。

 

天然真鯛のあらが54円で売られていたので、鯛のかぶと焼きにしました。

先日は鯛のかぶと煮をつくりましたが、かぶと焼きの方が手間がかからず楽です(笑)

 

塩をふってオーブンで焼いただけですが、旨味がぎっしり詰まっていました。
しかも魚を焼く時は、ガスコンロにグリルも付いていますが、手入れが面倒なので、耐熱皿に入れてオーブンで焼くことが多いです。


それはともかく、最近は養殖物も質が向上してブランドまで付いたりしていますが、天然物は雑味がないので食べやすいです。

 

他は、鹿児島県産茶美豚の豚の冷しゃぶとその残り汁でつくった、じめじのみそ汁、キムチです。

 

鯛のあらは、意外と食べられる部分が多く、これだけでもおかずとして十分な量がありました。

フランスの哲学者ジャン=リュック・ナンシーの『フクシマの後で: 破局・技術・民主主義』(以文社、2012年)を読み終えた。
ナンシーは、1940年に生まれ、いわゆるフランス現代思想において果敢な発言を行っている人物のひとりである。
マルティン・ハイデッガーにはじまりモーリス・ブランショに影響を与えた共同性の問題、神学にさかのぼった形而上学の脱構築、そしてテクノロジーや生命技術の問題にまで踏み込んでいる。
そうしたナンシーによる本書は2011年12月、東洋大学で行われたウェブ講演会において発表された講演に、発表済みの論文を加えて刊行されたものである。

そして本書で目についたのは、彼は技術的・社会的・経済的の「破局」に対して、マルクスの等価性になぞらえた上で、ギリシア悲劇におけるカタストロフのような意味を見出したことはないこと、第二に、その「破局」は宗教的な救済にはなんら結びつかないとしている。
具体的には、哲学者の西谷修さんの文章をもとに、「西谷はそこで単に政治的、社会的、経済的な状況分析を展開しているのではなく、「原子力文明」に対する問いかけに着手しているのだ」と述べている。もうひとつはパリ在住の詩人である関口涼子さんが3・11以降につけていた日記から、「地震の四九日後、これは仏教の慣わしでは魂が彼岸へと最終的にたどりつくと言われる日だ」を引用し、「いかなる「彼岸」も慰めになることのないとりかえしのつかないものという響きをきかせている」とする。

また本書に収録された論考「集積について」で私が気になった箇所がある。
それは、人間が制御できないまでに肥大化した技術的・社会的・経済的な相互依存の複雑性に対して、一方ではインテリジェント・デザインのような見方が出てきたと述べていることである。
「だが、世界の配置や生成などがどれも、一見するとかなり問題含みでさらには論争の的となるように見えつつも、その背後でなんらかのインテリジェント・デザインに呼応しているのではないかなどと想定することはできない。このような観念は、技術の思考の不在の典型的な産物である」(本書106ページ)。
 インテリジェント・デザインとは、アメリカのキリスト教原理主義者が進化論を否定して「神の創造」を対置する論理に用いられる、世界の生成の背後に知性ある何者かによる計画があるとする見方であるが、ここでナンシーはプラトン以来の造物神(デーミーウルゴス)以来の全能の超越者を指して批判している。

「なんらかの構想者(デザイナー)によって、人間的な知能にいたるような素材ないし生命が構想され構築された(これは同じことだ)とすれば、「目的」とか「第二の自然」とか、はたまた「自然」そのもの、さらには「理性的人間」ないし「全的人間」といったものを投影することを断念しなければならないはずなのに、なぜこの知能は、そこで自分が何をしているのかまったく理解できないのか」(本書108ページ)。

このナンシーの批判から私が思ったことは、20世紀後半以降、科学技術、政治社会、経済などが複雑になり、専門家以外の人々にとっては「不可視」の領域となりつつあることに対して、一方にインテリジェント・デザインや宗教的原理主義に答えを求める人々がおり、他方ではリベラルな人々の間に広がってきたのが、陰謀論ではないかということである。
リベラル派もまた、世界の動向を「闇の支配層」による陰謀で説明しようとし、自然災害を人工兵器と言いだしたり、福島第一原発事故の低線量被爆を過剰に危険だと言い立てて怪しい健康食品やマルチビジネスに人々を引き込んだりしている。
つまり、宗教原理主義に走る右派と、陰謀論を言い立てるリベラル(左派)は、実は同質のパラダイムの下にある、コインの表裏のような関係にあるではないだろうか。

また本書には、2008年にナンシーが書いた「民主主義の実相」という論考が収録されている。
現代思想において民主主義というと、フランスではアラン・ルノーやリュック・フェリーといった人たちが、西欧近代と民主主義を肯定する立場から文化的多元主義や相対主義を否定しており、そうした論客であるミシェル・フーコーやドゥルーズとガタリらを否定せんがために、彼らの現代思想の根源にあるニーチェを否定すると称して『反ニーチェ』なる稚拙な内容の本を出したりしている。
むろんナンシーのいう民主主義とは、EUの社民官僚のごときアラン・ルノーやリュック・フェリーらの反動的なものとは違い、システムの複雑化に対する、民主主義そのものの再定義を含んでいる。
たとえばナンシーは民主主義について、「68年5月」の経験をふまえてつつ、ニーチェの「価値転倒」を評価する立場から、民主主義を政治や社会にわたる多様な人々の共同性にかかわるものとし、いわゆる政治的民主主義への還元を否定する。

ナンシーの論は抽象的で難解だが、そのいわんとするところは政治的民主主義に還元されるものではないこと、そして主体の問題にかかわるものであることは理解できよう。

「民主主義が言わんとしていること、それは、死も生も、それ自体として価値をもつのではなく、分有された実存のみが、しかも、自らの究極の意味の不在に対してと同様に、自らの真の——そして無限の——存在の意味に対してさらけ出されたものとしての分有された実存のみが価値をもつということである」(本書160ページ)。

「人民が主権者なのであれば、人民は、バタイユが、主権〔志向性〕とはなにものでもないと書いたときに考えていたものを引き受けなければなるまい。主権は、いかなる人格にも委託されなし、いかなる輪郭においても形象化されないし、いかなる墓標の上にも建立されない。それはまったくただ、至高のものなのである」(本書161〜162ページ)。

ここから分かることは、ナンシーが考えている民主主義とは、近代の民主主義イデオロギーを共有する人たちが説く「大きな物語」という意味を含んでいるものではないばかりか、それを説いてきた左翼がその役割を担うものでもないことはいうまでもない。
バタイユが述べたように、人民は、主権とはなにものでもないというものであり、かつ「分有された実存」のみが価値を持つのである。

さらにナンシーはルソーに対する批判などにも言及した上で、ニーチェ的民主主義が必要だと述べている。ナンシーにとっての民主主義とは、「民主主義とは平等主義的な貴族制」(本書165ページ)であり、かつ「民主主義とはまずもって形而上学なのであり、その次にのみ、政治なのである」(本書167ページ)。
まず「分有」とは、プラトンのイデア論において、本来のものは神の世界つまりイデアの世界にあり、この世にあるものはその分有、与りにすぎないという意味であり、実存というのはこの世に現存在するということだが、ハイデッガー的には、この世に投棄される形で生を授かった人間は何もない存在だが、同時に今ここにいるという意味合いを持っている。
ナンシーのいう民主主義とは、一方には「神の影」を感じつつ、同時にハイデッガーの実存主義の「影」といったものを感じる。
ちなみに実存主義の「影」とは、ミシェル・フーコーの論述に対しても強く感じてきたことだが、この問題については、より深く考えていたいところである。

フクシマの後で: 破局・技術・民主主義/以文社

¥2,592
Amazon.co.jp

ph_豚の冷しゃぶ


この季節は、豚の冷しゃぶをよく食べます。
簡単ですし、豚肉をゆがいただし汁をみそ汁にすれば、無駄がありません。
今回、豚肉は鹿児島県産の茶美豚を使いました。
この料理は、ブランド系の豚肉を使うなど、肉にはこだわった方が良いです。臭みがなく、脂身に甘味を感じられます。
ご飯はゆかり、塩昆布、ちりめん山椒を乗せた加薬ご飯にしました。
ph_おまかせにぎり


 「漁師めし」という名の海鮮丼を食べた翌日の8月16日(火)、こんどは地元の回転寿司店に行ってきました。
 回転寿司店を選んだ理由は、単に他の飲食店が閉店しはじめてきたからというだけですが。
 ネタにこだわっているようですが、1皿220円〜260円以上の値段が高めのお店なので、間違っても空腹を満たす目的では行くことはありません(笑)
 画像は「おまかせにぎり」。
 真ん中は肝が乗ったかわはぎです。
 実は、かわはぎは初めて食べました。
ph_海南鶏飯


8月15日(月)の夕食は、海南鶏飯でした。
日本ではシンガポール・チキンライスか、タイのカオマンガイとして知られていますが、私が最初に食べたのは、ヴェトナムのコム・ガーでした。
ちょうど丹波地鶏の胸肉が安かったので、海南鶏飯を思い立ちました。
実は、炊飯器に鶏肉と研いだご飯を入れて炊くだけでつくれます。
ナムプラーと生姜醤油で食べました。
奥のサラダは水菜と油揚げ、ちりめん山椒と和風です。
スープは、出汁はウェイパー、具は水菜と油揚げと妙な和風です(笑)
梅田高木鮮魚店漁師めし


8月15日(月)
この日の午前中は、旧居の明け渡し。住んでいた期間はわずか1年弱ですので、きれいな状態で、退去にかかる費用は掃除代3000円ほどで済みました。
その後、梅田の阪急古書店街にて、本を購入。昼食は阪急梅田駅「高木鮮魚店」にて、漁師めしをいただきました。
画像にあるように、かなり具だくさんでした♪
個人的は、ぼたんえびが一番でした。とくに頭の海老味噌が詰まった部分が最高です。

 

先週末より、兵庫県の阪神間北摂地域に再移住しました。

それまで1年ほど大阪府南部に住んでいましたが、市の中心部から遠い上に電車の本数も少ないので、どこへ行くにも不便なので早々に移住を検討していました。


阪神間地域を新たな再移住先としたのは、アートやオルタナティヴな活動をする上で、やはり阪急沿線に住むのが良いとの判断です。

関東でいえば、東急沿線のようなイメージです。
新居は山の中腹のようなところですが、家の近所は山林や渓流があり、窓から街並を一望できます。

 

谷崎潤一郎の長編小説『細雪』は、西宮在住時代に書かれた小説ですが、小説の舞台には大阪・船場、神戸と並んで、夙川も登場します。阪神間といえば、モダンな文化住宅の建ち並ぶ閑静な住宅街です。

芦屋には、谷崎潤一郎記念館があり、行ったことがあります。

私が住んでいる地域は、阪神間の中でも北摂にあたる地域なので、また雰囲気が違います。

 

そういうわけで、兵庫県民となった今、まったくの心機一転といった気分です。
つまり、感覚的には「再移住」です。

 

荷物の開梱も進み、インテリアも整え、少しずつ新たな生活が始まりました。

今後、文化的なスポットも数多く存在する、阪神間での出来事も多く書くことになると思います。

 

あらためて、よろしくお願いします。

 

7月17日(日)、京都に行った時の記事です。
この日は祗園祭の山鉾巡業が行われていました。

京都01_山鉾巡業


だが私の今回の京都行きは他の予定であり、山鉾巡業はすっかり忘れていました(笑)
阪急京都線で京都に着いた時、山鉾巡業を見るのはもう時間的に無理かと思いきや、最後尾になんとか間に合いました。

京都02_昼食


昼食です。
自宅から持参した弁当と、買ってきた総菜を京都タカシマヤの屋上にて食べました。
こちらは鴨川べりとは違い、トンビは出ないようです(笑)

メニューは、おにぎり(梅干し、塩昆布)に昨日焼いた小鯛の塩焼きの弁当、
あと錦「平野」で買った鱧の天ぷらと揚げ出し豆腐です。
鱧の味にコクがあり、甘めのつゆとよく合います。
夏の京都の味です(笑)

京都03_八坂神社


祗園祭は八坂神社の祭礼として平安時代に始まりました。
本当は八坂神社にもお参りしたかったのですが、混雑と時間的な理由で、今回はパスすることにしました。
ちなみに八坂神社の正門は、こちらではありません。
この画像の右側の小道を入った所に、南側に位置する鳥居があり、そこが正門です。

京都04_岡崎


平安神宮や美術館、図書館が立ち並ぶ岡崎にやってきました。
ここから琵琶湖疎水を通って東山の眺めが好きなのですが、
あいにくバスが邪魔をしています(笑)

京都05_京都モダンテラス


沖野修也さん、Yukari BBさん、松浦俊夫さんらによるDJイベント「京都モダンテラス」にやってきました。
今回の京都行きは、このイベントが目的です。
雨天による中止の懸念もありましたが、なんとか開催されました。

京都06_赤ワインとラムチョップ


テラスの片隅で、ドリンクやフードを焼いて販売しており、
マリネしたラムチョップの炭火焼きと赤ワインをいただきました。
昼下がりのテラスで、クラブ・ジャズのリズムにどっぷり浸かって、優雅な時間を過ごしました。

私は18時ごろに京都モダンテラスを離れましたが、この後、雨が降ってきました。
後日Facebookを見ると、傘をさしてDJをしていたようです。
ご苦労様でした。

京都07_京風寿司


夕食は、新京極の『乙羽』にて、京風のお寿司をいただきました。
祇園祭の季節には、やはり鯖の棒寿司です。

『乙羽』の鯖寿司は、やや甘めの味でした。
どこと比べて甘めかといえば、鯖の棒寿司といえば、祗園の『いづう』が有名ですが、『いづう』の鯖寿司は味がさっぱりしているのに比べて、やや甘めだと感じた次第です。
これは好みの問題であり、『乙羽』の鯖寿司も、とても美味しい鯖寿司でした。

また、鯖寿司と同様に夏の京都を代表する、鱧の押し寿司も入っていました。
鱧の押し寿司は、私の好物です♪

ちなみに『乙羽』は、蒸し寿司で有名です。
冬は、ぜひ蒸し寿司をいただこうと思います。

京都08_祇園祭馬


寺町通にて、馬を発見。
祗園祭の「お迎提灯」という行列の馬です。

京都09_祇園祭行列


こちらが、「お迎提灯」の行列です。
いつもは先斗町で飲んでから帰りますが、この日は朝早くから起きていたり、雨に見舞われたりして疲れていたので、体力があるうちに帰りました。
和歌山01


6月26日の日曜日は、和歌山に行ってきました。
今まで和歌山へは行ったことがなかったので、かねがね行こうと思っていました。

和歌山02


南海電鉄の和歌山市駅に着いて、まずは和歌山城を目指すことに。
その道のりで、猫が寝ているのを見つけました。

和歌山03


こちらは寄合橋です。

和歌山04


和歌山城内へ。
あじさいが咲いていました。

和歌山05


西の丸と二の丸の間に掛かる、御橋廊下です。

和歌山06


和歌山城は山の山頂にあるので、階段がきついです。

和歌山07


こちらが和歌山城天守閣です。
第二次世界大戦末期に空襲で焼けてしまい、現在の天守閣は鉄筋コンクリート造りです。

和歌山08


天守閣からの眺めです。
三層店主ですが、山の山頂にあるので、市内を一望できます。

和歌山09


和歌山県庁です。

和歌山10


交番ですが、交通機動隊が常駐できるようになっているようです。

和歌山11


こちらはわかやま歴史館の土産物店で買ってきたものです。
まず和歌山の代表格である梅干し。三幸農園の紀州南高梅による無添加の梅干しです。
この季節は梅干しは欠かせません。弁当には入れた方が良いですし、鱧の湯引きには、梅干しを砕いて調味すれば梅肉を簡単につくることができます。
次に梅肉飴。酸味は抑えられています。
そして、真田家の六文銭の紋章が入った扇子。紀州九度山にあやかって、和歌山城やわかやま歴史館でも、真田関連のグッズがけっこう売られていました。