のびのびボランティア紀行
チェンマイの野戦病院あと。慰霊を行った。




かなりくたくたの”主宰”木村先生から

電話がありました。



チェンマイに無事着いたということ。

支援物資が多いので、

積んだり、降ろしたり、

かなり疲れたということ。



若者もついていっていますが、

やはり年にはかないません。



明日はすぐに慰霊と、活動を行う

ということ。



一日かけて、2ヶ所慰霊して、

そのあとビルマ系難民の施設に行く予定。



どうも、前回にそのビルマ系の施設に

いったとき、わたしが職員の方と

話した内容が、”主宰”の中で、

ちょっとちぐはぐになっているようで。



仕事をしているビルマ労働者の

宿舎がある、とは確かにききました。



しかし、そこがどこか、分かりません。



それに、状況はこくこくとかわるため、

前回(1年前)の情報では、もう古いかも

しれません。



それでも、”主宰”は、もう疲れも

ピークにたっしているのもあり、

多角的な考え方ができなくなっている

ようです。



わたしの見るには、たぶん、

明日一日で、慰霊活動と、

支援活動までやるのは、

身体への負担が大きすぎる。



そのことを指摘しましたが、



「あんたにゃー関係ない!」



と一蹴されました。



いつものことながら、

こうした「かたくな」になってる

状態は、つまり疲労です。



わたしが一緒にいる場合は、

わーわー、ぎゃーぎゃーと

言い合いながらも、

現実的な活動へと

調整していきます。



そうでなければ、

”主宰”も”代表”も、

同行のスタッフも、

非効率的な方向へ、

つっぱしってしまいます。



ここのあたりが、

むずかしいところ。



そして、たいがい、私も

いっしょにいるときは、

八つ当たりをくらう。



うわーっと怒鳴られたり、

何されたりします。



今回は、わたしは一緒でないので、

きっと、まわりの誰かさんが、

被害にあうでしょう。



さーて、誰かな?

うふふ。ちょっと楽しみかも。











のびのびボランティア紀行

タイのウボン。貧乏だったのに、政府がむりくり家を新しくさせた。10万バーツの借金。街の中だけでもカッコつけるためだ。はた迷惑な貧民のみなさん おれも激しく怒るゾェ



東京じゃあ雪、

横浜じゃあみぞれ。



さいあく、めたらやったら寒い。

もう部屋の中で寝ていたい。

仕事しないで。



そうもいかず、毎日働くみんなに

福はくる。あ~くる。



それで、いまテラの会一行の3人は、

タイのバンコクにいるのだ。



わたくしジムキョクは留守番。

だぁ~、つまんね。

カレー作ってしまいましたよ。



生姜もきざみ、じゃがいもは

煮崩れしないように、別でゆでて。



何やってるんだろう、とかときどき

思います。



バンコクでは、日に日にあつくなってるそうで。

うらやましいな。



電話で、「もう、昼間は、あつくてさぁ」と

愚痴をこぼされると、それって

こっちからすると、ぜんぜん愚痴になってない。


お分かりですか。



T代表は、もう暑さで毛穴がひらいて、

老廃物がぶしゅーっと吹き出してるそうで。

美容にはいいですね。



それでおいしい食べ物。

泊まっているホテルのまわりには、

タイ料理がずらーっとアラカルト。



たとえばあんかけきしめん。

うまいんだね、これ。



それからガイカパオ。

とりのそぼろ肉とホーリーバジルを、

ナゾの調味料でいためる。


それを”ラーッカーォ”

ぶっかけ飯で食べるんだけど、

おいしいたらないの。


それを日本の食堂の1/2しか

出さないから、食べ過ぎない。

びりびりの青唐辛子の辛さも

ビビット。



日本人は梅干を思い出すと、

よだれが出ますが、タイ人は、

唐辛子を思い出すと、汗をかく

そうです。



とまあ、センセイは疲れ、T代表はごきげん、

C青年はトムヤムクンさがしに奔走と、

みんな大忙しです。



明日のチェンマイ行きは、大丈夫でしょうか。

Kさんもいるので、安心しています。

Kさんの家族とも、お会いできるといいですが☆




のびのびボランティア紀行

ネグロス島ドマゲッテの教会内部。真っ青な感じでめちゃくちゃキレイ。いまにも召されそうな・・・




どきどきわくわくで見た

テレビ番組。



奇跡の生還! みたいな

シリーズで。



その中で、ありえないような事故に

遭遇した、ジェット機の話しが

出ていました。



さいきん、何かと話題のジェット機。



なーんとなく、番組を見ながら、

占ってみました。



その事故にあったジェット機は、

ボーイング747。



木村先生の専売特許である

霊数占いを使って、

この機番をみてみると。



どーん。



「9」



こいつはやばいなーという数字です。

「4」にひきつづき、「9」もやばい。



「9」の数字をもっていると、

キミョウキテレツな目に合いやすい。

フツウじゃない数字なんです。



とはいえ、ボーイング747なんて、

どこでもとんでいます。



ぜんぜん無事。



何でその飛行機だけ??

と思っていたら。



ちなみに事故のあらましは、

12000メートルを安定飛行中に、

いきなりナゾの光につつまれ、

エンジン4発、全部停止。



もうそれだけで大事故なのですが、

奇跡的に着陸できた。



その原因というのが、

たまたま噴火した火山の

上をとおったという・・・



まあ誰にもぜったい予測不能の

事故です。



で、んで。

何がおどろきかっていうと。



その飛行機の、個別の番号が、

「009」だったんです。



ひや~。

機番だけならまだしも、

固体の番号まで

「9」だった。



霊数占いのコンセプトとして、

「合数」というのがある。



「9」と「9」が合ってしまった

わけです。



乗客全員無事でよかった。



そんなミラクルを引き起こすのも、

「9」のなせるわざなのかしら。









のびのびボランティア紀行

バリ島の工事現場で。危険な労働に従事する、10代前半の少年にズボンを渡した




放置がつづいている当ブログ、

久しぶりの話題は、”占い”です。



センセイは、まことたくさんの顔を

おもちです。



そのひとつが、運命カウンセラー。

この名前は、某スピリチュアル・カウンセラーが

名乗るより、10年以上早く

使ってたそうです。



それで、センセイの大発明の中に、

”霊数占い”というのがあります。



いろんなものを、数字を通して

占うやり方です。



くわしい内容は、

センセイにお問い合わせ下さい、

として。



今回はですね。

いま話題のボーイング787機を

霊数占いで占ってみよう!

という気のぬけた企画です。



電気系統の故障などが

あいつぐ787機。



じっさいに商用飛行する前に、

なんどもなんども、

専門家が試験飛行したはず。



なんで今になって事故ばっかり??



最新の飛行機なのに。

と疑問を持ったワタクシは、

占いしてみたのです。



ボーイング787という機番に

目をつけました。



7+8+7=22



これは霊数占いでいうと、

”4”にあたります。



つまりボーイング787機は、

運勢として、もともと”4”を

もっていることに。



”4”というのは、霊数では

サイアク。



どかーんと何かにぶつかる。

故障とか、社会とぶつかるとか、

いわゆる反逆者の数。



あれ、今の787機の状況そのまんま。



予期しなかった故障。

社会問題になってること。



それで、たんじゅんな解決策を

考えたんだ。



とっても簡単。



787をやめて、888にする。

あるいは、777でもいい。



888なら、霊数”6”になる。

和気あいあいで、無事に

安楽飛行となる。



777なら、霊数”3”となり、

小さくまとまって、安定した

飛行ができる。



そうですってば。

事故調査委員会の方、

(委員長の、ダンディーな姿が

ちょっとカッコいい)

なかみをいじらないで、

機番を変えたらどうでしょう。



どうでもいい話にきこえるけど、

けっこうそんな工夫で、

何でもなくなったりするもの、

なんですよ。





のびのびボランティア紀行

プノンペン。一見平和なお寺。だがしかしその下には・・・




もーうしばらく行きたくない、という街が

いくつかあります。



まずマニラ。

それからプノンペン。



これらの街では

ひでぇ目にあったからなのです。



別にホールドアップをくらったとか、

そういうんじゃない。



誰からも分かってもらえない、

とは思うけど、それはには”お化け”

が絡んでくるとです。



”お化け”がらみの話しは、

本当に分かる人しか分からんです。



だから、ふだんは人にしません。



「なんだコイツ、レーカンあるとか、

調子ぶってんじゃないの」



と思われるのが落ちだからです。



だから、なかなか、いろいろ

難しいですよ。



たぶん、発症率のとても

低い奇病をわずらっている人なら

きっと分かる気持ちだと思います。



むかしは「うつ」とかもその一つだった。



「うつ」の人は、何らかの理由で

生きる気力が出ない。



だから普通の人が普通に

できるようなことが、むずかしく

なってくる。



そうすると、周りからは、



「何だこいつ。怠けものじゃん」



などと思われます。昔は「うつ」の

症状は発症した本人にも

分かりづらいものだったので、

その心労ははかり知れないもの

だったと思います。



それは置いといて。



プノンペンのお化けのことを

話さねばならんと思うのです。



あの街はお化けがうようよ

いらっしゃいます。



そのほとんどは

ポルポト時代に

ひどい亡くなり方をした

人たちです。



まったく、ぜんぜん、

成仏していません。



そうしたお化けさんが

もうウン万と固まってます。



だから、よほどのバカでない

限り、その方面に関することには

近づかない方がいいでしょう。



もちろん、歴史を知るために、

トゥールスレン強制収容所とか

キリングフィールドとかに

いくのは、けっこうなことです。



ただ、触らぬかみに何とやら、

とはよく言ったものです。



本当に昔のことばはうまいとこつく。



テラの会の活動で、

慰霊ということをしています。



主宰である木村センセイの

意向です。



しかし、さまざまな経験をへて、

慰霊にも、やるべきものと、

やらん方がいいものがある、

と知りました。



簡単にいうと、慰霊をするべき

なのは、「私たちに関係ある」

ことごとについてです。



関係ある、あるいは恩を

感じなければいけない、

そういう、もうこの世にはいない

方々に向けて、やるだけにした

方が何かといいです。



もっとも慰霊するべきは

ご先祖さまでしょう。



だから、太平洋戦争で亡くなった

方たちを慰霊するのはもっともです。



そのときに迷惑をかけた

方たちへの慰霊も欠かせません。



ですが・・・



たとえばプノンペンのポルポト時代の

亡くなった方とか、



フィリピンのマニラの

スペイン人に監禁・虐殺された

方とかは、もう手に負えません。



それは、へんなたとえに

なりますが、



内戦などで瓦れきと化した街を、

「掃除するぞー!」と、竹ぼうき一本

もって一人で入るようなものです。



竹ぼうき一本の根性はいいですが、

現実的ではありません。



やはり瓦れきは、ブルトーザーや

何かで片付けるしかないのです。



何をいいたいかっていう話です。



マニラにせよプノンペンにせよ、

慰霊の心構えを知らなかったせいなのか

いたーい目にあいました。



当たり前ですが、慰霊も手探りなので

失敗もあります。



長くなりました。

プノンペンでした。



木村センセイのご意向にそい、

ウドンというプノンペン郊外の

たいへんたくさんの方が虐殺された

ところへ行きました。



じつはもうその前から私は、

どえらく体調を崩しており、

一時は救急病院に行こうかと、

保険会社に相談したくらいでした。



こういうとき、幸いにセンセイは

無事です。



のんきに散歩とかを楽しんで

おられます。



体調の崩れはとつぜん来ました。

何の気なしに入った、プノンペンの

朝食屋。



そこで、うまく言い表せないですが、

ずどーんと上から爆弾が落ちてくる

かのようなめまいに襲われたのです。



その目まいはものすごく、

目の前の風景がめっちゃくちゃに

なるほどでした。



だからウドンへ慰霊へは

行ける状態ではありませんでした。



それでも、もう予定は決まっているし、

倒れていてはどうしようもないので、

無理やり起きて行きました。



文字どおり、ゾンビーみたいな

半死半生の状態。



牛みたいにのろい三輪タクシーで

行きましたが、ほとんど上の空でした。



2時間くらいかかってウドンへ

到着しました。



ウドンへ入る道は、一本しかない。



その道に入ったとき、

なんだか知らないけれど、

ふわーっと天にものぼるような

感覚がありました。



そのとき一瞬だけ、来てよかったかな

と思いました。



そこで、いつものやり方で慰霊を

しました。



今になって思います。



触らなければよかったと。



あまりにも亡くなった方たちの

うらみや、辛い気持ちが大きすぎる。



それを汲み取る人も少ない。



だからきっと、慰霊に来た私たちに

わらをもすがる思いで、ついて来たのでは

ないでしょうか。



何が・・・?



言わなくてもお分かりでしょう。



問題はその後でした。



全てが終わり、プノンペンの

空港に行ったときです。



こんどは、爆弾というか、

何だろうな、生物兵器みたいなのが、

いきなり”どど~ん”と私に

落ちてきました。



うまく言えないのがもどかしいですよ。



ぎゅーんと熱が上がり、

売店に座っていたのですが、

もう話すことも、立ちあがることも

何もできない状態に。



そういう時、センセイは無事です。



だからいいのですが、まったく

私の状態は気づいてもらえません。



いわば、座ったまんま、

金しばりです。



そのまま死ぬかと、マジ真剣に

思いました。



こういう症状は、パニック障害とか

不安神経症とか言われるそうです。



しかしそんなもんじゃないとは

思います。



”お化け”です。



プノンペンを去ろうとしている

私たちに、追いすがってきたのです。



帰らないで下さい、

私たちはまだまだ苦しいのです、

助けて下さい・・・



そうした具体的な思いは

伝わってきませんが、

ただただ、もう死ぬゾーと

いうくらいに苦しいのですよ。



センセイったら、そんなとき、



「このハンバーガーまずいねぇ」

とかいいつつ、タバコを吸っている。



もう本当に限界、というときに

飛行機の時刻になりました。



やっとこビザにスタンプを押し、

カンボジアから出国した、

そのとたんです。



すーっと楽になったのです。



ほんとうに、「つき物がおちた」

とはこのことです。



ガラスの向こうの、カンボジアの

風景を眺めながら、よかった、

生きててよかったと本気で

思いました。




そのときに思いました。



プノンペンには、向こう3年間は

来るまいと。



トラウマってやつです。



そうして、センセイとは

充分にその後話し合いました。



するべきでない慰霊というのも

あるのだと。



それをした場合には、

必ず誰かが、えらい目にあうと。



もしも私がいなければ、

センセイが、七転八倒していたでしょう。



そしてその見返りはゼロです。

ただ、やらない方がいいぞということを

知るのみです。



だから誰にもすすめません、

慰霊は。観光だけにした方が

身のためです。



どうしてもしなくてはならない、

という場合は、する他ないでしょう。



ご先祖さまのことや、

自分に関係することは、

する以外にないです。



自分の部屋を掃除しないと

苦しむのは自分、というのと

同じです。



ああこれだけかいても、

私の言いたいことが

どれほど伝わるかしらねぇ。



しかし数々の苦い経験をへて、

テラの会の慰霊は、太平洋戦争で

日本人が関係したことのみに

限定するようになりました。



それから外れるようなことは

道からそれること。外道というやつです。



ほんとうにそのことは、

肝に命じておかねばなりません。



















のびのびボランティア紀行

ラオスの山寺にて。小僧さんと犬。




アジアの犬事情です。

興味のある方、ない方、

どちらともいえない方。



こんご、万が一必要になるかも

しれない情報です。



ぜひみていって下さい。



さて、アジアには犬がたくさん。




タイ語ではマァという。

インドネシア語ではアンギン。



そのほか犬をさす言葉のない

国はないのですが。



犬事情は、各国それぞれです。



たとえば、もっとも過酷なのは

ベトナム。



これは市場で食用に、売っています。

文化なので、そこは尊重しなくては

なりません。



「きゃぁ、可愛そう!」と思う方は、

ぜひ市場で犬たちをみんな買い求め、

アリゾナあたりで、放してやって下さい。



韓国でも、犬料理はあります。

これは寒い国なので、精がついて

いいそうです。



韓国人の友人がいうには、

「日本人だって、くじらとか、

いるか食べるじゃない」

ということです。



まあその通りです。



くじらLOVE!



で、タイは犬は食べません。

とても自由に、てきとうに、

放し飼いしてあります。



喫茶店の前などに、

ゆっくら~と寝てたりします。



その犬を、

「ここで飼ってるの?」

と店主にきくと、



「いんや。その辺の近所の犬だわい。

首輪ついとるから、飼い犬だろう」

とか。



てきとうです。

犬にとって、そんなバンコク、大都会で

放し飼いが、楽かというと、けっして

そうではなくて。



その辺の水たまりの水などを

のみ、細菌にあたって、

ほとんどの犬が、お腹をこわして

いるそうです。



またその細菌のパワーは

ハンパなく、かなりの数の犬が、

胃腸炎で死にます。



これはあんまりかわいそう、

ということで、野良犬や、

捨て犬を、病気から助ける

慈善団体まで存在します。



このあたりは、命を大切にする

「ナーソンサーン(可愛そう)」

文化の発達した、タイならではですね。



さてラオス。

ここってのは・・・



犬や猫にとっては、かなりリスキーな

国でして。



というのは、「家の犬(あるいは猫)」か、

「山の犬(あるいは猫)」かで、



食べる、食べないが違ってくるんです。

だから犬や猫からすれば、



「オレ、山犬とか、そういうんじゃないから!」



ということを、必死で主張しなくては

生き残れません。



山猫は、たぶん、かなりの希少種です。

それでも、山のものなら、「獲物」です。

食べていい。



だからなのか、しらないけど、

ラオスの飼い犬は、とってもよく

人間になついています。



いちど「飼い犬」のはんちゅうに

入れば、あとは安泰といっていいでしょう。



さてフィリピンですが・・・

じつは、あんまり犬を見かけないのです。



何でなのかなー。マニラでもネグロスでも、

犬を見た覚えがあんまりない。



それでも、路上で暮らす、チルドレンや

アダルトは、アジアでも断トツ多い。



もしや・・・!

まさかのまさか。



いやー、それはないでしょう。

いくらお腹へってるたって、

そんなことはしないでしょう。



でも、セブの港で、

小さなみゅーみゅー鳴く猫を、

ふつうに、ポーンと海に投げ込む

少年を見ました。



え!と目を疑ってると、まわりの人が、



「あの猫、生まれつき目が見えないのよ。

かわいそうでしょ?」



だって・・・

う~~ん。可愛そうだからって、

う~~ん。そういう解決策は、

できれば人間には適用して欲しくない、

っていうか・・・



ま! いろいろありますね。

国によって事情も違う。

こと犬や猫の扱いも、それぞれ

国によって異なるんです。



そうしたことを、まるごと

「OK」と思うのも、国際理解、

というものでしょう。



違うってか?

犬、だから、去ぬ(いぬ)。

古いことばで、バイバイって意味。



年の瀬、みなさま

身体にお気をつけ下さい。










のびのびボランティア紀行

遊ぶ子どもらの顔みれば、年末のかさかさした心も、すこし和らぐ




いきなり左耳が「きゅーん」

みたいな感じで、飛行機にのった

あとのようになる。



そして少しずつ音が耳の奥に

吸い込まれ、やがて完全にきこえなくなる。



そういうことが、このあいだありまして。



最近、お役所の人と面談する

機会が多く。



お役所の人は、人によりものすごく

仕事が遅くて、いかにも事務処理したくない、

という人もいる。



そういう人に、このあいだ当たった。



どうも、さきの選挙で敗れたM党の

つくった緊急財政ということで、

来期はあるかどうかもわからん

サービスの窓口。



いかにもイヤな顔をしながら、

私の書類をみつつ、こっちの

プライベートにかかわることを、

ずけずけきく。



サービスなんてものじゃない。

あれは尋問(じんもん)だ。

でなければ取調べ。



そうしたお役所とのやりとりを、

ここ1年ずっとつづけてきた。



それで、もう役所の人が、

やってくれそうか、だめか、

顔つきでわかるようになった。



その女性は、やらないタイプで。

またぞろ、要綱を指差し、

たらったら、たらったらと、

大阪の心斎橋付近なら

たこ焼き投げつけられても

おかしくないのろさ。



わたしは、あと30分後にアポがあると、

先を急がせた。


そのとき。ああ、もうこの長ったらしい

はなし、ききたくないな、と思ったとき。



きゅーんと左耳がきこえなくなった。



さいわいにして、落ち着いたら

きこえてきた。



やっぱり、突発性難聴の何割かは、

精神的なものじゃないかな。



こんな話、もうたくさん、という

身体の信号らしい。



私たち、一般ピーポーのための

政治と、お役所は、いつできるんだろう。

ほんとに。


のびのびボランティア紀行

ビルマの伝統料理。お茶の葉を、飲むというより、食用に使う。にんにくもガリガリ。元気が出そう




タイとビルマの国境の町、

メーソートの活動をアップしてるよー。



たまーに見に来て下さいな。



http://kimura-tenzan.com/tera-j/web-content/201211maesot/04.html



見てくれたら・・・

わたしもハッピーです!!





のびのびボランティア紀行

男性用のもありますよ(メーソートのメータオクリニックで)




さいきんウィンドウズ7ってやつに

変えた。



いや、変えざるを得なくなった。



たぶん、ウィルスに感染してしまい、

ウィンドウズXPを使ってたのが、

動かなくなってしまった。



それで、”7”を使って、

すげーとか思ってたら。



時代は”8”なんですね。



何かタッチパネルみたいに

画面をぴこぴこやれるみたい。



いいね、楽しそうね。



十数年前、はじめてタッチパネルを

さわった日を思い出す。



ほんわかカントリーサイドから

ちゃきちゃきアーバンシティサイドに

おのぼりした日だ。



東武東上線のチケット売り場で、

タッチパネルをさわった。



何回、ぴこぴこやっても、

「190円」が押せない。



いっしょにいた、

北関東から来た知り合いも、

ぜんぜんだめだった。



そうしたら後ろから中年男性

(つまりおっさん)の怒声が。



「何もたもたしてんだ!

後ろつかえてんだろ!」



あたふたしながら、

人がいなくなるまで

待ったあの日。



そんとき思った。

都会人って冷たいなと。

それももとから住んでる

人より、後から来た、

元おのぼりさんが、いばる。



自分も昔はタッチパネル

押せなかっただろうに。



何回ぴこぴこしても

ぜんぜんだめだったろうに。



もっと優しくならなければね。



本題からだいぶそれ、

それたまんま、終わります。








のびのびボランティア紀行

メーソートのメータオクリニックの患者さんに。タオルを支援しました。




そろそろ日本の寒さにも、馴れました。

そこで、タイとミャンマーの国境での活動を、

少しずつアップ、させてもらっています。



すでに3回ほど、その町では活動しています。

メーソート、あるいはメソトといいます。



やっと重い腰をあげて、開放路線へ

かじをきったミャンマーですが、

まだ少数民族との和平交渉は

済んでいません。



その戦闘をのがれ、タイ側に

大挙して押し寄せる、少数民族の

難民に、支援しました。



すこーしずつ、ゆっくりと

アップしていきます。



語り出したら長くなってしますので、

このへんでやめておきます。