いよいよ出ました。


木村天山の占いサイト、「霊学推命占」


一部無料で見れます。


忘れられないあの人のことなど、占ってほしいことは
たくさんあるでしょう・・・


ちなみに占い師としての木村天山は、現在一般のお客さんを
見ていません。


そういう意味では、誰でも気兼ねなく木村天山に占いを
お願いできる、便利でお得なサイトです。


しかも一回の料金が安い!


木村天山の占いの標準料金の10分の1以下です。

ますます占ってもらいたくなってきたはず。


そんなあなたはこちらをクリック↓


http://www.nifty.com/tenzan/

冷やーとしたって。

冷やーと。


何が?


テラの会のホームページが、

いきなり見れなくなった。


なんか英語で、どことなく美人の

パツキン、ブロンド、青い目の

ねいたんが、


Cash credit %'#"((==~~


とかいってる。


昨日まで見れたテラの会

ホームページが、

何でいきなり毛唐(あまり品よくない差別語)

にのっとられてんのか!?


焦りまくっていろいろ調べた。

なんてことなかった。

単にドメインの契約期間が切れてただけ。


でもさ、FC2さん利用してるけど、

事前にメールのひとつも

くれてよくない?


なんてグチをいってる、GW明けの

一日。


いまセンセイはパラオで

ゴーストバスターズ。

この間行った、タイとミャンマーの国境の街、メーソート。


そこにはミャンマーの戦乱を逃れてきた

避難民が数十万人単位でいる。


難民キャンプや、施設もたくさんある。


しかしキャンプへ行くには、山また山の

悪路を越えていかないといけない。


それに、いちおう許可証を

もらわないと入れない。


といっても、とても広いキャンプなので、

どこからでも出たり入ったり出来ると

いう話だけど。


テラの会は、キャンプまで行かず、

メーソート市内からあまり遠くない

施設をまわって活動した。


その様子を、少しずつアップし

はじめた。


見てみて。


メータオクリニック難民患者へ衣服手渡し



これからちょっとずつ出していくので、

ときどきテラの会ホームページに

来てみるといいよ。








テラの会は、タイ・ミャンマー国境メーソートでの、
ビルマ人難民支援を終えて帰国しました。

東日本大震災の後、被災地で活動するべきでは
という葛藤を抱えたまま、日本を出ました。

全ての航空チケットや、その他協力者の方との
手配を地震前に済ませていて、もし中止したら、
何ひとついいことはないと判断したからです。

この時期に日本を出て、タイという国で、
どんなふうに今の日本が見られているかを、
肌身に知るよい機会になりました。

タイでは、道ばたの物売りのおばさんからも、
日本は大丈夫か、ときかれました。たいへんだね、
でも、タイは日本を応援するから、大丈夫だよ。
といってくれました。

その他、大勢のタイ人から、はげまされました。

日本は、無視されてないんだな、とわかって、
孤独感が少しづつうすれていきました。

メーソートでビルマ人難民たちの現状を
知れたのも、よい経験でした。

ほんとうに酷い有り様です。

現在ビルマは、ほぼ内戦状態にあります。

着の身着のままで逃げてきた、としはの
ゆかぬ子供たちが、栄養不足で、
立っているのがやっとなのを見ました。

いま日本がたおれると、アジア全体にとって
よくないのだ、と思いました。

日本の安定状態が、一刻も早く訪れることを
願います。

更新が遅れて、ゴメンね、ゴメン!

何度も謝られると、逆にいらつくかな。

ごめんなさい。


フィリピンのビサヤのこと。

まとめると、


・ビサヤは関西

・ビサヤはおいしい

・ビサヤは意外な落とし穴がある


さいごの一項目、ビサヤは意外な

落とし穴がある、ということについて、

最終回は、言おうと思う。


これまでほうぼうを旅していて、

ほんとうにはじめての経験だった。


帰る一日前になって、

もうすっかり安心しきっていた。


ファーストフード店でかるい夕食を

とり、ホテルに帰っていると、

とつじょ目の前が真っ赤に染まった。


火事だ。


ひとびとが火事場見物に

どんどん集まってくる。

火勢はつよく、夜空がごうごうと

燃え上がっている。


火のもとは、教会の前の

マリアの泉だった。


ひっきりなしに信者たちがろうそくを

ともしてお祈りするので、

たれたろうそくがどんどん溜まり、

限界に達したところで、引火した。


爆発といっていい。


すぐ隣りは、みんな木造の市場。

道をはさんで向かい側は、

わたしたちの泊まるホテルだ。


もし火が移ったら、町は全焼しかねない。

そんな状況なのに、みんなぼーっと

見ている。


やがて消防車が来た。

消火剤がぶっかけられて、

ようやく鎮火に向かった。


やれやれとホテルに帰って、

なんとなくいやな予感がした。

ふと、帰りの飛行機の

チケット控え書を見てみた。


日付、行き先・・・


なぜだかセブパシフィック航空の

チケット控えは、字がものすごく小さい。

それに、印刷があらいので、読みにくい。


よくよく見ると、

なんと今朝の9時に、すでに飛行機は

セブ島に帰っているではないか。


つまり、9日の朝、と予約していた

はずが、8日の朝、になっていたのだ。

さーっと頭から血が引いていった。


セブパシフィックは、週に3回しか

とんでない。


だから、次の便にのったとしても、

セブに帰るのは3日後になってしまい、

あさっての日本へのフライトに

間に合わない。


どう計算しても、明日中にセブに

着いていないと、日本に帰れない。


センセイに、落ち着いてきいて下さい、

と前置きして、この事態を伝えた。


センセイは、何ともいえない顔をして、


「あんたにまかせるよ」


とだけいって、そのまま布団を

ひっかぶって、寝た。


あと2時間以内に、なんらかの

手をうたないと、かなりまずい状況に

ある。


それなのに、いびきをかいて

センセイは寝た。


わたしは、その姿を見て、逆に

安心した。


すぐに、セブパシフィックのチケットを

とった会社の支店に向かう。

さいわいホテルの裏にあった。


しかし閉店後で、警備員と何とか

やりとりし、中に入ってカウンター係り員と

押し問答するも、


「あらまあ。もう今朝いっちゃったわよ」


と、わかりきっていることを、とても親切

そうに教えてくれる。


予約したときに、確かに9日と書いたのに、

8日のフライトをとったのは、あなたの会社だ。

なにか他の方法をとるか、返金するか、

できないのか。


「返金は無理ね。もうとんじゃったもの。

他の方法というなら・・・」


まずどこそこの町までバスで行って、

そこからタクシーにのって港へ、

そしてうんたらかんたら。


まったくらちが明かない。


時間を無駄にするわけにはいかなかった。


すぐに店を出て、もう最後の手段、

ストレートに、ホテルのカウンターの

女のひとに、


「ヘルプ・ミー!」


とものすごく哀れっぽい顔で頼んだ。


飛行機チケットがちり紙同然に

なってしまったいきさつを手短に

話し、ずばりどうしたらいいか、きいた。


「それはたいへんですね」


と全くたいへんじゃなさそうに言う彼女。

それでも即座に、フェリー会社に電話

してくれた。


フェリーなら、この2時間後、夜12時に

ネグロスを出発し、朝の8時に着くという。

チケットもまだあることがわかった。


「じゃあ今すぐ港へチケット買いにいきましょ」


と彼女。


そのままの格好でホテルの仕事を

ほったらかし、私と三輪タクシーで

港へ向かった。


港はすぐ近くにあった。


おんぼろの、フィリピン語しか通じない

チケット売り場で、彼女の助けを借りて

一等寝台を二人分予約できた。


ざら紙に、ボールペンで書かれた

小さな乗船券だった。それが今のところの

頼みのつなである。


彼女がわたしと歩いていると、

まわりに座る港の男たちから、

冷やかしの声がかかる。


「オーイ。外人の恋人かよ」


「違うよ、困ってるから助けてあげてんの」


みたいなことをいいつつ、

男に笑いかけ、男の腕をさする彼女。

まるで恋人同士みたいだった。


帰りの三輪タクシーで、きいてみた。


「あのひとは、彼氏なんですか」


「あはは、違いますよ。トモダチ」


ビサヤでは、親しい間がらだと、

ボディコンタクトがかなり熱いと

知れた瞬間だった。


ホテルにもどり、タクシー代も彼女が

払った。


そのまま、


「じゃあ、わたし仕事上がりますから」


と立ち去りかける。ここまで助けて

もらって、さらにタクシー代まで出して

もらい、何も言わずに去ろうとする

彼女に、ビサヤの人の情け深さをみた。


さすがにタクシー代だけでも、

と渡すと、いらないのにと言いつつ、

さいごは受け取った。


ビサヤや、ネグロスのことが、

いっぺんに好きになった。


そして2時間後。


わたしたちは港に着き、

フェリーへ乗ろうとしていた。


折りしも外は雨。

海はしけて、フェリーはゆっくり

揺れていた。


真っ黒な海面を下に見つつ、

危ない戸板をわたって乗船する。

デッキにはびっしりと寝台があって、

三等チケットの人たちは、

ふきさらしの海風の中で

出発を待っている。


一等の部屋は、船倉のいちばん下

だった。


一等とは言っても、寝台はたたみ

半畳分ほど。エアコンがついてるだけ

ましという代物。


やがてぶるんとエンジンが回転を

はじめ、フェリーは陸から離れていく。


とたんに気持ちが安らいできた。


旅は道づれ世は情け。


どんなことが起きても、ひとの優しさに

助けられて、何とかなるもんだ。


輸送船でフィリピンに来て、終戦後

日本に帰った昔の日本の兵隊たち

の気持ちが、少しはわかった気がした。


帰れなかった人も大勢いる。

フィリピンの土になった人も大勢いる。


朝、夜明け前に目をさまし、

まわり360度大海原の船のうえ、

水平線からのぼる朝日を見た。


たとえんかたなく美しかった。


自然と、軍歌の海ゆかば、を

口ずさんでいた。



   陸ゆかば 苔むす屍 

   海ゆかば 水漬く屍

   大君の辺にこそ死なめ


そして、日の本の国で生まれ、

日の本の国へ帰るべき魂のことを

思い、しずかに手を合わせた。


(終わり)


ビサヤの旅、ずいぶんご無沙汰してます。
すでに忘却の彼方かしれません。
とくにグラグラ、ユラユラした方は。

なので、あらすじからはじめます。

去年の11月ごろ(あー、なんと遠い昔の気がすることか)
テラの会はフィリピンのビサヤあたりで活動してた。

フィリピンは、ものすごく大雑把に分けると、
北の方のルソン、真ん中あたりのビサヤ、
南の方のミンダナオの三つになる。

たくさん島があるので、一口でいえないけど。

ざっくり言って、ビサヤってのは、関西。
首都マニラがあるルソンが関東なら。

そこのセブ市に飛行機で行った。
その後、また空を飛んで30分でネグロス島の
ドマゲッテへいった。

本当はまったく別の町、バコロドへ行こうと
思っていたのに、大ボケをかまして、
ドマゲッテへ行ってしまった。

もちろん誰もつっこんじゃくれない。
ビサヤは関西にも関らず。

で、気を取り直して活動。
川沿いのスラムで衣服を手渡した。
そうして、ドマゲッテさいごの日を
迎えたはずのわれわれだったが……



「嵐の前のイタ飯」 フィリピン行くならビサヤへござれ 23





さて、活動も終わり、一日よくホテルで休んだ。
ドマゲッテは意外と開けたところで、ビーチ沿いには
しゃれたイタリア料理店とか、日本の焼き肉屋もある。

スーパーもある。マクドナルドや、KFCも。
日本の地方都市と、なんら変わらない。
何しろネグロス島は人口600万人。

その中で一、二を争う大都会ドマゲッテだもの。

そこでわたしたちは、少し気取って、イタ飯を
食べにいった。といっても、センセイはジャスト
前のあのへんが破れかけたタイパンツ、
コータはすね毛はみだす半パン姿だけど。

きどって、ヒレ・ステーキとか、カビくさいチーズ、
マカロニみたいなパスタなんどを、食べてみた。
セブ島でもそうだったけど、パンのおいしいことったら。
小麦粉ってのはこう練るんだっ、と言いたげに
こんがりのパンが美味。

そんな風に、ちょっぴり旅気分を味わっておったのです。
あの瞬間までは…

ビーチをぶらぶらもしてみた。

するとドマゲッテの家族たちが、楽しげに
海で泳いでる。

アハハ、ウフフと家族だんらんの、心温まる風景だ。

ちょっとじーんとしつつ、海ぞいの堤防を歩いて
みた。

すると。

何することもない、兄ちゃんや、おじちゃんたちが、
そのへんで座ったり、寝転んだりしてる。

どうやら、酔っぱらってるらしい。
そうして、そんな場所にはよく漂ってくる、
つーんと鼻をつく臭いが(匂いじゃなくてね)。

ズバリといって、小と大の混ざったかほりがする。
潮のにおいに混じって、人類共通の、とある感覚を
想起せしめる、あの臭い。

ぼけっと見てると、お兄ちゃんや、おじちゃんたち、
ときどき起き上がって、ふらふら海へ行く。
そのまま、立ったり、しゃがんだりして…

人として当然の営みを、そのへんでやってるのです。

はっとして、もときた道をふりかえると、
ほんのすぐ近くで、さっきの家族づれが、
まだ楽しげにいそ遊び。
ジャブジャブ泳いでる。

潮の流れは、こっちから向こうへいく。

とうぜんのことながら、お兄ちゃんやおじちゃんの、
プッカリプッカリ浮くヤツが、家族の方へ…

家族! 危機!

それなのに、カゾクは、全く気にしない。
ウフフアハハと海水浴に夢中。
さすがに、このわたしは、いっしょにお楽しみに
加わる気にはなれなかった。

よくまわりを見渡すと、チュクチュクパッパの
フィリピン人カップルも、海に落としたいほど
たくさんいる。

そんな夕暮れのビーチに、あの臭いが、
つーん、ぷーん。

平気で家族だんらん、ロマンスにひたれる
ビサヤのひとびと。よっぽど肝が太いなと、
少し尊敬した。

そんな、どうでもいい観察も、ふっとぶ
ハプニングが起きるのである。


(つづく、めげない)
テラの会の活動で、6年間くらいアジアを
旅ばかりしてきた。

その中でいろんな人に出会った。

ときには、歴史への考え方の違いで、
ひどい喧嘩になった中国人の子もいた。

そんな人たちから、ぽつりぽつりと、
大丈夫かというメールが届く。

素直に、その思いやりを受け取ろうと思う。

同情するならカネをくれ!
とたたきつけてもいいんだろうけど、
やっぱりわれも人の子。

ふつうの、何ということもない、
気づかいのひとことが、やっぱり嬉しい。

とくに、いま日本は、経済や政治の面で、
とてもあぶなっかしい。

今までは、必死に経済成長してためたお金で、
国際的に、なんとか存在をアピールしようと
してきた。

たくさん、たくさんの援助金を、
世界中にばらまいてきた。

それも一重に、日本の気持ちをわかって
欲しかったからだと、いまは思う。

孤立したくないのだ、と。

誰も一人じゃ生きていけないのと
同じように、国だって、一国じゃやっていけないんだ。


それぞれの国の政府が、本心でどう思っているかは、
わからない。国際政治は、そんなに甘くない。

いまの日本は弱った鹿みたいなものだもの。
これがサバンナだったら、ライオンなら病気や
子供の、弱い動物から襲う。

国というのは、政府とか権力に近くなればなるほど、
ケモノじみてくるもの。弱った日本から、奪い尽くそう
と考えるのも自然なこと。

でも、ひとりひとりの人間は、良心をもっている。
弱ってしまった日本人をみて、可哀そうだと思う人も
たくさんいるのは、絶対確か。

もしかしたら、世界の日本を見る目がいま、
かわっていってるのかもしれない。

わたしは忘れない、
終戦直後、戦前よりもひどくなった食糧難のため、
タイ国王がわたしたちを助けてくれたことを。

アメリカのプロテスタントたちが、日本の復興の
ために莫大な支援をしてくれたことを。

アフリカのエチオピア皇帝でさえ、日本を
助けてくれたことを。

日本は、滅んでしまうには惜しい国。

世界がそう思ってくれるといいのにな。

いろんなガセネタが届く、
国際支援ボランタリー、テラの会。

その中でも、これはゼッタイ100%、
正真正銘の、混じりっけのないガセネタだ、
と思うのが届いたので、ご報告を。

「海底人が攻めてくる」

こんかいの地震の震源地近くには、
海底人の都があった。

海底人とは、約1万年まえ、まだ日本列島と
ユーラシア大陸が氷河でつながっていたころ、
大陸から渡ってきた現・日本人に追われて、
海底に逃げ込んだ人たちのことだ。

彼らは、高度な科学技術をもっていた。
現在、日本の水が世界一おいしいのも、
彼らが山を改造して、おいしい水をつくる
装置をあちこちにつくったから。

そんな争いを好まない彼らなので、
1万年前に現・日本人が侵入してきたときも、
いっさい戦争をしなかった。

彼らは、ひっそりと海底に都をつくって、
引きこもることにした。

1万年も海底で暮らすうちに、彼らの
身体は水陸両用に進化していった。もちろん、
自然な進化だけではなく、彼らの進んだ
化学技術で遺伝子を少しずつ操作していった
結果である。

その、性根のやさしい海底人が、とうとう
日本列島を取り返すべく、決起した。

というのは彼らの都は、日本人の海底探査船に
見つからないように、海底プレートのわれめの
奥深くにつくってあった。

こんかいの地震は、まさにそのプレートでおきた
ので、都は壊滅してしまった。

もう海底人に海の底で暮らすのぞみは断たれた
ので、1万年ぶりに撃って出るしかなくなった。


彼らがもっている武器は、ただ一つ。

まだ人類には発見されていない放射線、
セクシウム21、を放散する掃除機みたいな
機械だけ。

セクシウム21の人体への影響は、しかし
あなどれない。セクシウム21を浴びると、
男なら、おちんちんが縮み、胸が膨らむ。

女なら、股間から何らかの棒状のものが
伸びてきて、胸はちぢむ。

なぜ海底人がセクシウム21の発見に成功
したかというと、海底では人口が少なかった。
だから、時代によって、男ばっかりになったり、
女ばっかりになったり、かたよりが激しかった。

そんなとき、民族の危機を救うため、
セクシウム21を自ら浴びることで、
男が女になり、女が男になってバランスを
とることで、なんとか生殖行動をとり、
今まで生きながらえてきたのだ。

海底人は、セクシウム21をたくさん詰めた
タンクを背負い、手に手に掃除機みたいな
ものを持って、だいたい横須賀か、東京湾
付近から上陸する作戦を立てている。

すでにセクシウム21は、事前に日本に
潜入したスパイによって、ためされている。

さっこん増えてきた、草食系男子や、
「男くいてー」とか平気で口にする、
肉食系女子は、そのセクシウム21を、
微量ながら浴びたためである。

このままでは、日本人は、海底人の
侵攻をおさえきれず、みんな男は女に、
女は男になってしまうだろう。

だが、望みはある。

海底人は、あくまで平和的な解決を
求めている。

1万年まえのことをわび、彼らに住める
湖やダムを提供することを約束すれば、
悪さはしないだろう。

いま、われわれは重大なケツ断を
せまられているんである。

(報告終わり)

テラの会総本部(風呂つき、電子レンジなし)
は横浜にある。

だから、東北関東大地震のときも、
部屋中めちゃくちゃになった。
さいわいに怪我人はなく、片付けも
わりに早くすんだけど。

そうはいっても、いまだに余震は
つづくし、けっしてルンルン気分では
ないことは、認めざるをえない。

そんな中でも、やっとこ「ルン」
くらいの気分をとりもどしつつあるのに…

水をさすのが、地震関連のガセネタ!


ほんとかウソか確認のしようのない
情報が、いろんなところから流れてくる。
いままでにきいたガセネタをまとめると;

1.千葉の化学工場が爆発して、有害化学物質の
混じった雨が降る。傘やレインコートを着ないとヤバイ。

…あのな、有害物質混じっとっても、
混じっとらんでも、雨降ったら傘さすし、
レインコートくらい着るわい!

余計なお世話じゃ!


2.国会審議が止まったのは、関東に
放射能が来るので、議院が南にみんな逃げて
いるから

…逃げたいやつは逃げればいいんだい!
一般市民は逃げてられない。こんな一大事
なんだから、たらたら審議なんかやってられ
ないだろさ。審議中止は当然だ。

3.今回の地震は、米軍のH○○という地震兵器の
仕業であるのを、政府は公表しない

…兵器だろうが平気だろうが、地震があったのは
じじつだし、津波も来て後始末がたいへんなんだ!
(いまも余震来た)
そんなこと噂してる場合か。

こういうガセネタ、大ッ嫌い


なぜなら、広めてほしい、とかチェーンメールで
くるけど、事実かどうか確認のしようがなくて、
たんに不安をあおられる結果にしかならない。

みんな不安をかかえてるんだから、
いま必要なのは、心を落ち着けること。
落ち着いてないと、いざというとき、
冷静な行動ができない。

ガセネタを流すひとは、自分の不安を、
他人に押し付けているとしか思えない。

モウイヤ。
地震関連ガセネタ、
いりません。
海外の協力者たちから、ぞくぞくと
安否を気づかうメールが届きます。

ほんとうに嬉しいです。

最近の災害は、地球規模の大きさだから、
国際的に協力しあわないと、乗りきれません。

食料不足、水不足、その他、
こんごもどんな災難が待ち受けているか
わからない。

そんなときに、海を越えて心配して
下さる方が一人でもいると、どれだけ
心づよいことか。

テラの会の活動をつうじて、
そんな心と心で通じる関係を
きずけていることは、とても
運のいいことだと思います。

これからも、国際社会からの注目と、
支援とを望みます。

「好き」、の反対は、「嫌い」
じゃなくて、「無関心」。

日本人は、孤立したくなければ、
海外に関心の目を向けましょう。

相手に気づかってもらうためには、
まずこちらが相手に関心をもつこと
だから。