秋の夜長につい、夜更かし

してないか?


ちゃんと歯みがいて寝ろよ。


と、ヒトのことは言えない私も

夜更かしばかりの今日このごろ。


夜更かしといえばテレビ。


一昔前は、ゲージツの秋とか

うそぶいて、日本文学全集を

よみふけった秋もあった。


とおーい昔のこと。


はっきり言おう。


日本文学全集より、

志村けんのテレビ、

「志村軒」の方がだんぜん

面白い!


あ、いますごいことに

気がついた。


もしかして、「志村軒」

って「志村けん」とかけてるの?


いや、やっぱり寒くなると

頭冴えてくるわ。


今の今まで気づかなかった。


そんな私は、毎日考えている。


「あなたの尊敬する人は誰ですか?」


と質問されたとき、


ジャッキー・チェン


と言おうか、


志村けん


と言おうか。本気で悩む。



私の中で、ジャッキーと志村は

まさしく同格。


なぜなら、もの心ついた時から、

ジャッキーはジャッキーで、

志村は志村だった。


そして、2×年たった今も、

ジャッキーはジャッキー、

志村は志村だ。


これってのは、すごいことだよ!?


そんで本気で悩むわけです。


自分の中で、ジャッキーと志村、

どっちが上だろうかと。


公平に比較するに、二人には、

「若かった」ころがある。


ジャッキーは、若いころ

『酔拳』とかを撮っていた。


カンフー映画の名画中の名画。

いまなお人気はおとろえない。


しかるに志村けんは、若いころ、

『八時だよ全員集合』に出ていた。


テレビ史上空前のモンスター

番組。番組中は、どこの風呂屋

からも番台さんがいなくなったという

(ふたたび広タ苑ヨリ)


いま『酔拳』や『八時だよ』

を見ると、二人とも若い!


とくに志村けんは、きわだって

若い。くちびるなんか、紅色してる。


そんなこんなで私の物心つく

80年代前半には、二人のキャラは

完璧に出来上がっていた。


そのまま、すさまじい香港映画界の

風雪に耐え忍び、また日本芸能界の

芸人を使いつぶす鬼のような厳しさに

耐え、二人は今でも、


ジャッキー・チェン


であり、


志村けん


なのだ。

すごい。


もしも今、私が力のある映画

プロデユーサーなら、「ゴジラ対キングギドラ」

みたいな感じで、


「ジャッキー対志村けん」


を撮影するだろう。


ジャッキーの年をとっても

衰えを見せないカンフーに、

志村けんのコントがどこまで

通用するか。


ぜひ見てみたい。


ちなみに志村けんには、

ニアミス情報がある。


私の友人の女性、Tさんは

むかし、青山通りで志村けんと

ニアミスした。


今ではまあ、ふわふわっとした

体型のTさんだが、当時は、

腰はきゅっとしまって、

顔は小顔、ととのったフェイスと

誰もがふりむく超絶美人だった。


子供二人をつれていたTさん

だったが、子供が志村けんを

めざとく見つけて、さわぎだした。


すると、青山のカフェでお茶して

いた志村けんと、ガラス越しに

目があった。


志村けんはサービス精神旺盛で、

わざわざカフェから出てきて、

Tさんと握手してくれたという。


なんとファンサービスの行き届いた

志村けん。


だがしかし疑問は残る。


果たしていま、ふわふわっとした

体型のTさんが、たとえガラス越しに

目を合わせても、


まったく気がつかず、お茶を

飲みつづけるんじゃないかと・・・


これは志村けんが変わったのでは

なく、Tさんが変わったのである。


だから志村けんは無罪だ!


いまなお、私が子供のころ

「新発売」だったけんちゃんラーメン

をプレゼントし続ける、

志村けん、


やっぱりジャッキーより、

志村けんの方が偉い!


・・・気がする。






年末がせまり収支に困窮したテラの会は

家財道具売り払い寿町へ引っ越した・・・


というわけではないので安心してな。


寿町というと、日本3大ドヤ街のひとつ。


もう2つは、たぶん東京の三谷と

大阪の西成だった。


ドヤ街というのは何か。


明日のジョーが泪(なみだ)橋を逆に渡って

力石徹と死闘をくり広げたドヤ街。


ジョーの所属するジムは、ドヤ街にあった。


丹下ダンペイ(ジョーのコーチな)はジムの

経営にも金銭的に困っており、

ときどき日雇い労働に出かける。


そう、ドヤと日雇いは、切っても切れない

関係にあるわけだ。


ドヤとは、簡易宿泊所がかたまった

「宿街」→「ヤドガイ」「ドヤガイ」

となった (広タ苑より)


ドヤの寿町には道路で寝てたり

昼間から酔っ払ってる人がいたり

する。


そんなところには日本の高度経済

成長を下から支えてきた人たちが

わんさといる。


寒くもなってきたこのごろ。

季節が変わるたんびに、

寿町へ行き、衣服を渡してきた。


もう顔なじみになったおいちゃんもいる。


センセイは、「かしら」だの「アニキ」

だのと下におかない扱いを受けている。


もう海賊たちがジャック・スパロウを

尊敬するまなざしと全く一緒。


寿町では「顔」になりつつある

センセイ。


たぶん野田首相に会うとしても

着ていくと思われる銘柄物着物で

ドヤにも行く。


そういうところがセンセイの本領発揮かな、

と最近は思えてきた。


そのうちテラの会のホームページで

その様子ものせるので、見てちょーだい!


最後になりますが、

今回の報告で、もっともワタシの

皆さんに伝えたかったことは、


『明日のジョー』の漫画版は

チョー名作だ、ということ。


アニメ見て『ジョー』知ってると

思ってちゃあ、木を見て森を見ず

ってものよ。


ぜひ、ぜひ漫画の方を見て下さい。

ちばあきお原作、必ず泣けます、

笑えます。


丹下ダンペイの意外な気弱さも

知れて、一挙両得。


ちなみに漫画のなかでは、

丹下は、いっかいも


「立て、立つんだ、ジョー!」


とは叫びません。

むしろジョーが何回たおされて

顔ぼっこぼこになっても

まだ立つ姿にどんびきし、

後ろを向いてめちゃ

気まずそうにします。


『明日のジョー』、

読んどけ~






沈没はまずいですよ、

バンコク知事さんに、インラック首相!


いまバンコクは、北から洪水の

水が押し寄せてきて、かなり

やばい状態にある。


チャトゥチャック、ラップラオが

次なるザブザブの標的とか。


かつてバンコクにいたころ、

よく行ってたところだ。


チャトゥチャックは、おっきな市場。

ラップラオは、たくさんアパートがある。

水没したら、やばい。


それも、その地域が水没するって

ことは、バンコクの中心部もまもなく

ザブングルじゃないか!!


インラック新首相は、テレビの

インタビューで、


「あと二週間したら、もとどおり、

ほほえみの国タイにもどりますドキドキ」


とスマイルサービス過剰で

おっしゃっとりますが、


ほんと~か~!


おらぁ信じられんど。


まだアユタヤの工業団地は、

2.2メートルの冠水。

それじゃ、マイケル・ジョーダンでも

足つかないプールじゃないか。


今月末、またバンコクへ

行くテラの会だけど、

誰かぷーっとふくらませる、

ビニールボート持ってない?


最悪それで移動したいから。


はー、大丈夫か。

ホントに・・・






これまで、たくさんの、

貧しさの中で暮らす人を見てきた。


せまい区域から出られず、

できる仕事も少ない。


彼らは自分のせいで、

そんな境遇にあるわけではない。


日本も含めて世界中が、

お金を求めてアクセル全開で

走っているのに、


彼らにはレースに加わる

機会さえない。


地球の人口は70億に達したとか。

その中で、物質的豊かさに

恵まれた人は、何人いるだろう。


少しでも、貧困を減らしていく、

そのために、みんなで知恵を

しぼらなくちゃならない。


とはいっても、私も具体的な

アイデアなんて、持ち合わせない。


それでも、想像力だけは、

決してなくさないようにしたいと思う。






バンコクは、私たちの東南アジアに

おける活動拠点です。


いつも、周辺諸国へいくとき、

必ずバンコクを通らねばなりません。


また常宿にしているアパートも

バンコクにあり、はなはだ大事な

街です。


そんなバンコクが、浸水しそうだという。


困ったことです。


このあいだタイへ行ったときも、

ずっと雨が降ったり、止んだり。


例年なら、もうそれほど雨は

降らない時期なのに。


タイ人の友人は、洪水のことが

心配で、考えすぎで頭が痛いと

いってました。


場所によっては、

首より上まで水につかった状態から

2ヶ月以上、水がひかないとか。


バンコクがいつか浸水する、

という噂は、ずっと長らく

市民のあいだで語られてきました。


あと20年以内にそれは起こる、

といわれてきましたが、

まさかこんなに早くその時が来るとは・・・


とにかく困りものです。


去年の反政府デモの混乱につづき、

今年は大洪水・・・


タイなかんずくバンコクは、

災難つづきです。


私も心配です。









ふたたびタイを訪れた、テラの会。
タイに来るのは数え切れないほどなので、
もう何もおどろくことはない
と思っていた。

とーころがどっこい。
やっぱりタイは常識をぶっとばす国である。

ある日、タイ人の友達と屋台ラーメンを
食べた。

タイの屋台ラーメンは、麺の種類が最低
5種類、汁も2種類、はては汁あり、汁なしと
いろんな組み合わせができる。

4人分のラーメンが運ばれてきた。
自分ことコータは、タイはなれていると
思い込んでいる。

だから、四つの調味料も、
玄人っぽく入れる。

砂糖、酢、ナムプラー、刻み唐辛子。

ちょっとずつ入れて、
味見をして、これでいいと思ったら、
ばくっといくわけ。

とつじょ、となりの友達が、

「味見させて」

といって、スプーンで一口
私の汁をすくってなめた。

まずっ!!
とでもいいたげに眉をしかめ、

「味無いじゃん」

という。

そういうアンタは、と味見してみた。

濃ゆっ!!

ナムプラーの入れすぎで、
水でうすめないと食べれない
くらいに濃い。

はっきりいって異常。

もしやと思い、もう一人の友達の
汁を味見してみた。

あんま!!(甘い×100)

砂糖の入れすぎで、
ラーメンというより、おしるこ。

はっきりいって狂ってる。

それだけでも充分びびるのに、
目の前の女の友達が、
一かじりするだけで、しばらく
目をつぶって禅僧みたいに
火もまたすずしと我慢するしかない、
そんな唐辛子をば、
一個まるごとスプーンにのせる。

その前に、かに味噌みたいな、
めちゃくちゃくっさい物体を
たっぷりつける。

その唐辛子の上に、もやしや
麺などをのせて、一口で、
ばくり。

ごりごり噛んで、
丸呑みだ。

信じられん。

それでも彼女は額にふた筋くらい
汗をかいただけで平然としている。

「あんた、大丈夫か」

ときくと、質問の意味さえわかってない。

またも、青唐辛子の、
噛んだらしばらく足の小指を
カドにぶつけたみたいに
うずくまるしかないものを、
カニ味噌につけて、そのまま、
ポイと口にほおる。

3個目、4個目といく彼女。

いったいどうなってるのかな。

友達に、これが、いわゆる
一般的タイ女性の食べ方なの、
ときくと、

「うん、アタマはまともじゃないけど、
食べ方はまともだよ」

とくる。

アタマはまともじゃないって・・・

ともかく、今まで私は、
タイ人は唐辛子は辛味を
つけるだけで、食べてる
わけじゃないと思っていた。

まったくの誤解でした。

あの人たち、ぶぁりぶぁり
食べまくってます。

カプサイシンの取りすぎです。

世界保健機構から注意が
入るのも遠くない未来だろう。

タイ人は唐辛子を食べすぎだと。

フィリピンから帰って

まだ生がわきのシャツをば、

また着て行きます、


こんどはタイとビルマの国境へ。


これまで2回行ってます。


なれたもんです。


それで調子にのって、

今回は、もう一人つれていきます。

それも花の女子(おなご)を。


旅に娘っ子をつれてくって

言ったら、誤解を招きかねません。


ことわっておきますが、

女子と言っても、孫もいる方なので・・・


だからって女盛りが終わったわけ

じゃありません。


まあ下り坂っていえば、

その通りですが・・・


いつもは日本にいて、

私たちの留守をまもって

下さっている方で。


こんど行くのは、メーソートと

いう街だというのに、

何回言っても、

ご自身のブログに、


メンソットだの、

なんだのとお書きになる。


だからメーソートだと言ってるのに!


メンタームとか、

メンソールとかとごっちゃに

なっているんでないか!?


それがテラの会代表の

センセイにしてからが、

おのれのブログに、


「バナナ畑で暮らす家族」


と書こうとして、


「ハバナ畑で・・・」


と書いていらっしゃる。


バナナとハバナじゃ大違いだ。

それこそフィリピンからキューバまで

地球ぐるっとまわってしまいます。


それも大真面目で書くから、

なんというかこう、

こけるんだな。


そんなお二人プラスわたくしの

三人で行って参ります。


ちなみにお二人は、

話し出すと必ず暴走し、

私でさえ入りこめない

ディープな世界に行って

しまわれる。


その話しったら、

乙女さんなら聞くだけで

子をはらみそうな下ネタで・・・。


まあ無事を祈ってます。





バコロドは、別名”笑顔の街”。


ユーチューブのテラの会チャンネルで、

見るだけで幸せになる動画を

配信中です。


とりあえず、見といて。


バコロド少女の家 幸せの歌編



今にも幸せが

海をこえてやって来そうな

気がしませんか?

フィリピンよりタイより日本の方が、


暑い!


この事実を、何人が知るであろうか・・・


どうしたことかね、いったい。


それで、暑くて、

今なにを言おうとしてたか、

忘れました。


もう一回、

やり直します・・・


えーと、

そうだ、


テラの会の活動が、

いかに、よくいえば清貧、

わるくいえば、低予算で

やっているか、

ということ!


この間など、

フィリピンの国内空港で、

朝4時の飛行機を待った。


会社の出張とかだったら、

空港近くの宿をとるだろう。


それが賢明。

当たり前。


しかしわれわれは、

宿代がもったいないということで、

なんと、飛行場の床で、

寝たのであった。


なんの、そのくらい、普通。


だって、まわりは、同じくらい

お金のなさそうな、フィリピン人たちが、

みんな床に布しいて、寝てた。


だから、全く恥ずかしく無し。


センセイなんか、洗うのにも

お金がかかる、つむぎの着物を

お召しなのに、それで

平気で、床にゴロリとなってた。


矛盾してないか、行動が!?


私も、こんなこともあろうかと、

JALの機内で、ちゃっかり

枕と毛布を「お借り」しといた。


それで、チェックインの時間まで、

すやすやよく寝たというわけ。


ふと、韓国語がきこえて

わきを見ると、なぜか、

韓国人家族が、4人も寝ている。


私らの寝てるのを見て、

ここで寝ていい、と安心したらしい。


次なるワールド・スタンダードを、

発信したのか、私たちは。


いや、そんなにあんまり

誉めないで。









フィリピンから帰って、

あたまがまだ、あっけらかんと

明るい。


なぜだか、フィリピンの田舎に

いると、ハッピー感が増幅する。


そのとき、気がついた。


バカと、ハッピーは、わりと近い。


やっぱり、バカになれないと、

ハッピーもない。


バカにスイッチ・オン、

できるかできないか、

けっこう大事です。


行きと帰りは、めずらしく

日本航空を使った。


JALエアウェイズ。


この航空会社には、

意外なお楽しみがつく。


それは、フライト・アテンダントが、

ほとんどタイ人ということ。


私は、タイ人とみると、

しつこくタイ語で話しかけるという、

うざったいクセをもつ。


もちろん、今回の機内でも、

タイ語でしゃべりまくった。


アテンダントが、はじめは

日本語で、


「魚と、鳥、どっちにしますか?」


とかきいてくるのに、

タイ語で返す。


そうすると、まさか日本と

フィリピンを結ぶ路線で、

タイ語を話す客がいるとは、

思ってない彼女さんたちは、

大慌て。


きゅうに、タイ語に、

かちっときりかえ。


でも、一瞬とまどうらしい。


オレンジジュースを、タイ語で

ナムソムというんだけど、

注文したのに、忘れて、


「コートーカー、

ナムアライカー」


(すいません、何ジュースでしたっけ?)


と、アタマ混乱。


さいごには、とうとう

日本語とタイ語が

ちゃんぽんになって、


「どうぞ、カー」


とマジにいっていた。


おかしかったな。


ちなみに、カーは、語尾に

つけると、ですます調になる。


どど田舎のほんわか中学に

入学したてのころ、体育の

先生が、上下関係の大切さ、

をとき、先生や先輩には、

敬語で話しなさい、と演説した。


そのとき、先生はいった。


「よかなー、わいたい、

どがんこつでも、さいごに、です、ば

つけろー、そいぎ、敬語に

なっけんなー」


(いいな、お前たち、

どんなことでも、さいごに、です、を

つけろ、そしたら、敬語になる

からな)


そして、みんなで練習したもんだ。


「よかです!」


「知らんです!」


まだ校則でぼうずアタマ

だったころ。


どうぞ・カー、

も同じんごたっもん、です。