カンボジア孤児院の女の子。勉強ができそうなタイプかなー
ボブ・ディランの「雨の日の女 #12&35」っていう、
意味のわからんタイトルの歌があるんです。
その歌詞が、いまの私、あるいはテラの会の状況を
歌っているような・・・
アンタが何とか良くなろうすると、
石がとんでくる
アンタがみんなの言ったとおりにやろうとすると
石がとんでくる
アンタが家に帰ろうとしたって、
石がとんでくる
まあだからって、孤独になりゃしない
誰にだって石はとんでくるもんだ!
なんか自虐的だけど、しっくりくるな~。
今朝も支援者の方からお電話ありました。
「3月に電話して、6月ごろには、物資の置き場所が
できるので、7月に電話してくれといわれたんですが・・・」
ほんとうに申し訳ありません。
物資の保管場所は、もう150パーセント越えているんです。
だから、いまの状況を何とかお伝えしました。
「6月に支援活動にいくと、おうかがいしたのですが」
と言われます。そう、3月の時点では、6月も行く予定だった。
それでも、事情が変わり、6月にフィリピンに行くはずだったけど、
行けなくなったのです。
そんななか、今年の1月くらいに、いまの7月くらいの修羅場を
想像していた私は、時間をかけて、物資の処分を行っていました。
べつに先見の明があったわけではなく、今ある物資の量と、
(とうじ、レンタル倉庫2つ分、そして6畳一間の天井スレスレまで
あった)
こんご行くであろう活動で、どのくらい物資を渡せるかを、まともな
判断力でおしはかってみたところ、ぜったいに物資が過剰になって、
身動きとれないのは、誰でもわかったことでしょう。
そうして処分に処分を重ね、これだけは必要だと思うものを、
残す作業をつづけて、半年になりました。
だから、今朝のお電話いただいた方にも、もうこれ以上は
受付られません、こちらに送っていただいても、処分するしか
ないですので、郵送料の分だけそちらに負担をかけてしまうのが、
ほんとうに申し訳ないです、と伝えました。
「じゃあもう少し待ってみますね」といっていただきました。
苦しいのは、テラの会事務所だけではなく、支援者の方も、
いろんな人から集めたぶん、むげに処分もできず、扱いに
困っていらっしゃるのが、分かりました。
ほんと、一進一退ならない、どうしようもない状態です。
これが、7月現在のテラの会の状況です。
アジアのほんとうに衣服も文房具もない、子どもたちや、
大人の方たちのことを思うと、何とかもっていってあげたい、
と思う気持ちは、もうそれはそれは強いです。
だからこそ、生活環境を日々あっぱくしている支援物資の
山にも耐えられるのです。
それでも、活動には、哀しいかな、お金がたくさんいるのです。
その寄付金を各方面にお願いしているのですが、なかなか、
集まらないのです。
さらには、どこかの宗教などから、生活費の支給を受けて
いるわけでもないので、自分の生活は、自分でお金をつくって、
やっていかなくてはなりません。
進退極まれり、とはこのことだと思います。
支援者の方には、ほんとうに申し訳ない気持ちで
いっぱいですが、せっかく集めた衣服なら、どこか、
もっと気持ちよく受け取ってくれる団体さんに、
寄付されるなど、して下さい。
こういう場合、もっともいけないのは、あいまいに
語尾をぼかして、○月ごろなら、たぶん大丈夫ですので、
といった対応をつづけることです。
今朝のお電話でもありましたが、
「3月に電話したときも、物資の置き場がないと言われました、
それでも6月に活動にいくので、7月にもう一度お電話を、と
いわれたのですが・・・」と。
このように、期待をもたせて、裏切るようなことは、
なるべく避けるべきです。
何回も電話して、家の中の部屋をひとつ、物資のために
つぶして、支援者の方は待っておられるのです。
この状況を思うに、私は、まさしく断腸の思いです。
支援者の方にも生活があり、私たちにも生活がある、
その上で、できることがあったら、とやってきた活動です。
それでも、そのように、生活をあっぱくし、ストレスに
なりながらまで、やるべき活動なのか、もう一度よく
考えてみる必要があると思います。
楽しくできなければ、慈善活動も、ただのエゴのかたまりに
なりかねません。
そんなこんな、7月の、ロダンの「悩める人」みたいな、
事務局長のつぶやきでした。
(つづかないので、ご安心ん下さい)