中学受験でるでるシリーズ 江戸時代 | 寺子屋楠 『生涯教育コンサルタント』楠木誠治の       教育お悩み相談所

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江戸時代 前期(1603年~1700年)

徳川家康と江戸幕府の始まり

江戸時代(えどじだい)は、1603年に徳川家康(とくがわいえやす)が征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任命され、江戸幕府(えどばくふ)を開いたことから始まります。家康は、戦国時代の混乱を収め、日本を統一しました。家康が作った江戸幕府は、約260年間続きました。

社会の安定と五人組

江戸時代の初め、家康は日本全国を平和に保つために様々な政策を取りました。五人組(ごにんぐみ)という制度がその一つです。五人組は、5つの家族を一つのグループにし、お互いに助け合い、犯罪が起こらないように見張る制度です。これによって、村や町の治安が守られました。

幕藩体制

江戸時代の日本は、幕藩体制(ばくはんたいせい)と呼ばれる政治の仕組みで運営されました。幕府は、将軍が統治する中央政府であり、各地の(はん)は、大名が治める地方政府です。大名たちは、それぞれの藩で農民や町人を管理し、税を集めていました。幕府と藩の関係は、主従関係(しゅじゅうかんけい)と呼ばれ、大名たちは将軍に忠誠を誓っていました。

外交と鎖国

家康は、初めは海外との貿易を盛んに行いましたが、次第に外国との交流を制限しました。1639年に、幕府は日本の出入国を厳しく制限する鎖国(さこく)政策を導入しました。これにより、外国との貿易や交流は長崎の出島(でじま)で行われることになりました。鎖国の目的は、外国からの影響を最小限に抑え、国内の安定を保つことでした。

身分制度

江戸時代には、士農工商(しのうこうしょう)という身分制度がありました。これは、武士(ぶし)、農民(のうみん)、工人(こうにん)、商人(しょうにん)という4つの身分に人々を分ける制度です。武士は将軍や大名に仕える戦士であり、農民は農業を行い、工人は手工業を行い、商人は商売を行っていました。この身分制度により、それぞれの役割や生活が決まっていました。

江戸時代 中期(1700年~1800年)

元禄時代の繁栄

江戸時代中期には、元禄時代(げんろくじだい)と呼ばれる時期がありました。この時期は、経済が発展し、文化が花開いた時代です。商人たちが力を持ち、町がにぎやかになりました。また、浮世絵(うきよえ)や歌舞伎(かぶき)などの芸術や娯楽が盛んになりました。

経済の発展と貨幣

江戸時代中期には、商業や交通が発展し、経済が大きく成長しました。貨幣経済(かへいけいざい)が広がり、金、銀、銅の貨幣(かへい)が流通しました。特に金座(きんざ)、銀座(ぎんざ)、銭座(ぜにざ)が設置され、貨幣の生産が行われました。これにより、商人たちが全国で商売を行うことができるようになりました。

享保の改革

江戸時代中期には、8代将軍徳川吉宗(とくがわよしむね)が登場しました。吉宗は、享保の改革(きょうほうのかいかく)と呼ばれる一連の改革を行い、幕府の財政を立て直そうとしました。吉宗は、農業の振興や税制の見直し、節約の奨励など、様々な政策を実施しました。また、目安箱(めやすばこ)という、民衆の意見や要望を受け付ける制度も導入しました。

飢饉と一揆

江戸時代中期には、度々飢饉(ききん)が発生し、農民たちの生活が困難になりました。特に有名なのが、1782年から1787年にかけての天明の大飢饉(てんめいのおおききん)です。この飢饉により、多くの人々が食べ物を失い、苦しみました。このような状況の中で、農民たちは一揆(いっき)という反乱を起こすこともありました。一揆は、領主や幕府に対する不満を表す手段として行われました。

江戸時代 後期(1800年~1868年)

天保の改革

江戸時代後期には、11代将軍徳川家斉(とくがわいえなり)や12代将軍徳川家慶(とくがわいえよし)が登場しました。この時期には、幕府の財政が悪化し、社会の不安が高まりました。そこで、家慶の下で水野忠邦(みずのただくに)が天保の改革(てんぽうのかいかく)を行いました。天保の改革は、農民の生活を改善し、幕府の財政を立て直すための改革です。具体的には、借金の帳消しや物価の引き下げ、農業の振興などが行われました。

外国の接近と開国

江戸時代後期には、外国からの圧力が強まりました。特に有名なのが、1853年にアメリカのペリーが浦賀に来航し、日本に開国を求めた事件です。これを黒船来航(くろふねらいこう)と呼びます。ペリーの来航により、幕府は1854年に日米和親条約(にちべいわしんじょうやく)を結び、開国しました。これにより、日本は外国との貿易や交流を再開しました。

尊王攘夷運動

開国に反対する人々は、尊王攘夷(そんのうじょうい)という運動を展開しました。尊王攘夷とは、天皇を尊敬し、外国人を追い払おうとする考え方です。特に、長州藩(ちょうしゅうはん)や薩摩藩(さつまはん)などの一部の藩は、幕府に対して反抗し、尊王攘夷運動を支持しました。

幕末の動乱

江戸時代の終わりには、幕府の権威が弱まり、社会の混乱が続きました。1867年には、15代将軍徳川慶喜(とくがわよしのぶ)が大政奉還(たいせいほうかん)を行い、政権を天皇に返しました。しかし、その後も内乱が続き、1868年に明治維新(めいじいしん)が起こりました。明治維新によって、江戸時代は終わりを迎え、日本は新しい時代に突入しました。

まとめ

江戸時代は、日本の歴史の中で約260年間続いた長い時代です。この時代には、徳川家康が江戸幕府を開き、安定した社会を築きました。前期には、家康の政策によって平和が保たれ、中期には経済や文化が発展しました。そして後期には、外国の接近や社会の変化によって明治維新がおこりました。