“昨年の暮れから思いがけなく「行きつけの喫茶店」ができた。お客さんたちが楽しそうに語らう風景が店の外から目に留まり、何げなく入ってみたのが始まりだ。営業は平日午前だけ。お店のスタッフは私と同年代とおぼしき女性―人だけだが、どんなに忙しくても気軽に声かけしてもらえる。近所付き合いのない団地住まいで独り身の私にとって、とても癒やしの場になっている。
お店を出る客には必ず「行ってらっしゃい!」と声をかける。どこかへ出かけるわけではない私は初めての時は少し戸惑ったが、今では「今日も元気に生活しよう」と前向きな気持ちになる。温かく迎え入れ、すてきな語らいの場をつくり、魔法の言葉で送り出してくれる。そんなスタッフさんに感謝している。”(8月8日付け中日新聞)
名古屋市の佐々さん(男・74)の投稿文です。言葉をかける、これも小さな気遣いである。何気ない言葉でも、ホッとする時がある。佐々さんは団地の1人住まいと言われる。外に出なければ言葉を交わす機会もない。賑やかな喫茶店を目にされ、入って行かれた。スタッフに声をかけられた。その嬉しさを文にされた。話す機会がほとんどない人は、そうなのだろうと想像する。
幸いにボク は、家にいれば妻がいる。昔から会話の多い夫婦だと思っている。最近はより増えた気がする。そして用があってよく外に出るボクである。用があって出るので当然会話もある。昨年から行き始めた喫茶店はもうなじみ客になった。スタッフもよく話しかけてくれる。ボクもいい場所を見つけた。
“毎日猛暑に閉口する。職場近くで道路の工事をしており、時々重機の音が聞こえてくる。交通整理の誘導や工事に携わる方たちがせわしなく作業している。一人の方が、外の自動販売機前のベンチで、飲み物を手にぐったりしているのを見た。「大丈夫ですか」と声をかけた。「炎天下の作業で 大変です」と応じる声が元気そうで、少し安心した。
私は職場の冷蔵庫から氷を少し持ってきて遠慮するその方の水筒に入れてあげた。私が幼少時、わが家には冷蔵庫がなく、近所の方から冷蔵庫の氷を頂いた。それを口に含んで幸福に感じたものだ。「これで今日も最後まで頑張れるわ」と礼の言葉を聞き、こちらも元気をもらった。”(8月8日付け中日新聞)
三重県松阪市の会社員・山本さん(男・69)の投稿文です。毎年毎年暑さが更新されていく感じです。特に今年は凄い。屋外仕事の人は本当に大変であろう。「炎天下の作業で大変です」、思わず出た言葉であろう、本当にご苦労様と言いたい。そんな時、山本さんは少しの氷を差し上げた。口にされた人は何より嬉しく思われたであろう。少しの気遣いが人を幸せな気分にする。屋内、屋外、仕事の内容に軽重はない気はするが、それでも屋外仕事は大切なことが多い気がする。土木工事を始め生活のインフラに関わることが多い。これなくして生活が成り立たないことも多い。農業もそうである。ほとんど屋外仕事である。食に関わる仕事である。温暖化の影響が、これから日本はますます高温に晒されそうである。どうなっていくのであろう。
“2021年から2度目の大学生活を送る。今年の夏休みを利用し、今月中旬からオーストラリアに留学する。目的は英語の語学力の向上でパース市にある語学学校に2週間通う。最初の大学生の時に1年間英国に留学して以来25年ぶりの挑戦だ。日本と交流の深いオーストラリアで異文化体験をするのが楽しみだ。
オーストラリアは留学生に開放的ということが決め手だった。今回、初めてホームステイする。来年教育実習を終えたら、中学・高校の英語の教員免許を取得できる。今後の英語教員生活に役立つ留学生活を送りたい。いつか英語教員として生徒たちに今回の異文化体験について臨場感ある英語で伝えたい。”(8月2日付け中日新聞)
名古屋市の大学生・荒川さん(女・48)の投稿文です。40才過ぎて大学生生活、そして留学、こういう人の話を時折聞くようになりました。人生長くなったからか、いろいろ自由になったからか、ただボクが知らなかっただけのことか、ともかくこの「話・話」 の中で取りあえげてきたことだけでも感心する話が多い。本当に意欲旺盛です。特に女性に感じます。以前と比べるとそれだけ女性が解放されたということでしょう。良いことだと思います。人生に意欲、好奇心は大切です。ボクはもう数日後には満80才を迎えます。若い人との交流は余りありませんのでよく分かりませんが、高齢者でも女性の意欲を強く感じます。ボクは比較的いろいろな場に出かける方だと思っていますが、そこでは女性の花盛りです。荒川さんは、更に英語教員をめざすと言われる。どこまで進まれるのでしょう。まさに歳は関係ない、その姿そのものです。
“アパートの庭に植えられたサルスベリ(百日紅)は、初夏から秋にかけて鮮やかな紅色の花を咲かせます。台風が来るたびに強烈な風雨にさらされて枝を大きく揺らし、根元から折れそうですが負けることなく耐え忍んで立ち続けます。その力強さに驚かされます。剪定で幹や枝葉を大胆に刈り込まれて、そのまま枯れてしまうのではないかと心配しますが、すぐに盛り返して毎年見事な花を咲かせます。
「良樹細根」という言葉があります。細かく根を張った木は枝葉もよく茂るという意味だそうで、人の生き方にも通じるのではないか。見た目を気にするのではなく、外から見えない根っこをLっかり張り巡らせて生きよう。あのサルスベリからそう教わっている気がします。”(8月1日付け中日新聞)
愛知県豊橋市の玉川さん(男・68)の投稿 文です。サルスベリから人生の生き方を学ぶ、こんな見方もあるのかと感心します。何事も見方ひとつですね。ボクの家にも今サルスベリがいっぱい咲いています。言われるように、冬になると幹だけ残して枝はすべて切ってしまいます。それが今はうっそうと繁っています。満開の花を咲かせています。それも結構長く咲いています。庭を賑やかにしてくれる代表的な木です。「良樹細根」、この言葉は初めて聞きました。サルスベリの根は細いのでしょうか?まだ根を見たことがないのでよく知りません。いずれにしろ、人生はその気になればどこからでも学べます、この投稿からそんなことを改めて知りました。
“学校で同じクラスだった仲間が月1回集まってはランチ会を開く。話題は健康や社会、政治、スポーツ・・・。今回は米の値段のことだった。
仲間の1人は、生産者にとって米価があまりにも安いと強調した。彼は毎年15アールほどの田んぼに稲を作っては、自家消費分を確保し、残りを売る。収穫までは請負農家に任せている。これら作業費、農薬、肥料代を差し引くと赤字になり、米を買った方が安いと言うのである。
わが両親も田畑を経営していたが、もうけがあるのかは聞いたことがなかった。父は、経営の試算をすると、やる気がなくなるだけなのでしないと言った。周辺の農家の多くは同じく小規模農家。ここを守らなけれぱ食料自給率を上げることはできない。国にその策はあるのか?”(7月29日付け中日新聞)
愛知県安城市の農業・原田さん(男・76)の投稿文です。昔から農産物の値段に生産者の農家が口を挟むことはできませんでした。セリにかけ、需給と供給の関係で値段は決まりました。また国が決めるものでしょう。農産物は人の食に関わること、命に関わります。それだけに消費者には重要な品物です。少し高くなると大騒ぎです。ボクは専業農家生まれで、父の時代をズッと見てきました。そして、生産物に対する対価はあっても、労働に対する報酬はないと思っていました。人を雇って正当な労働報酬を出したらとても成り立つものではない、これが小規模農家の実態と思ってきました。そしてこの投稿文です。継続できる状況ではありません。百姓は生かさず殺さず、昔から言われてきた言葉です。農家は資産家です。先祖伝来の田畑があります。それで何とか成り立っている面もあります。今田畑を購入して成り立つ農家はどんなものがあるでしょう。何を言いたいか少し分からなくなってきましたし、ボクのひがみで見た間違った見方かもしれません。
“2017年から24年まで、子ども食堂をしていました。カレーの日、弁当配布の日と決めて月2回、毎回どちらも無料、100人超えの行列のできる人気の食堂でした。今では楽しい思い出ばかりです。高齢になり食中毒が心配でした。若い方にバトンタッチすることができ、私は無事に終了しました。長い間お手伝いをしてくださったボランティア仲間に感謝しています。
さて、これからが私のボランティア第2章の始まりです。1人でできるボランティアです。以前エステサロンを10年間、経営していました。キャリアを生かして介護スタッフにエステすることを、ずーっと考えていました。ハーモニカ仲間と介護施設を慰問した時、スタッフの方々が大変な仕事をしているのを目にして、少しでも癒やしになれぱと思っていました。
念願かないエステの機械を中古で買い、包括支援センターの方に紹介してもらい、大きな介護施設に出向きます。夜勤明け、夜勤入りの方々に至福の時間をと思い、頑張っています。小顔、しわ消し、美白、フェースアップ・・・。今どきは男性もいらっしゃいます。月1回、何人かに喜んでもらい、私も生き甲斐になってきました。そう、動けるうちはボランティア、私の目標です。”(7月28日付け中日新聞)
岐阜県土岐市の佐賀さん(女・79)の投稿文です。60代半ばから子ども食堂のボランティアをし、もう歳と止められたら、次はエステのボランティアです。79才の女性です。何という貢献心旺盛、意欲旺盛でしょうか?。多分健康なんでしょう。健康であれば歳など何の関係もありません。本人の意欲だけです。そんな時代になりました。見た目でも歳はもう分からなくなりました。昔は歳とれば相応にだんだん疲れた顔をしてきました。今、その人の歳を当てる自信は全くありません。60才なのか80才なのか、怖くて言えません。それでも佐賀さんのような人を見つけるのは難しいと思います。継続ではないです、新たに始めるのです。これは佐賀さんにもきっと良い影響を及ぼすでしょう。何歳までされるのでしょうか?興味があります。
“昭和30年代のわが家は五右衛門風呂で、それを沸かすたき付けにと近所のお米屋さんが使い終わった米俵を持ってきてくれていました。祖母はその米俵をちゃぶ台の上で逆さにし、中に残るわずかな米を集めていました。小石などが交じっていないか丁寧により分けていました。そんな祖母に、小学校から帰ってきた私が「またそんなことやっているの~」とちょっとばかにしたような言い方をしてしまったこともあり、後悔しています。明治生まれの祖母はいつも「米粒には神様が宿っているから粗末にしたら罰が当たる」と口癖のように言っていました。
五右衛門風呂、米俵、ちやぶ台・・・。どれも遠い昔の話ですが、米の大切さは今も変わりません。米の価格が早く落ち着くよう願っています。”(7月21日付け中日新聞)
名古屋市の主婦・藤井さん(70)の投稿文です。ボクの家は昭和50年代まで五右衛門風呂であった。父が亡くなって、ボクが家を改造してやっと今の風呂になった。だから五右衛門風呂の思い出はいろいろある。この投稿でびっくりしたのは米俵のことである。たき付けにもらった米俵に残っているお米を、お祖母さんは拾い集めたと言われる。どれだけあったのだろう。小学生の藤井さんが「またそんなことやっているの~」と言う気持ちも分かる。でもお祖母さんが「米粒には神様が宿っている」と言われるのも分かる。ボクらはそう言われて育った。本当に素朴で慎ましやかに育った。物を大切にして悪いわけが無い。今わが家でいつも気になっているのは、お釜やシャモジについたお米である。妻は丁寧に取っているとは思うが、真日のことである、かなりの量になるのではなかろうか。
米が値上がりしている。そして大騒動である。何と言っても米は日本人の主食である。減反、減反で減らしてきた。今更増産と言われてもたやすくできるとは思えない。人口減少時代である。特に農業人口は急激に減るだろう、どうなるのだろう。
“私にとって、今月13日から名古屋市中区の白川公園で始まった木下大サーカス(10月27日まで)は、大阪・関西万博以上の大イベントだ。戦後間もない頃、小学3年生の時、一家で満州から今の愛知県豊橋市に引き揚げてきた。生活は貧しく、苦労が絶えなかったが、4年生の時の夏休みに母が地元で開かれた木下大サーカスに連れて行ってくれた。華麗な空中ブランコやオートバイによるショーなどに魅了され、ファンになった。生活で苦しいことが多かったが、明るい気分になれた。団員らの懸命な演技が夢と希望を与えてくれたのだ。
以来、20代で名古屋市に住むようになってからも木下大サーカスの公演が催される時は毎回足を運んだ。人生で行き詰まることがあってもサーカスが前向きな気分にさせてくれた。今回の公演もぜひ観覧に行きたいと思う。”(7月19日付け中日新聞)
名古屋市の小野寺さん(女・87)の投稿文です。今度はサーカスで夢と希望をもらった話である。小野寺さんは、戦後間もない時に木下サーカスを見られた。その印象が強く、その後も機会がある度に見てこられた。前向きな気分にさせられる、とも言われる。やはり小さい時の印象は凄いものである、と思う。
ボクも小さい時に連れて行ってもらった記憶はあるが、はっきりとはしない。ところが昨年、何時以来か分からぬが、見に出かけた。ただ木下サーカスではなかった。そしてつい先日8月4日、この木下サーカスを見に出かけた。夏休みだからであろうか、広い会場はほぼ満席であった。そして、次々繰り出される演技に圧倒された。観客の声援も凄い。さすが創業123年、世界3大サーカスの一つと言われる木下サーカスである。満喫して帰った。
“35歳の時、妻と15日間の北米旅行に行きました。米国の首都ワシントンではホワイトハウスの前を手をつないで歩きました。高くそびえる、てっぺんのとがった塔が目の前に現れました。海外ニュースでよく見るワシントン記念塔です。2人で近くの椅子に座って写真を撮りました。ほかに、ニューヨークやナイアガラの滝、カナダのケベック、モントリオールも巡ってきました。
今、私は人工透析を受けており、また体の半分の動きが不調で歩けません。ですが、テレビにあのワシントン記念塔が映ると、妻との旅行の光景がいつも頭に浮かびます。そして勇気をもらいます。いつまでも忘れられない楽しい思い出があり、毎日を息災に過ごせていることが、つくづくありがたいと思います。”(7月18日付け中日新聞)
岐阜県中津川市の後藤さん( 男・75)の投稿文です。もう40年も前の奥さんとの北米旅行を懐かしんでおられる。特にテレビなどで訪れた地が写ると、より懐かしさが募り勇気をもらいます、と言われる。楽しい思い出はそうであろう。今、奥さんはどうされているのだろう、この文からは分からない。
ボクの妻も、日本の推理ドラマを見て楽しんでいるようである。そのドラマには日本各地の名所がよく写る。十分懐かしめるようである。更にボクの家にはフォトフレームがある。先日長く使っていたフォトフレームが壊れた。新しいもの買い換えた。画面も大きくなり性能もよくなっていた。妻との旅行の写真データをSDカードにコピーし、それで見ている。
“2軒離れたお宅に、私より少し若い世代のご夫婦が引っ越してきた。初対面で「これからどうぞよろしくお願いします」とあいさつを交わした。奥さんが育てたお庭の花を私が眺めたり、奥さんが私に何か不自由していないか気遣ってくれたりして、次第に仲良くなった。
先日、地元小学校の不用品回収があり、子どもたちや保護者が各戸を回ってきた。私は雑誌や段ボールをまとめる力が出ず、途方に暮れた。ご夫婦が紐とはさみを携えて来て、縛る手伝いをしてくれた。ありがたかった。奥さんとは趣味や料理についておしゃべりするのが大好きだ。日々、喜びの絆で結ばれていくようでうれしく感じている。”(7月18日付け中日新聞)
三重県津市の主婦・米川さん(82)の投稿文です。ご近所の親切、これは嬉しいものである。老いていろいろできなくなってくれば、よりそうである。「遠くの親戚より近くの他人」という言葉もある。近くの人との交流は心がけたいものである。助け助けられである。日頃の交流がなければ、いざというときにも無理である。ところが今の時代、これがますますおろそかにされてきている、気がする。近くの人がうっとうしいのであろうか。無関心がどんどん広がる。
今や隣の人が亡くなっても、何ヶ月も知らないままの状況が続く。亡くなっても何の連絡も無い。亡くなった人は近所の人と大いに交流があったのに、遺族はそれを知らない。自分だけの思いで行事を進めてしまう。先日、ボクの家の本家のご主人が亡くなった。息子さんである喪主に、死亡通知を村の掲示板に貼ってもらった。ボクが勧めて承知してもらい、文はボクが書いた。せめてこれくらいのことは一般的なことにならないか、ボクの願いである。