“私は今、97歳と5ヵ月。独居の私を心配した長女夫婦との同居が始まって数年になります。いつとはなしに家族の月1回の日帰り旅行が始まりました。名付けて「大人の遠足」。
 次女夫婦も加わって、同行5人の車の旅です。婿殿の運転で、ちやっかり助手席に乗せてもらってのドライブは快適そのもの。日帰りできる範囲の行き先は、有名な神社・仏閣をはじめ、美術館、博物館。時には観劇など。可憐な花を咲かす山里の池を探して九十九折りの道を走ったり、海の好きな私の希望で、愛知県や石川県能登地方などの眺めの良い岬を巡ったりしたこともあります。そして、食べ物の好き嫌いなし、入れ歯なしの食いしん坊の私には、いろんな場所での珍しい食べ物との出合いが、また格別なもの。
 これまでどれほど沢山の思い出をつくってもらえたことか。楽しみな遠足です。最初の頃は自分の足で歩けたものの、この頃は「危ないから」と、車を降りるとすぐに持参した車椅子に乗せてもらい、4人が競い合うように押してくれます。みんなも高齢者なのに。昔、苦労続きだった私に、こんな幸せな老後が待っていたなんて。ただただ子どもたちに感謝、合掌の日々です。”(10月13日付け中日新聞)

 岐阜県下呂市の大森さん(女・97)の投稿文です。「大人の遠足」とはまたいいですね。呼び方も面白い。長生きになったと言っても97歳、娘夫婦と月1回の遠足、こんなことができる人はほんの一握りでしょう。いや、一握りと言う人もない程に恵まれた人だと思います。ボクのまわりでこんな恵まれた人は見かけません。本当に恵まれた老後です。
 ボクにはまだ20年近い先のことです。命も知れません。でもうまくいけばその可能性はあります。ボクの2人の娘は夫婦でよく旅行に出かけています。今はボクの夫婦も2人でよく出かけていますので、声がかかりません。それが思うようにできなくなった時、こうした提案があるか、ないかです。長女はボクの家の目の前、二女は車で10分位の所に住んでいます。こうしたことができる仲を保ち、そして声がかかったら最高です。97歳ではなくもういつでもいいです。可能性を信じよう。
 

 “敬老の日が過ぎても、朝から厳しい暑さの日。少しのんびりしようかなと、ラジオのスイッチを入れると、ヨルシカのSUISさんが歌う「若者のすべて」が流れてきました。「ああ、私の好きな歌だ!ラッキー」と思いながら、少しだけボリュームを上げ、リズムに合わせて歌います。
 ふと、こんなことを思い出しました。孫たちの家に泊まった夜、みんなでごろ寝しながら、いろいろな話をたくさんしました。そろそろ眠くなってきたその時、孫娘が「ぱあぱ、好きな歌、聴きたい?」と。私は「う一ん、聴きたい」と答えました。そうしたら孫娘が「アレクサ、ヨルシカの『若者のすべて』お願いね」と小さな丸い機械に呼びかけました。「はいわかりました」と、愛らしい声で返事があり、メロディーが流れてきました。
 娘の家には便利なものがあることを、うすうす知ってはいましたが、ただ感心するばかり・・・。もう夜も遅かったので、声を落として歌いながら眠りにつきました。あの日、ごろ寝しながら歌った孫たちの声が耳に残って、時々1人で口ずさんでいますふふふ、笑っちゃうね。「若者のすべて」って。シワシワのおばあちゃんなのに。”(10月8日付け中日新聞)

 静岡県森町の村松さん(女・75)の投稿文です。村松さんは新しい歌も知っている、これに関心です。ボクは歌番組をほとんど見ませんし、聞きません。特に最近は何を言っているのか、ほとんど分かりませんので、よけい聞かなくなりました。何となくラジオを流していると言うこともありませんので、耳にも入りません。村松さんはラジオを流しておられて、覚えておられるようです。
 ボクがこの話題を取り上げたのは、アレクサにあります。ボクはもう随分以前にアレクサを購入しました。この機器も随分進化しているようですが、ボクはほとんど初期のままです。このように歌を注文して聴いたりします。パソコンに向かいながらクラシック音楽を流すのがほとんどですが。そして一番多いのが、予定を知らせてくれることです。スマホに予定表を入れていますので、入れた予定表の30分ほど前に、何をしなくても教えてくれます。ですから出かける30分前に予定を書いておくと価値があります。アレクサの投稿文を始めてみましたので、取り上げました。
 

 “最近は自分でレジを操作して精算する店もあるが、私は苦手だ。わが地元には店員さんがレジ対応してくれる店が多くて助かる。先日、家計簿を付けていて、ある店でお釣りをもらい忘れたかもしれないと気付いた。1万円を出したが、お釣りの7千円をもらった覚えがない。私には7千円は大金だ。レシートがあり、翌日、店に確かめようと考えたが、レジ係はアルバイト学生ではなかったか・・・。叱られたらかわいそうだと遠慮の気持ちが湧き、私は諦めた。
 ところがその3日後、店の人が訪ねてきた。お金の出入りに間違いが見つかり、店内のカメラで調べて私へのお釣りの不払いと分かったという。7千円は戻り、謝罪も受けた。私は、人の温かみを感じられる店が身近にあることに感謝したい。”(10月6日付け中日新聞)

 岐阜県下呂市の二村さん(女・84)の投稿文です。この短い投稿文にボクは店にも二村さんにもびっくりを感じています。まずは店の姿勢です。店では勘定が合わなかった。おつりを渡し忘れたと察し、それを防犯カメラでその人を見いだす。ここまでは何とか分かります。その人を訪ねてくる。人は特定できても、どうして二村さんと分かり、その家まで分かるのでしょうか。これもレジ対応だからでしょうか。どこに分かる仕組みになっているか、今のボクには分かりません。そして二村さんの対応です。7000円です、大金です。ボクなら明日と言わずすぐに飛んで行きます。それを対応の人が叱られては可哀想と、あきらめる。これもよく分かりません。いずれにしろ、嬉しい対応です。
 

 “大腸がんの手術を受け、約1ヵ月間の入院生活を経て無事退院できた。体調がすっかり良くなり、地元の個人が営む行きつけの喫茶店に足を連んだ。
 「久しぶりですね!」と張りのある声で温かく迎えてくれる、還暦過ぎの女性店主。店内では高齢者の女性常連客5、6入が談笑し、にぎやかさを通り越しかまびすしくさえ感じた。近くの席でその様子を目にしたが、実に心地良い。彼女らの仲間に加わったような錯覚を覚え、入院中に味わった病室の重苦しさを吹き飛ばしてくれた。
 高齢者が手頃な値段でモーニングなどのひとときを楽しめるのは、個人経営の店ならではだ。ただ、懸念することがある。店主の高齢化で、多くの個人店が地域から姿を消すのではないのか。高齢者は増え続けている。地域に根付き、高齢者の憩いの場の小さな喫茶店がいつまでも残ることを願うばかりだ。”(10月4日付け中日新聞)
   
 愛知県刈谷市の伊藤さん(男・86)の投稿文です。喫茶店のモーニングコーヒーの話です。この話題はもう何回も取り上げたでしょう。愛知県や岐阜県、その中でも特に尾張部は喫茶店文化が盛んです。一宮市はモーニングコーヒー発祥の地を名乗っています。伊藤さんは、この地方のご多分に漏れず、モーニングコーヒを楽しんでおられる。しかしながらこの先を憂いておられる。モーニングコーヒを出す喫茶店はそれ程に実入りはよくないでしょう。個人店はほとんど跡継ぎがいないでしょう。これはボクの近所でも同じです。個人店は少なくなり、チェーン店のみが残っていく。これはボクの個人的感想ですが、チェーン店にはそれ程の魅力は感じません。
 ボクは喫茶店の多い地域は非常に恵まれていると思っています。特に高齢者にはうってつけです。他に行くところがなくても喫茶店へ行けばいいのです。老化防止に大きく役立っていると思います。その地域にボクは住んでいます。
 

 “来年、愛知・名古屋を主会場に開かれるアジア・アジアパラ大会に向け、障がいのある人を手助けするボランティア「あいサポーター」の養成講座があり、参加した。講座では、点字ブロック上に自転車が置かれると視覚障がい者に転倒の危険性が増すことや、聴覚障がい者が困っていたら紙に書いたり手話を使ったりして、どんな手動けが必要か尋ねるといいことを学んだ。
 障がいの有無にかかわらず誰もが楽しめる競技「ボッチャ」の体験会もあり盛り上がった。養成講座を終えて白とオレンジ色のハートをかたどった「あいサポートバッジ」を受け取った。障がいのある人へのちょっとした手助けを常に心がけたい。”(10月2日付け中日新聞)

 名古屋市の坪井さん(女・86)の投稿文です。86歳の女性が「あいサポーター」の養成講座に参加された。ボクにはびっくりです。この後どうされるのでしょう。来年のアジア・アジアパラ大会にボランティアとして参加されるのでしょうか、それとも知識を得て常に手助けに心がけられるのでしょうか。86歳にしてこの行動は、いずれにしろ素晴らしい行動です。本人の努力もありますが、この意欲体力があることは幸運もあります。恵まれています。恵まれている能力は生かさねばなりません。ボクも恵まれている方だと思いますが、でも坪井さんには及びません。
 ボクは11月に大学時代の同窓会を計画し、先日全員から返事をもらいました。23名に案内を出したのですが、なんと今年に入って4名が亡くなっていました。80歳の歳です。80代はそういう歳です。それと比べると坪井さんは羨ましい限りです。頑張ってください。
 

 “小学生たちの優しさに満ちた、ある立派な行動に感激している。知人の老夫婦は、家庭菜園の畑で育てたナスやキュウリなどの野菜を善意で、私の知り合いが運営する地元の子ども食堂に届けていた。だが、ご主人が8月中旬に急逝。畑の管理はどうなるのか、心配だった。
 そんな中、食堂を手伝う小学生男女3人が、登校前に畑の水やりなど野菜の世話をするように。しかも収穫期をネットで調べる念の入れよう。誰かに言われることもなく、だ。
 子どもたちが、食堂運営に関わる中で、地域の高齢者に貢献できることはないかと、以前から模索していたのは知っていた。それを具体的な行動につなげるとは。子どもたちの活動を知り、世の中捨てたものではないと、感心した出来事だった。(9月27日付け中日新聞)

 三重県鈴鹿市のパート・小池さん(女・69)の投稿文です。子ども食堂がどんなものかよく分かっていないボクですが、その食堂を手伝う小学生が、畑の世話までするようになったという話です。野菜が子ども食堂に届けられていた畑で、縁があったのでしょう。食堂の運営にますます力が入り、また嬉しくなるでしょう。
 小学生が野菜の管理をする、なかなか見られない風景です。ボクが子どもの頃は、周りのいくらでも田畑があり、誰でもいくらかは農業のことを知っていたでしょう。でも今の子はほとんど何も知らない、と聞きます。農業は人間が生きていく中でも基本中の基本です。それをないがしろにしては、本当に困る時がくるでしょう。子どもにはこういうものも知ってほしいと思います。
 

 “私は50代半ばから白髪を染めてきましたが、70代の終わりごろに染めるのをやめました。それまでは周りの人の目が気になっていました。けれども、染めるのをやめても誰からも何も言われませんでした。私自身が白髪交じりの髪を気にしていたことが、意味がないと思えてきました。他人はそれほど気にしていなかったことがよく分かりました。
 それまでは少しでも自分を若く見せようと努力してきました。それも、なにやら空虚に思えています。今では鏡に映った自分を見て「グレーヘアもなかなかいいもんだ」と思えます。これからも、グレーヘアの新しいいい私で、前向きに明るく元気に生活していきます。”(9月27日付け中日新聞)

 岐阜県瑞穂市の主婦・鹿野さん(80)の投稿文です。白髪染めの話です。白髪が多くなると急に老けて見えてきます。人は若く見られたいものです。特に女性はそうでしょう。そこで白髪染めをする。鹿野さんは、50代半ばから白髪染めをしてこられたと言われる。そして70代終わり頃止めたと言われる。今はグレーヘアに新しい自分を見つけたと、前向きに生活されておられる。この話は、全くボクと同じです。その気持ちがよく分かります。
 よくは記憶にありませんが、多分ボクも50代の頃から白髪染めを始めたと思います。自分でやります。少し怠けていると、生え際の白い部分が目立つようになります。返ってみっともないですが、ボクはいつもこんな調子でした。そこで60代半ばに止めてしまいました。どんな色になるか気にしましたが、それが見事なグレーヘアです。髪はふさふさです。人が羨ましく思うほどです。今ではボクのトレードマークです。何が幸となるか、分からないものです。
 

 “88歳の主人が、食事中に「歯が痛いよ」とポツリと言いました。「えっ」と驚く私に「下前歯の1本だ」と言う。原因をいろいろと思い巡らせました。そういえば、木曽・開田高原のトウモロコシが大好物です。最近は食べる回数が増えたかな? 前歯を使って食べるから、それが原因だろうか?
 結婚60年。一度も歯が痛いと聞いたことかありません。「わしは頭の髪はもうないが、歯科医院には一度も行ったことはない」と、頭を触りながらみんなを笑わせる自慢の歯なのです。早速、歯科医院の予約をしました。主人は診察の際、歯科医院は初めてであることを伝えたのか、私も診察室に呼ぱれました。「ご主人が言うように、1本も治療した痕がないですね」と褒めてくださいました。「88歳になって全てご自分の歯で、虫歯が1本もない人は珍しいですよ」と言われました。そして「8020表彰の手続きをしておきましょう」と言ってくださいました。痛み止めの薬が処方されました。
 後日、その歯が動くため、入れ歯となりました。主人は治療後、口の中に異物が入り、気になる様子で、鏡とにらめっこです。そんな姿を見ていると、これまで当たり前でしたが、丈夫な歯を授けてくださったご両親に改めて感謝しています。”(9月24日付け中日新聞)

 岐阜県中津川市の主婦・山田さん(83)の投稿文です。ご両親に感謝とは、何事かと思ったら、丈夫な歯に産んでもらったことでした。それも本人からの投稿でなく奥さんからです。一心同体だからでしょうか。歯はどうも遺伝の部分もあるよう聞きましたし、小さい頃の育て方と聞いたことがあります。88歳で一度も歯医者に行ったことがないとは、またむし歯も1本もないとは、ボクとは雲泥の差、信じられません。人間の体も様々、それをまた知りました。
 ボクは中学生の頃から行った記憶です。むし歯は何本もあり、今また治療中です。「8020表彰」の話がありました。ボクも今年80歳になり、この表彰を行きつけの歯医者で申請してもらいました。その時の検診結果は「健全な歯11本、医療済みの歯15本」とあります。2本はインプラントで歯はありません。何という違いでしょうか。でももう10年以上、行きつけの歯医者に、ほぼ3ヶ月毎に定期検診に行きます。おかげで歯槽膿漏もありません。人間の体、どこが痛んでも大変ですが、特に歯は大きいと思います。何せ3度の食事など美味しく食べるのに歯は大きな役割をしています。食べることは人生の大きな喜びです。ボクの歯はこの程度ですが、これも両親に感謝でしょう。
 

 “岐阜県の郷土料理の「朴葉ずし」を食べたくなり、8月中旬に同県中瀬地方を訪れた。猛暑の中、目的の道の駅に着いたが、すしがない。店員が「ここの仕入れ先にならあるかも」と、七宗町の料理店を教えてくれ、さらに車を走らせた。ところがそこでも「作る職人が休みで、置いてありません」と、若い女性店員が申し訳なさそうに言う。
 肩を落とす私に、店員は「他の店にあるか聞いてみます」と、スマートフォンを手に次々に問い合わせた。折しも昼食時で店は混雑しており、恐縮していると「この先の土産物店にあり、連絡しておきました」。こうして念願のすしを手に入れ、自宅で朴葉を開いた。葉がほのかに香り、この日会った人たちの親切を思い返しながらおいしくいただいた。”(9月25日付け中日新聞)

 愛知県春日井市の浜野さん(男・83)の投稿文です。この親切リレーはどこから生まれたものでしょうか?職業柄、それとも朴葉ずしへの地域の思い、遠くから買いに来られたお客さんへの親切心から等々考えられます。と思っても、ボクにはたまたまの偶然という気がします。いずれも「すみません、ありません」の一言です済むことです。何もしなくても何の批判されることではありません。でもこういうこともあるのです。人情が薄くなった世の中ですが、こういう話を聞くとまだまだ捨てたものではない、と言う気持ちになります。こういう話はどんどん伝えてほしいものです。そしてボクもこの「話・話」 でこんな話を広めています。
 

 “8月下旬、同居していた義母が92歳で亡くなり、婿養子の私は告別式で喪主を務めた。愛知県稲沢市内の葬儀場から火葬場までの距離は5キロほどで、私が位牌を、義母の長女である妻が遺影をそれぞれ持って、霊きゅう車で移動した。道中、工事に伴う渋滞に巻き込まれた。
 私は思わず「こんな時に運が悪いですね」と運転手さんに声をかけた。すると「故人の最後のドライブですから、ゆっくり楽しんでいただきましょう」と返してくれた。通常なら自動車で15分ほどの道のりだが、渋滞で30分ほどかかった。車の中での移動時間も家族が義母と過ごす貴重な時間。故人と家族を気遣う言葉に感謝に堪えない。”(9月25日付け中日新聞)

 愛知県稲沢市のアルバイト・六鹿さん(男・63)の投稿文です。この運転手さんの気の利いた言葉は素晴らしい。渋滞で一番難儀をするのは運転手さんです。早く着ければそれだけ休めます。その運転手さんから、この言葉です。それがとっさに出ることがまた素晴らしい。そして、故人の家族も嫌な渋滞が貴重なものに思える。この運転手さんは、職業柄出た言葉でしょうか。一朝一夕に出る言葉と思えません。やはり人柄でしょう。言葉の与える効果は大きい。日々その心がけで培われます。心したいことです。