ダニエルさんのブログ -7ページ目

ダニエルさんのブログ

愛知県民5年生です。





『本気でなりたいって気持ちが無いなら、目指さない方がいい』

誤解を招かぬよう、これは私自身への持論として受け取ってください。

誰にも当てはまることではありません。
自主が感じたことを書き留めておきたい。


なりたかった目標は叶えられなかった。
身体も衰え壊れてしまい、目指せない世界となったと感じた後の話です。

それはもう過去の事ですから、過去に囚われた観点としてではなく、そこから得た事ととして認識しています。



今は新しい目標に向かっています。

そこで得たこと、遂行しています。

とても大変です。


個性を守ってきた考えがなかなか捨てられなかったから、自分を捨てることにとても怯えていました。

だからその過去の目標にも迷いがあった。
本当は本気じゃなかったんだと今になってわかったことです。

その時の自分にそんなこと言っても分かんなかっただろうな・・・


真剣だったから、そんなこと言っても、きっと怒りさえ覚えたかもしれない。
だけど・・・どこか自分を守ろうとしていた。信じることできなかったから、自分自身を・・・


個性なんて目標を目指す上では、なんの役に立たないどころか変わることや叶えることすら出来ない。

また迷ったらこれを読み返して、思い出すかな・・・
経営することに経営者のいろんな理念があるようで、またそれらの経営の成り行きに勝ち組とか、負け組とか評価をされる方もいます・・・

そのボーダーラインは人それぞれですし、曖昧です。
今の私には着目していない観点なので触れないお話になります。

私の仕事内容を見る方たちの一部の観点ですが、正直、商売になっていないとの会見を頂くことがあります、一人だけでなく何人かにそんな話を頂くものですから、統計で見るとそうなのかもしれません・・・

ある程度の儲けは必要ですし、仕事を大きくしていく上では収益力を高めることに、最初は躍起になっていました。

本当にこの始めた会社で生活していけるのか不安で不安で仕方がなかったから、身体の事をよく心配されましたけど、止まるわけにもいかず、背水の陣で挑む気持ちでした。

5年目にしてようやく自分の収益力がわかってきた気がします。

商売の難しさを知らされた時でもあります。


費やした時間のことや、自分が何を感じて行動にしてきたのか、いろいろわかり始めた第一歩が踏めたところなのかもしれません。

商売について、わからないことがわからなかった・・・
創める前は疑問が浮かばなかった。


だけど・・・いろいろ最初に知らなくて良かったと思う。
多分知ってたら、創めてなかっただろうと今は思います。


商売の仕方は皆それぞれに違うと思います。
僕はモノ売りや、人間関係が苦手だったから製作業をしたいという理由も少しはあった。

だけど・・・今は製作業も接客業も両方している(笑)
わからないものです。

自分がやりたい事と求めて頂く事とは、一致しなかった。
だけど我を通せなかったのは、自分の弱さでもあって貫く勇気がなかった。

収入がそれだけでは生活できなかった最初のころは、いろいろやるしかなかった。
でも筋だけは通したい気持ちには負けないように出来うることいっぱい考えました。


それがあったから、うちで出来ることが知って頂けたのかも・・・

『何屋さん?』って良く聞かれました。

今でも答えられないけど・・・(笑)

最初に述べられた、商売としてなっていないということ、未だに自分自身わかっていません。
無駄な時間の使い方なのか、経費の使い方なのか、いろいろあると思うのですが、それは商売を続けているうちはずっとあるものなので、まだまだ改善の余地があることも重々感じている。

それらは現在進行形でもあり終わりのない課題でもありそうです。


今はゆっくりじっくり、マーケティングよりもブランディングを築きあげることに力を注いでいます。
結果として現れるのも直接的ではないけれど、信頼を作ること。

きっと、皆さんにもいろんなイメージがあると思う。

『日本製』
『Made In ~(別の国)』

どちらに信頼をおいているか?


そんなイメージを持ってもらえることが、情報がありふれた現代に生き残る術だと感じています。


さて・・・何年後か先に、この記事を読んだ自分はどんなことを思うんだろうな。


気持ちや思いを思うように伝えられず、言葉にできない。

そんな自分に劣等感を感じてました。

昔から思ってることを言葉にすることが苦手。


知的障害なのかとさえ思え、会話のなかで自分の発する言葉がなぜ、そんな言葉が今、チョイスされたのか、自分ですら疑問に思うのです。

なにかを伝えなきゃ・・・焦って発信される言葉は周りの空気を凍らせる威力ももっていて、いつも思うことは『しまった・・・』と思う後悔の念だった。

公然の場は当然、会話も苦手でいつも思う言葉が出せず、喉につまり、ついていけない周りに消沈し息途絶え絶望してしまう。

でも、そんな自分に打ち拉がれていた時も続くと、そんな自分でも、『まぁ・・・いいか。』と、成長の兆を見せない自分に諦めるかのように踵を返し、またもとの自分に安住さえ覚え、周りを困惑に落としている。


もう、周りに『こんな自分ですから・・・』と、お願いする次第でございます。




なんか、ごめんなさい。




4歳と2歳のご子息たち、言葉のキャッチボールができるようになっています。


※焼肉ごっこだそうです。

子供達の素直な発言に驚くと言うか、なかなか大人じゃ遠慮して言えないことも、どうぞお構い無く・・・といった感じで話してくれる。

ある意味、理想郷の極地ではないだろうか?
子供だから許せるのであって、大の大人ならバシボコにされてしまうだろうけど・・・

子供といってももうすでに、自分が備わっていて、ここからだんだんと自分が出しにくくなってこんがらがって分けがわからなくなって、そんな自分に諦める・・・のでしょうか?


40歳になっても、わからんちんです。