そんな自分に劣等感を感じてました。
昔から思ってることを言葉にすることが苦手。
知的障害なのかとさえ思え、会話のなかで自分の発する言葉がなぜ、そんな言葉が今、チョイスされたのか、自分ですら疑問に思うのです。
なにかを伝えなきゃ・・・焦って発信される言葉は周りの空気を凍らせる威力ももっていて、いつも思うことは『しまった・・・』と思う後悔の念だった。
公然の場は当然、会話も苦手でいつも思う言葉が出せず、喉につまり、ついていけない周りに消沈し息途絶え絶望してしまう。
でも、そんな自分に打ち拉がれていた時も続くと、そんな自分でも、『まぁ・・・いいか。』と、成長の兆を見せない自分に諦めるかのように踵を返し、またもとの自分に安住さえ覚え、周りを困惑に落としている。
もう、周りに『こんな自分ですから・・・』と、お願いする次第でございます。
なんか、ごめんなさい。
4歳と2歳のご子息たち、言葉のキャッチボールができるようになっています。

※焼肉ごっこだそうです。
子供達の素直な発言に驚くと言うか、なかなか大人じゃ遠慮して言えないことも、どうぞお構い無く・・・といった感じで話してくれる。
ある意味、理想郷の極地ではないだろうか?
子供だから許せるのであって、大の大人ならバシボコにされてしまうだろうけど・・・
子供といってももうすでに、自分が備わっていて、ここからだんだんと自分が出しにくくなってこんがらがって分けがわからなくなって、そんな自分に諦める・・・のでしょうか?
40歳になっても、わからんちんです。