自分の気持ちを相手に伝えるには、色々な方法がある。

言葉。メール。手紙。態度。他にもいくつかあるだろう。

今の時代、携帯メールで愛の告白なんてのもあるようだが、メールというのは、なかなか難しい。絵文字などを有効に使わないと、感情の表現が出来ないし、相手にも真剣さが伝わらない気がするのである。古い考えかもしれないが、個人的には嫌いである。

やはり、男なら直接相手に、自分の言葉で伝えるか、態度で示すのが一番だと思っている。

手紙というのは、自分ではあまり書いたことは無いが、これまでの人生で、もらった手紙に何度も救われたことはある。
メールと同じで、文字だけの表現にはなるれども、手書きというせいなのか、手紙にはものすごく感情があり、メールで同じ文章を読むよりもはるかに感動する。

前職のスタッフからもらった手紙は、今読み返しても、感動して涙がでるし、感謝の気持ちでいっぱいになる。

そういう意味では、手紙というのは素晴らしいものだと思う。


今日は、愛する妻の誕生日。
そして、いまや崖っぷちの我が家の結婚記念日である。

妻に伝えたいことは、たくさんある。

本来であれば、直接、自分の言葉で伝えたいところだが、今の自分の言葉に、妻は聞く耳をもってくれるかわからないし、また喧嘩のようになるのも、もう嫌だ。

だから、手紙を書こう。

妻に送る、最初で最後のラブレターだ。

これまで、たくさん苦労をかけて、傷つけ、嫌な思いをさせてしまった。

いまさら何を?と思われるかもしれない。ただの自己満足かもしれない。

でも、自分自身をみつめなおし、生まれ変わろうとしている今だからこそ、今の気持ちを伝えたい。知ってもらいたい。

だから手紙を書こう。

これから先のことは、わからない。

たとえ、結果は同じだとしても、それは仕方がない。

とにかく、手紙を書こう。

自分の気持ちが、きちんと伝わるように。





Android携帯からの投稿

失ったものは簡単には取り戻すことはできない。


失ったものが大きければ大きいほど、それを取り戻す為には、それ相応の代償が必要だ。



私は、5月に転職し、店長職→営業マンとなった。

実際に、営業マンとしてフィールドデビューしたのは、1ヶ月の研修を終えた6月から。

なので、実際の活動期間は現在で、実質2ヶ月が経っている。


思えば、この2ヶ月で得たものは少なく、失ったものは多い。


【この2ヶ月で失ったもの】

・自分自身

・仕事に対する情熱

・仕事に対する自信

・以前の収入

・楽しい家庭

・健康な体

他にも、色々とあるとは思うが、大きなものはこんなところだろう。


簡単に流れを整理すると、転職→収入が減少→仕事の壁にぶつかる→情熱・自信を失う→自分自身を見失う→愛する妻の気持ちが離れる→精神的ストレスから体調を崩す。


まあ、こんなところだろう。


では、こんな事態を招いたのは、誰のせいだろうか?


答えはもちろん、自分自身のせいである。


以前のブログにも書いたが、私は現実をなめていたのである。甘く考え過ぎていたのである。自分自身の弱さから、最悪の事態を招いてしまったのである。


このことに気づかせてくれたのは、まぎれもなく私と生活を共にし、支え続けてくれていた妻である。妻と最後に喧嘩したとき、今までみたこともない怒りをあらわにし、本気の警告をしてくれたのである。


これで私は目が覚めた。あらためて自分自身を見つめなおし、本気で自分の人生を考えようと思った。

失ったものを取り戻そうと思った。


自分自身を取り戻した時、私は「大切な妻」すなわち「楽しい家庭」を失った。本当に大きな代償を払ってしまったと思う。


しかし、自分自身を取り戻した私に、後悔して、くよくよ悩んでいる暇は無い。


今までの自分では、想像も出来ない程の努力をして、失ったものをすべて取り戻し、以前にも増して輝ける人生を、これから送っていこうと思う。


この先も色々な出来事が起こるだろう。しかし、何事にも、真摯に向き合って、乗り切っていこうと思う。

現実をしっかりとみつめ、一歩一歩、前に進んでいこう。


PS 最近、本当に体調が悪い。身体がおかしい。万が一、手遅れな状態だった場合、「健康な身体」って取り戻せるのかな。

現在、我が家は家庭崩壊寸前だ。


自分の仕事が変わり、収入も大幅に減った。

それでも、当初はなんとかなるという楽観的な考え方で、過ごしてきた。

新しい仕事は、とても厳しい世界で、ものすごい努力が必要にも関わらず、その努力を怠り、惰性でやってしまった。日が経つにつれ、この仕事の厳しさを実感するようになり、精神的にもかなり追い込まれていったのである。


一方、妻は、夫である私自信と、この家庭を支えるべく、新たに仕事を増やし、嫌な顔ひとつ見せずに家事もやってくれていた。


しかし、実際は相当な負担だったのだろう。妻は、日に日にやせ細っていったのである。


自分の甘さから精神状態が不安定になっていた私は、とにかく自己中心的な考えで、そんな妻の状況も、実際の妻の気持ちも考えないで、自分のことや考えばかりを妻に押し付けてしまったのである。


こんな状態では、家庭がうまくいくはずもないだろう。今の状態は、自分が招いたものなのである。愛想をつかされても仕方がない。


思えば、自分の人生はこんなことの繰り返しだった。


自分に都合の悪いことが起これば、すべてまわりのせいにして、自分自身を見つめなおすということを一切やってこなかった。そのせいで、いろんな人に迷惑をかけているのに、気づかなかった。これまでは、それでも何とかやってこれたので、そのことに気付かなかった。いや、考えようとも思わなかったのだ。そして、周囲の人々の善意も当たり前のように受け取り、感謝の気持ち、恩返しの気持ちも持てなかった。


どれだけ自己中心的だったのか。今さら悔やんでももう遅い。


これまで、まわりに迷惑や負担をかけてきた「つけ」が今になってまわってきただけのことである。


今の状況を、投げ出して、また同じ人生・失敗を繰り返すのは簡単なことだ。要は、現実逃避をすればよいだけのこと。でも、これまでは、何かしら助けてくれる人達がいたから、やってこれただけで、そんなにそんなに人生うまくいく訳がないし、甘えられる人も、周りにはもういない。このままでは生きていくこともできないだろう。


「死」という最大の選択肢もあるが、それこそ最大の逃げであり、これまで助けてくれた人達への最大の裏切りになってしまう。何があっても、それだけはダメだ。では、どうすればよいのか?


答えは簡単。自分自身が変わるしかないのである。


失った信用を取り戻すのは簡単なことでは無い。言葉を飾って、口先だけで何とかなるものでも無い。実際に行動に移さないとだめなのである。一生懸命にやって、認めてもらうしかないのである。その結果として、認めてもらえなかったとしても、あきらめずにやり抜く。そして、相手に何とも思われなくても、少なくても迷惑をかけた方々には恩返しをしていかなければならない。


34年も、こんな感じで生きてきてしまったから、すぐに変われるものでも無いことは、十分にわかっている。でも、これまでは変わろうとする努力も怠ってきた。


だから、まず変わる努力から始めよう。一生懸命にやって、いつか自分の人生をもう一度振り返った時に、今日のこの日が人生のターニングポイントだったと思えるように頑張ろう。



今日、妻とまた喧嘩した。最近は喧嘩が増えた。だが、これが最後の喧嘩になるだろう。もう喧嘩をする相手も、支えてくれる相手もいなくなるのである。でも、その喧嘩でこのことを気づかせてくれた。思えば、年下の妻だが、最高の妻だった。年齢はだいぶ下だったが、精神年齢は自分の方が、ずっと下だった。失って初めて気づくとは情けない。


そんな最高の妻と離れなければならないのは、すごくつらいことだが、自分でまいた種なので、仕方がない。



いつか必ず恩返しをすることを誓って、今、この瞬間から必死に生きてみよう。