サトシがナスからジョウロを上げると、庭の隅がガサゴソする。
「おはよう。」
サトシの声に、ノアが首を伸ばす。
「来た!」
「来た?誰?」
ブランもノアの頭の上から顔を出そうとする。
「トラさん!」
ノアがニッと笑って、庭に下りて行く。
サトシが入れ違いにリビングに入るその足元を、ブランがスルッと横切る。
「トラさん!虎次郎さ~~~んっ!」
ノアが嬉しそうに虎次郎に駆け寄って行く。
「お、元気にしてたか?」
虎次郎がノアの頭の匂いをクンクンと嗅ぐ。
「うん!ブランにも会えた!」
「そうか、よかったな。」
虎次郎が庭の真ん中で丸くなると、駆け寄って来たブランが、きょとんと首を傾げる。
「トラ……さん?」
「そうだよ、ブラン、この猫が虎次郎のトラさん!」
「とらじろうのトラさん……?」
虎次郎の目をじっと見るブランに、虎次郎がニヤッと笑う。
「なんか……知ってる人のような……。」
「あ、そうかも!ちょっと天界の匂いがするよね!」
ノアも虎次郎の背中をクンクンと嗅ぐ。
意外そうに二人を見た虎次郎が、クククッと笑う。
「テンカイ?なんだそりゃ、美味しいのか?
俺は魚の匂いの方が好きだぞ。にぼしもいい。あれは渋い大人には恰好のおやつなんだ。
ああ、団子の甘い香りもいいな!」
「まさか、トラさん、柴又の生まれとか?」
虎次郎がニヤニヤ笑いながらブランの匂いを嗅ぐ。
「おや、知ってるね?この子は。」
ノアが首を傾げる。
「知ってる?何を?」
「映画好きの猫なんて聞いたことないよ。」
ブランが呆れたように虎次郎を見る。
「人間の見るドラマってやつはなかなかいいのが多いからな。」
「ドラマ?トラさんドラマなの?」
「ドラマじゃないよ。映画から名前取ったのかって聞いたの。」
ブランがノアの上に乗っかり、右耳を甘噛みする。
「え、そうなの?」
ノアは右耳を噛まれたまま振り返る。
「知らん。付けたのは俺じゃねぇ。あいつだからな。」
前足の上に頭を乗せた虎次郎が、
縁側に座って三人をニコニコ見ているサトシに視線をやると、
ブランとノアもサトシの方を向く。
「さて、俺は寝る。うるさくするなよ。昼寝の邪魔だ。」
「大丈夫だよ。僕たちうるさくないし!」
「子供ってのは、いるだけでうるさいんだよ。」
虎次郎は言葉とは裏腹に、優しい表情で目をつぶる。
「お前らも寝ろ。猫は昼寝が仕事だ。」
虎次郎が抱きかかえるように、ノアの背中に前足をかける。
「そうなの?いいね、猫って!」
「そうかぁ?僕はもっと遊びたいけど!」
しかし、そう言ったブランの口から大きな欠伸が漏れる。
「ブランだって眠いんじゃん。」
バツが悪そうなブランが、フンッと顎を上げる。
「……猫の仕事だからだろ?」
静かに寝入った虎次郎の隣で、ノアとブランも重なるように体を丸くし、目をつぶった。