「あ~、よく寝た!」
ブランが顔中を口にして欠伸をする。
人間界は地獄より疲れるのか、まだ眠い。
「あ、起きたね。」
「やっと起きた!」
アイバが嬉しそうにブランに寄ってくる。
「お腹空いたのか?ん?」
長い指で、ブランの鼻を撫で、顔を近づけて来る。
「ん~、気持ちいい!もっともっと!」
ブランが気持ち良さそうに目をつぶると、アイバはもう片方の手で、喉を撫でる。
「かっわいいなぁ、見て、この顔!」
アイバが、隣にいる彫りの深い男を呼ぶ。
「かわいいっ。」
彫りの深い男も、その手を伸ばす。
漂う甘い香り。
「やっ、何、この匂い!」
ブランが男の手を牽制する。
「こんな匂い、嗅いだことない!この指?この指から匂う?」
ヒクヒクとヒゲを動かし、指の匂いを嗅ぐ。
「ほら、ジュン君、警戒してるから!」
アイバが得意気にブランを抱きあげる。
「子猫は警戒心が強いからね~。」
抱き上げると、大きな手でワシャワシャとブランを撫でまくる。
「嫌がってない?」
ジュンが不審そうにアイバを見る。
「大丈夫、大丈夫。俺、動物得意だから。」
尚もワシャワシャと撫で続けるアイバの指に、ブランが噛みつく。
「やり過ぎ!そこまでしていいって言ってない!」
「だ、大丈夫?」
ジュンが心配そうにアイバを見るが、アイバは平静を装って手を振る。
「大丈夫、大丈夫。甘噛みだから。」
その指から、ツーっと血が垂れる。
「え?甘噛み?」
「はっはっは。やり過ぎだぞ。」
バツの悪いアイバは、メッと言うように、ブランに顔を近づける。
その顔に、ブランの前足がしなる。
「いって!」
アイバが鼻を押さえ、ブランを抱いたままうずくまる。
「マサキ、大丈夫?」
「だ、だいじょーぶ……。」
ジュンが覗き込み、鼻を押さえるアイバの手を掴む。
高い鼻にスッと白い線が入っている。
「本当に動物、得意?」
アイバはもう片方の手で、自分の鼻を撫でる。
「得意なんだけどなぁ。おかしい!」
ジュンは、アイバの抱いたブランに手を伸ばす。
ブランはその手に向かって、喉を鳴らして威嚇する。
「ダメだな。こいつ警戒しすぎ!」
「ママがいなくて不安なんだよ。」
アイバは、また優しくブランの喉を撫でる。
「俺はマサキの鼻も心配。綺麗な鼻なのに。」
ジュンは、アイバがさっきブランにしたように、アイバの鼻筋を撫でる。
「くふふ、にゃあ~ん。」
「この大きな猫は従順。」
ジュンはアイバの頬に手を添える。
「にゃあ……。」
その手をアイバが甘噛みしようと口を開くと、倉庫の入口の方からカサっと音がする。
二人は動きを止め、近づいてくるシルエットを見上げる。
「お前らが遅いって、ニノに角が生えてるぞ。」
二人の前にしゃがみ込んだ顔が優しく笑い、ブランに手を伸ばす。
「あ、この人!」
ブランはその手に飛びつき、顔を擦りつける。
それを見ていたアイバとジュンが顔を見合わせる。
「意外……。ショウさん、動物苦手じゃないんだ。」
「ほんと、意外!」
「意外じゃないぞ。ショウ君の優しさは動物にだってわかるんだ。」
両手を後ろで組んだ男が、しゃがみ込んだ三人を見下している。
「店長!」
アイバが叫ぶと、ブランは驚いてビクッと身を引く。
逆光でシルエットになったその姿を見上げた途端、ブランが飛び上がる。
「ママンっ!」
アイバの膝を蹴り、ショウの手を跳ね上げ、ジュンの肩を台にして飛びつく。
「お、元気いいな?」
自分の胸に貼りついたブランを、店長が両手で支え、ニコッと笑った。