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あんな顔で見られたら……。
慌ててトイレに入ったはいいものの、玄関のチャイムが鳴ってビクッとする。
こんな時間に?誰?
友達とか……来るのか?こんな時間に!
まさか、彼女?
いいのか?俺がいて?
ガタッと音がして誰かと話してる声。
そうだ、この隙に……。
服と携帯を掴んで、玄関に急ぐ。
誰か来る前にこっそり……。
服を着ながらそっと靴に足を入れ、ゆっくり玄関のドアを開ける。
振り返ってみても、気付かれてる様子はない。
よっし、今だ!
慌てて裾を引っ張り、携帯をポケットへ。
廊下には誰もいない。
一目散に外に出る。
音が出ないように、そぉっとドアを閉め……。
ガチャンと音がする。
よかった……。
このままこっそり……。
そう思って、早足でエレベーターホールに向かう。
待てよ?エレベーターだとかち合うかも……。
仕方なく、非常階段を駆け下りる。
何階だったんだっけ?
いつまで続くんだ、この階段!
グルグル回る階段に、だんだん眩暈がしてきた頃、やっと地上に到着!
「ふぅ~、これで帰れる!」
すっかり酔いもさめたくせに、長い階段のせいでちょっとフラつく。
普段使わない筋肉使ったんだなぁ。
それと三半規管!
またちょっとグワンと世界が回って、ドンと何かに頭が当たる。
「送ってくよ。」
「え……。」
見れば翔君で。
「どうして……。」
「ふらついてるよ?」
翔君が、俺の腕をガシッと掴む。
「ちょ、翔君!」
「こっち。」
ふらつく足を引きずられるように、翔君に引っ張られる。
「どこ行くんだよ!ほっといていいから!
翔君、忙しいんだから!」
「そんなあなたをほっとく方が俺には無理なの。」
「翔君……。」
「それとも……。」
翔君が真顔で俺の腕を引いて、シャンと立たせる。
翔君との顔の距離、わずか十数センチ。
イケメンの圧力にドキッとする。
「そんなに俺と一緒にいるの、イヤ?」
「そんなこと……ないけど……。」
うつむく俺に、翔君の声が明るくなる。
「じゃ、いいね?」
俺はうつむいたままうなずくしかなくて。
「そうだ、ちょっとドライブしようか?」
翔君が、車のキーをポケットから取り出す。
「大丈夫。ちゃんと家まで送り届けるから。」
ええ~、マジか。
いい歳のおっさん二人がドライブって……。
「ほら、行くよ。」
楽しそうな翔君が、俺を助手席に乗せ、車を走らせる。
俺はどうしていいかわからず……。
ずっと窓の外を見てた。
時々、カーステから流れる懐かしい洋楽に、鼻歌を合わせる翔君の声を聞いてたら、
いつのまにかうつらうつらしてきて……。
なんか、揺れとか翔君の声とか、気持ちよくて……。
「智君?眠い?」
「ん……。」
翔君の声が遠い。
「しょうがないなぁ、ドラ……はまた……。」
もう、その先は聞こえなかった。
「智君、起きて。」
霞む視界にうっすら見覚えのある風景。
「え……?」
眠気は一気にふっとんで、顔をキョロキョロする。
「ここ……。」
俺んちのドアの前!
「智君ちまで送り届けるって言ったでしょ?」
そうだけど……。
てか、翔君、どうして後頭部?
「鍵、貸してくれる?それとも自分で開ける?」
いや、自分で開けるけど……。
俺はポケットをガサゴソ鍵を探す。
あれ?俺、地面に足がついてない?
よくよく前を見てみる。
見えるのはやっぱり翔君の後頭部。
柔らかそうな襟足が一房だけクルッとしてる。
……後頭部?
俺、そんなに背、高くねぇぞ?
「鍵、あった?」
「あ、あった!」
慌てて鍵穴に鍵を差そうとして、翔君の肩の上から手を伸ばす。
肩の上からって……おんぶ!?
「うわっ!」
驚いて、落ちそうになる。
「ほら、危ないから、暴れない!」
にこやかに笑う翔君が、首だけ振り返る。
「俺……まさか、ずっとおんぶ……?」
クスッと笑う爽やかなイケメン。
「気持ちよさそうに寝てたからね。起こすのが可哀想で。」
俺は恥ずかしくなって、急いで翔君の背から下りる。
「もう、大丈夫なの?」
「う、うん……。」
まともに顔なんか見れたもんじゃない。
今日は醜態をさらしっぱなしだ!
ドアを開けて、ふと考える。
ここまでしてもらって……お茶も出さずに帰していいもんか?
a 部屋へ誘う
b 申し訳ないけど、今日は……と帰す