人差し指が差したのは、男の腕の中で、気持ちよさげにスヤスヤと寝入る赤子。
「これか?」
男がそっと赤子の顔を二人に向ける。
「これは……わしの子だ。」
男が自慢げに笑う。
「え?」
「ええ?」
「どうだ、可愛いだろう?」
二人は赤子に歩み寄り、男と赤子を見比べる。
「狐殿は……子が産めるのでございますか?」
「わしにできぬことはない。」
「だ、だって、男ですよね?どこで孕ませたんですか!?」
雅紀の驚きを隠せぬ声に、男が声を上げて笑う。
「まさか!わしが産んだ子だ。この為に戻っておったのじゃ。」
「え?」
「えええ?」
二人は顔を見合わせ、もう一度赤子に視線を戻す。
確かに赤子は男に似ている。
寝ているからわかりづらいが、長い睫毛に可愛らしい口元は男とそっくりだ。
「確かに似てるけど……鼻とか、目の大きそうなとことか……、
翔さんにも……似てる?」
雅紀が不思議そうに櫻井を見上げる。
「まさか……。」
櫻井が驚いて目を見開いたまま、男を見据える。
「お前との子だ。」
男はニヤリと笑って、胸に抱いた赤子の頬に唇を当てる。
「そんなことが、まさか……。」
驚いて口を開けたままの櫻井を見て、男がさらに笑う。
「なんだ、星はそこまで教えてはくれなかったのか?」
櫻井は驚いて口を開いたまま考える。
あの星の輝きは、このことだったのか?
でも、まさか……。
櫻井は人差し指で唇を撫で考える。
さすがに櫻井でも、すぐに信じることができない。
「わしはちゃんと言ったぞ?
大きくなって帰って来る、お前好みの土産を持って、とな。」
「確かにそう言いましたが……。」
櫻井は赤子の顔を覗き込む。
男にも似ているが、自分にも似ている。
この髪の生え際など、自分とそっくりではないか?
恐る恐る赤子の頬を撫でてみる。
フワッと柔らかく、わずかに櫻井より高い体温が気持ちいい。
赤子が、生きた赤子なんだと実感が沸いてくる。
「信じられません……。」
櫻井がそう言うと、男は不満そうに口を尖らせる。
「信じようが信じまいが、お前とわしの子だ。」
「信じないわけでは……ありません…が……。」
櫻井は赤子をじっと見つめる。
赤子がふにゃふにゃと顔を歪め始める。
「ああ、赤ちゃんが泣いちゃう!私、ちょっと丸さんのところに行って来ます。
丸さんとこ、先月赤ちゃんが生まれたばかりだから、少しお乳を分けてもらってきます!」
雅紀はそう言うと、一目散に玄関を飛び出した。
「雅紀さん!」
櫻井が呼び留めようとすると、男が櫻井の肩を掴む。
「この子に乳は必要ないが、飲めないこともない。」
男は櫻井に赤子を手渡す。
櫻井は赤子を抱き、その軽さ、柔らかさにドギマギする。
「え、あ、どうしたら……。」
「黙って抱いていろ。」
櫻井は慣れぬ赤子に、身動き取れない。
赤子は櫻井に気付き、櫻井の顔をじっと見つめる。
黒い大きな瞳は、濁りなく、透き通っている。
「あなたと私の……。」
「そうだ。もう少し大きくなってから連れて帰ろうと思ったが、
お前が呼んだからな?」
櫻井は赤子から視線を逸らさず、あやすようにぎこちなく体を揺らす。
「聞こえたんですか?」
「当たり前だ。お前が掛けた術だろう?」
櫻井が、ふふっと笑うと、ふにゃふにゃしていた赤子の口元が、笑っているように歪む。
「ああ、笑いましたよ、ほら。」
「この子にもわかるんだな。お前が親だと言うことが。」
男も赤子のようにふにゃりと笑う。
「しかし……どうしましょう?」
「何が?」
「この子が大きくなった時……、母親をどう説明するか……。」
男は、ふむと、唇の端を上げる。
「なに、お前の母親は流行り病で亡くなったとでも言っておけばいい。
名前は、そうだな……。」
男の目に、ふと庭の葛の葉が映る。
「葛の葉だ。母親の名は葛葉(くずのは)でいいだろう?」
「葛葉……優しそうな名です。」
櫻井も庭の葛の大きな葉に目をやる。
大きな葉は、この子を雨風から守ってくれそうな気がする。
「でも、なぜ……赤子を?」
男はにやりと笑う。
ダメだ~、3000越えたから分けるね。
長くても、最後にしようと思ったんだけど!
34、35、36はちょっと短めですが、よろしくお願いします!