「どうですか?帝のご様子は。」
櫻井は味噌汁を啜りながら雅紀を見る。
雅紀は、櫻井の釣った小さな魚から骨を取るのに夢中だ。
「はい。今日は顔色もよく、薬が効いているようでした。
ウコギを加えたのがよかったのかもしれません。」
「顔色がいいのは、雅紀さんが行ったからでしょう?」
櫻井も魚を頬張りながらニコッと笑う。
「そ、そんなことは……ありません……。」
雅紀の頬がみるみる染まっていく。
「ただ、面白い話しをする町の子供だと思われているだけで……。」
「そうでしょうか?」
櫻井が意味深に笑う。
「そ、そうです!そうに決まってます!」
雅紀は赤い顔を隠すように、口を大きく開けてご飯を掻き込む。
「ふふふ、いつものしっかり者の雅紀さんも素敵ですが、
そうやって恥ずかしがってる雅紀さんはさらに可愛らしいですな。」
「しょ、翔さん!」
雅紀が恥ずかしさを隠すように、櫻井を睨む。
「でも……。」
雅紀は、じっと茶碗を見つめる。
「帝の所に行く度に、恥ずかしさが増します。」
「それはなぜ?」
櫻井が首を傾げて雅紀を見る。
「帝は……何かにつけ、手を繋ぎたがります。
すぐに……抱き着いてくるし……。」
櫻井は、箸を持つ手で口を隠して笑う。
「それは、いろいろな意味がありますな。」
「いろいろな?」
櫻井は小さくうなずく。
「帝なりの親愛の情を示しているのもあるでしょうし……、
雅紀さんと触れ合っていると……心と体が軽くなるのでしょう。」
「心が?」
「はい。雅紀さんの優しさに触れているのと同じ効果です。
直接触れ合えば、温もりも、優しさも伝わってくるでしょう?」
櫻井はあえて雅紀の秘めた力について言わなかった。
それを知れば、雅紀が要らぬ心配をするやもしれぬ。
帝の気持ちを勘ぐって、悲しむことになるかもしれない。
自分の力のせいで帝が雅紀に触れたがると……。
実際、そういう面がないとは言えない。
雅紀と触れ合えば、雅紀の力によって、体の内から浄化されていくのかもしれない。
だが、誰にもそれを確認することができないのだから、
わざわざ言う必要もないだろう。
力について、いつか話さなければならないとしても、もう少し雅紀が成長してからでいい。
櫻井はにっこり笑って茶碗を持つ。
「力になってあげてください。
帝は私達にはわからない、大変な想いをされてこられているでしょうから。」
「はい。」
雅紀が力強くうなずく。
今、力になることが、将来雅紀の為になる。
櫻井も同じようにうなずいて、魚に箸を付ける。
「でも、私も……。」
雅紀がにっこり笑う。
櫻井が箸から、視線を雅紀に移す。
「帝と一緒にいると……とても温かい気持ちになります。」
雅紀がやはり恥ずかしそうに笑う。
「手を握られるのも、抱き着かれるのも……恥ずかしいけど、嫌じゃありません。」
櫻井に笑顔が広がっていく。
「そうですか……。」
二人は見つめ合って笑い合う。
星の巡り合わせとは、なんと不思議なものなのか。
全く知り合うはずもない帝と鬼の子が、こうして知り合い、お互いを求め合っている。
櫻井は、窓から空に目を馳せる。
星は……次はどこへ向くのだろうか。
「お前も……そろそろ抱き着かれたいんじゃないのか?」
突然響く男の声に、驚いた櫻井と雅紀の動きが止まる。
声は土間の方から聞こえて来た。
すぐさま、二人の視線が土間に移る。
二人の視界に入ったのは、出て行った時と同じ、にこやかに笑う男の顔。
「狐殿……。」
「ど、どこに行ってたんですか!」
二人同時に叫び、次の瞬間、ビクッとする。
「それ……。」
雅紀が人差し指を男の胸元に向ける。
「どうしたんですか……?」