鶏口牛後について考えた

大きな国の一部として目立たずに手下として過ごすよりも

小さな国でも頭となって過ごす方が良い

という例えらしい


どちらがいいのだろう

例えば会社なんかでは、本社ではそこまで

目立つ役職ではなかったり下っ端として働いていても

支社や地方にいくといきなり責任ある役になったりするのは

当てはまるかな

鶏口は牛後にはなれないけれども牛後は鶏口にはなれる

という意味では

やっぱり牛後の方がいいのではないか


受験の名門校や進学校でも(ホンとにすごいとこは)

クラスではビリだったけど一応東大受かりました

みたいなことになってるでしょう!

え?なってませんか

それって当てはまるとしたら

やっぱり牛後がいいだろうに


鶏口でもいい というのは

どこか田舎のガキ大将的な心持に

聞こえてしまいますよね

でも本当は何が鶏で何が牛かという価値観にも

多様性があって当然だろうし

自分のやりがいや目標やその他のビーコンがあれば

頭であるか後であるかということは

些末な問題だね


アイリスのこのメタルラック

便利だなぁ 棚の高さも自在に変えられるし

組み立てに工具要らないし

奥行きの違う棚もおけるし

上や横に延長もてきるし


沖縄娘のブログ
好きです

アイリス

あ、宣伝してる・・・


『臓器移植に関する法律』について勉強していて

第8条にこんな一節がある○か×か


第八条 ~死体から臓器を摘出するに当たっては

礼意を失わないように特に注意しなければならない


という問題について一生懸命考えて×にしたら○だった

礼儀正しくすること、って法律で定めるなんてちょっと変

しかも礼意を持って接するとは、施行前に合掌するとか

一礼するとかそんなものだろうに

決められてなくても当たり前だし

決められているからという理由でするのもどうかと思うし


聖徳太子の十七条の憲法精神がまだ

日本人の心の中には残っているということだろうか

法律のウェットな部分ということでいい面なのかもしれない

考察するべき点は他にもいっぱいあるだろうけれど

この部分が一番気になるのでした

小浜さん

じゃなかったオバマが大統領に就任して

偶然テレビで就任式の中継を見てしまって

演説も見てしまって

我らを侵略する敵と戦うことを許したまえと

申していたり

やはり全力で戦うことを宣言していたり

やはり

『戦う国 アメリカ』

を見せ付けられて

やっぱりそうなんだなぁと

寂しい気持ちだ

戦わずには生きていけないのだね

全世界に自由を!

なんて理想主義なんだぁ


とへなちょこな私は思うわけです

だいぶ遅くなった話

去年のクリスマス前にアドベントカードをもらった

アドベントとはキリスト降臨を待ち望む期間のことらしく

カードに描かれた小さな窓を開けるとかわいらしい絵が描いてあって

1日に1つずつクリスマスまでにあける

という何とも子供の遊び心をくすぐるようなアイテム

沖縄娘のブログ


ドイツの子供はこれを自分でつくるらしいぞ

という話を聞いてじゃあ作るか自分で

ということで夜中の12時だったが小学校の

図工の時間のような楽しい夜なべをした

好きだったな図工・・・

そういう話じゃなかった

アドベントカード

なんだかクリエイティブな能力を試されているようで

のめり込んだな 子供心に帰ることができるので

お好きな人はお試しあれ

あと最近はまっているのは

ペーパークラフトとか塗り絵

もちろんウェブでダウンロードして費用はほぼゼロで

楽しむ大人の遊び