アメトピ続けての掲載もありがとうございます。
叔母の介護、お疲れ様でしたというご褒美(?)でしょうか。
(アメトピに掲載頂いた話⬇️)
母や叔母の介護について書く場を与えて頂いたこと、心より感謝致します。
ありがとうございました🙇♀️
このブログは、ひとりっ子の私が兄弟姉妹という協力し合える人達がいない中、母の介護に加えて、1人暮らしだった叔母の介護も加わって、てんてこ舞いしている日々を備忘録として書いていこうと思って始めました。
(始まりはこちら⬇️)
(叔母の介護はここから始まりました⬇️)
それまで読む専門でしたから、できるかなぁという不安もありましたが、息子に背中を押されてのヨチヨチスタートだったことを今も懐かしく思い出します
ブログは実際の日々の後追いで始まりましたから、介護をしながら少し遡って書く形で、じきに追いつくだろうと思って書いていました。(リアルな介護をしながら、ブログは少し遡って書いていました。)
最初は叔母の介護サービスに振り回されたり、叔母の方がブログでも中心でした。
母は介護サービスも受けていませんでしたから、最初は私もまだまだ呑気だったと思います。
でも、母が倒れて救急搬送されてから、本当に大変でした。
(母が倒れた時の話はこちら⬇️)
コロナ禍真っ只中で、病院の面会も施設の面会も出来ない中、不安も大きく、そして信じられない間違いもありました。
(看取りと言われた後、あわてて訂正された話はこちら⬇️)コロナ禍ならではの間違いだったかもしれませんね😅
ブログがリアルに追いつかないうちに母も亡くなり
叔母も亡くなってしまいました。
リアルに追いついていたら、叔母のことでコメントでアドバイスも頂けたかもしれないと思うと、残念です。(追いついたらコメント欄あけようかとも思っていたのですが. . . 。もともとは、不器用なのでうまくコメントを返せる自信がなくて、閉じさせて頂いていました🙇♀️)
正直、叔母が現実で亡くなった時、書き続けられるか. . . と自問自答しました。
母の時と違って、やはり亡くなった時に無念に思う気持ちや悔恨が大きすぎて、精神的にダメージも大きかったので、書き続けられるか自信がありませんでした。
あの苦しみをまたなぞるのかとゾッとする気持ちもありました。
忘れてしまいたい、もう終わったことにしたいという気持ちもありました。
でも、
叔母の供養のためにも、しっかりと最期まで記録しようと思い直して、ブログを書き続けてきました。
叔母の介護は失敗が多かったと思います。
今思うとあの時こうすれば良かったと思うこともたくさんあります。
でも、もしこの失敗が皆さんの反面教師になったり、何かの参考になってくれれば幸いです。
他の方のブログを読んでも、医療現場、介護現場さまざまですよね。
なんでそんな理不尽なことが罷り通ってるの⁉️って、憤りを感じることもしばしばです。
また、すごく頑張ってらっしゃる現場の方の話を読んだりすると、本当に救われる気持ちになります。
みんながみんな悪いわけじゃないんだ
って。
良い病院や施設もたくさんあるんだって。
現に、母の時もいろいろありましたが、良い病院も、良い先生も、そして温かい特養にも恵まれました
今でも深く感謝しています。
皆様や皆様のご家族が、より良い出会いに恵まれますことを心よりお祈りしております。
叔母を実際に見送ったのは私と息子の2人だけでしたが、ブログ上で亡くなった時は、本当にたくさんの方々にご訪問頂き、まるで皆様に見送って頂いたようで嬉しく思いました。
叔母もきっと喜んでいることと思います。
今まで、あたたかく見守って頂きまして、本当にありがとうございました🙇♀️
母と叔母の介護日記としては、終わりを告げるべきところなのでしょうが、亡くなった後のこと、あと少し書かせて頂ければと思います🙇♀️
もう少しお付き合い頂ければ嬉しいです
そして. . . 介護ブログも
まだ少し続くかもしれません🙇♀️







