さあ、家に帰りましょう | てんてこまいの介護日記

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母の介護に加え、一人暮らしの叔母の介護も加わり、てんてこまいの介護日記です。

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母は荼毘にふされました。
母の姿形がこれでなくなってしまうと思うと、わかっていたことであっても涙を止められない私でした。
続きです。
前回の話はこちら⬇️


火葬している間、斎場の用意された場所でお茶を飲んだり食事をしたりして待つようになっていた。そしてそれは斎場に直接の支払いになっていた。

私はすでに、ぐったりだったが、子どもたちが気を遣ってくれた。


しばらくすると係の人に促されて、また先程の場所に誘導された。


広間の端の台の上に、何か黒い部品のような物が置かれていて、

それは母の大腿骨骨折の時に入れられていた金具だった。

火葬場で処理する場合は書類にサインする。持ち帰りも可ということだったが、書類にサインをした。


そして、いよいよお骨上げ(収骨)に向かう。

母の骨が並べられている台の所で、骨について説明を聞き、最初は家族で骨を壺の中へ2人ずつ組んで(?)骨を長いお箸のような物で挟んで壺に入れて一巡した。

骨を落としたら縁起が悪いかもしれないと良くわからないが緊張して慎重に骨を壺に入れた(私は夫と組んだので、夫が器用なのでよかった)。


その後は手際良く火葬の係の方が骨を集めて入れてくれた。


一緒に入れた物の金具などが残っていると、火葬の人が磁石で器用に除いてくれた。


あっという間に母の骨は白い壺に収められて、四角い箱に収められ、火葬証明書が入れられて閉じられた。

木の箱は白い被せの布をかけられて渡された。


この四角い箱の中に母は本当に収まってしまったのだ. . .


何とも言えない気持ちだった。



父の時などは、ここからお骨を喪主が胸のあたりで持ち、他の人が遺影などを持って並び儀式的なことがあった気がしたが、今回は家族葬なのでこれで終わりだった。



葬儀の人が白い布に包まれた母を、持ちやすい(?)青い袋に入れてくれた。


今はこんな便利な物があるのね。


さあ、勝手知ったる私の家に帰りましょう。いつも孫たちと一緒に過ごしていた家だよ。

しばらくは一緒ににぎやかに過ごせるから. . .

あちこち病院に入院して大変だったよね


お疲れ様でした。


どうぞゆっくり休んで下さいね。


(つづく)