切ない・・・ | 店舗探し.comの過去コラム

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2013/1/17

 

昨年、某新聞に掲載された記事です。

 

“24年前に別れた妻子に会いに行くため岡山市内で自転車を盗んだ
 として、奈良県警奈良署は18日、窃盗の疑いで住所不定、無職の
 男(75)を逮捕した。
 自転車で岡山市内から奈良県大和郡山市までの約210キロを5日か
 けて移動してきたという。
 同署によると

 「死ぬ前に別れた妻や子供の顔を見たかった」

 と供述している。 

 

(略)

 

 岡山市内から盗んだ自転車に乗り、公園などで野宿しながら17日
 に大和郡山市内にたどりつき、かつての自宅を訪ねたが、すでに
 妻らは転居していた。
 「会えなくてがっかりした」という男は「自転車を盗んだのは犯
 罪」 として、17日夜にJR奈良駅前の交番に自首。
 所持金は120円だった。”
 
なんとも「切ない」話です。

この「切ない」という言葉ですが、英語にはぴったり該当する言葉
はないのだそうです。
これは『ジワジワ来る猫猫』(片岡K著 幻冬舎)中にある、著者と
かつて付き合っていたイギリス人の彼女とのエピソードとして紹介
されています。
 
“・・・しかし半年後、別れは突然やってきた。彼女が帰国するこ
 とになったのだ。

 

 「切ない。とても切ない」

 

 彼女は何度もそう言った。

 

 「私が日本語で一番好きな言葉はね、切ない。英語にはない言葉だ
 から」

 

 びっくりした。
 イギリスの映画や小説にだって切ない話なんかいくらでもある。
 なのに「切ない」という言葉が英語にはないの?
 じゃあ切ない時は何と言うんだ。

 

「言葉がないんだから、言いようがない」

 

 いくら聞いても、英語にそんな言葉はないと彼女は言い張った。
 言葉以前に、感覚自体がないのだと言う。


 切ないは「悲しい」でも「寂しい」でもない。胸の奥をギュッと
 つままれたようなわずかな痛み。もどかしくてやるせない気分。

 それは日本人特有の感覚だと言うのだ。

 無理矢理でもいいから英語にしてみてよ、と頼むと、彼女はスラ
 スラと英語をつぶやき、すぐにそれを日本語に直訳してくれた。

 

 「私は本当は違う選択肢を選びたかった。でもそうするワケには
  いかなかった」・・・”
 
記事の老人は、人生の終盤に差し掛かって、選ばなかったもう一つ
の人生の行く先を確認したかったに違いありません。
「そうするワケにはいかなかった」事情は分かりませんが、少なく
とも妻子と別れた後の人生が不本意であったことだけは察しられます。
 
別れた妻子にあうこともできず、所持金も尽きて逮捕された老人は
哀れです。

しかし、もし彼が妻子の顔を見られたとしても、やはり切ない思い
をしたのではないでしょうか。

 

妻子が幸せそうな表情をしていたら、なんとしても別れずにそのま
ま暮らしていたら、自分はもっとましな人生を送れたはずだとの思
いが募るでしょう。

 

逆に、彼らの不幸な様子を目撃したとすれば、別れによって自分が
支払った大きな代償をもってしても誰にも幸福をもたらさなかった、
との思いで胸が締めつけられるでしょうから。
 
受験、就職、結婚、転職・・・。

 

日本は、家庭の事情やあらゆるしがらみによって、本当とは違う選
択肢を余儀なくされる社会なのかもしれません。

自分の過去をちょっと振り返っただけで、すぐに「切ない」心情に
浸ることができる私は、まぎれもない日本人なのです。