2013/9/12
『羽生善治論 ~「天才」とは何か』
加藤一二三著 角川書店
何故、いまさら羽生善治さんを取り上げるのか。
73歳にして現役棋士の著者はこう記しています。
・圧倒的な強さの秘密はどこにあるのかを探ってみたい。
・羽生善治とはいったい何者なのかを考えてみたい。
・羽生さんがいったいどこに向かおうとしているかに興味を覚えた。
しかし、読み終わって私がわかったことは羽生さんの強さの秘密でも、羽生さんが何者なのかでも、羽生さんがどこに向かおうとしているか、
といったことでもありませんでした。
わかったことと言えば、著者の加藤一二三さんが、圧倒的にポジティブで楽観主義者で、自らを恃む気持ちが強烈であるということです。
語っている内容よりも、自己言及についてのあからさま具合とその語り口とが放つ匂いに気を取られて中身が頭に入ってこないというのが、より正確でしょう。
第1章は「羽生は天才か」という項目立てですがこんな具合です。
“ご承知のこととは思うが、何を隠そう、私もかつて「天才」と呼ばれたことがある。18歳で八段になったときだったか、「神武以来の天才」と
いわれた。
・・・もしかしたら家のなかではいっているかもしれないが、外で「私は天才である」と口外したことは一度もない。ただ、正直にいえば、思ったことはある。
・・・じつは大山さんは私を表していったことがある。
「加藤一二三は大天才である」
感謝すべきことに、名局集のなかでそう書いてくださっているのだ。
なにか照れてしまうではないか。”
結局、羽生さんは天才ということで落ち着きますが、大天才と言われた
という加藤さんの前では羽生さんが色あせて見えてしまいます。
しかも、羽生さんが今後、名局によって多くの人に感動を与えれば、
「大天才と呼ぶにふさわしい棋士になる」と章をくくっており、読んでいる方は、加藤さんよりも羽生さんが格下なのではないかと受け取って
しまいかねません。
第5章ではついに
“この章では、私も含めた天才たちの人柄を表すエピソードを
いくつか述べてきた。”
と、ご自身の天才が自明のこととなっています。
そして最終章では、「加藤・羽生 血涙三番勝負」と自戦記を紹介していますが、3戦のうち2戦は加藤さんが羽生さんに勝った会心譜が、
誇らしげに解説されています。
ちなみに加藤さんの対羽生戦の全戦績は20局あって、加藤さんの
6勝14敗となっています。
加藤一二三さんが73歳にしてなお現役であり、旺盛な意欲がいささか
も減退したように見えないのは、こうした徹底的なポジティブ思考と
自己愛があればこそなのでしょう。
『羽生善治論』という自著を通して「私は天才である。」と大声で叫んだ
かに見える加藤一二三さんは、とても無邪気な方なのです。
加藤さんがズボンをずり上げながら(有名な癖です)、パワフルに活躍するお姿をいつまでも拝見したいものだと、つくずく思ったのです。