2011/7/15
唐紙(襖)は縞、カーテンは格子。
電気スタンドなら木工の枠で和紙貼りに限る。
何から何まで自分の趣味を押し通す、この徹底的な頑固さこそが、
魅力の根源なのです。
『小津ごのみ』
中野翠 著 ちくま文庫
昭和を代表する映画監督「小津安二郎」の映画には、独得の世界観
があります。
その作品はこれまで多くの評論家によって分析されてきました。
しかし本書では映画の内容ではなく、画面に登場するインテリアや
雑貨、俳優や女優のしぐさや口調、ファッションなど、小津監督が
こだわった美意識や趣味といった切り口で小津映画を腑分けして
います。
“小津映画に出て来る人たちのファッションはヘンだ。見ている時は
ただもう気持ちよく、すんなりと受け容れてしまうが、よく考えると
ヘンなのだ。とても不自然。
・・・異様なのは(『彼岸花』の)女たちの帯だ。
山本富士子も浪花千栄子も田中絹代も、チラリと出て来る料理屋の
おかみ・高橋とよやバーの女・桜むつこに至るまで、全員が無地の
帯をしめているのだ。
その多くはいかにも上等そうな風合の紬だ。
こんなことは現実にはあり得ない。”
“小津は映画の中の男たちにも、徹底的にグレイの背広、おうおうに
して三つ揃いを着せている。
たまに中村伸郎が茶色の背広を着るくらい。
シャツは白、ネクタイも背広の色に溶け込むような同系色で、柄も
ごく地味なもの。
その場にいる男たちがみんな、そういう格好をしているのだ。
ほとんど制服。
きっと、小津は「個性」なんか信じちゃいなかったのだろう。”
著者が睨んだとおりの小津監督だったならば、自分の美意識にとって収まりの悪いものを使うくらいなら、映画のリアリティなど糞食らえ、
とでもいうことだったかもしれません。
小津監督に多用された笠智衆さんは、おそらく小津監督が理想とする日本紳士に相応しかったのでしょう。
ソフト帽をかぶり、三つ揃いの背広をきちんと着て、いつでも背筋を
しゃんと伸ばしてひょうひょうと歩く笠智衆さんの姿はすぐに思い浮かべることが出来ます。
小津ごのみの笠さんとともに、何ものにも媚びずに、すべてを自分好みの趣味や美意識で染め上げることにこだわり続けた小津監督は、
古きよき昭和ダンディズムの象徴なのです。