かたっぽさんがボケをかましている。
「問題
タケシ君は、なぜか他の人より自分の顔がクモの巣にひっかかります。ハンバーガーショップで「チーズバーガーのチーズ抜き」と注文するのがタカシ君のマイブームです。タカス君はタケシ君とタカシ君のことを自分より「茨城弁がキツい」と思っています。
さて、三人が一つ100円のポテチを一つずつ買ったらお会計はいくらになるでしょうか」
間髪入れず、打てば響くの即答で、
「そりゃ、300円だろうが ていうか、余計な情報入れ過ぎ そういうの要らないから」
と相方がツッコミを入れていた。
「そんな問題あるかいっ」
とそのときの私もツッコミを入れた。
しかし今にして思えば、私が直面している「問題」はこのような奇妙な「問題」と大して違いがないものだと、今さらながら気付きはじめた。
あるいは、このような妙にねじれた、こじれた、奇妙な「問題」は巷に溢れかえっているのであり、それが今の世の中の諸悪の根源なのではないか そんな風に愚考してしまったのである。
そうであるならば、私に必要なスキルは「入れ過ぎ」な「余計な情報」という名のノイズをひらりとかわす「軽さ」・「軽業」なのかもしれない。