毎年夏になると、思い出すのは(
)、太宰治さんの小説の一節である。
秋は、ずるい悪魔だ。夏のうちに全部、身支度をととのえて、せせら笑ってしゃがんでいる。僕くらいの炯眼の詩人になると、それを見破ることができる。家の者が、夏をよろこび海へ行こうか、山へ行こうかなど、はしゃいで言っているのを見ると、ふびんに思う。もう秋が夏と一緒に忍び込んで来ているのに。秋は、根強い曲者である。
ーー太宰治さん「ア、秋」より。
ほんとうに、日中は暑くて、蝉がかしましく鳴いて、夏の暑さに拍車を掛けてはいても、夜になると秋の虫がリリリコロコロ涼しい鳴き声で儚く鳴いているのだ。
虫ばかりではない。あるいは、人の心もまた……![]()
美女がくるりと一廻転すれば鬼女になっているというのは芝居にはよくある事だが、しかし、人間の生活においてそんな鮮明な転換は、あり得ないのではなかろうか。人の心の転機は、ほかの人には勿論わからないし、また、その御本人にも、はっきりわかっていないものではなかろうか。多くの場合、人は、いつのまにやら自分の体内に異った血が流れているのに気附いて、愕然とするものではあるまいか。
ーー太宰治さん「惜別」より。
ブログの読者のみなさまに、何かいい知らせを今日は綴りたかったのだが、いかんせんこのブログの主は芳しからぬヘマを演じ、まるでなっていない人物なので、いい知らせは後日にお預けとなってしまった![]()
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(もっとも、いい知らせ、は永遠に出来ないかもしれないのだが![]()
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まあしかし、行動のないところに変化はないので、今後も牛歩であっても行動は起こしていきたい![]()
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本日の虫。私は今は、虫の息、とか![]()
